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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第五巻 東方の国ヒノニア
152/157

第23話 藤堂源三郎



 そして、その日の夕方。

 ギルドから使いがあり、呼び出されたクリス一行は、早速ギルドに赴いた。


「こんにちは」

「おお、来たか」


 クリスが呼びかけると、奥の机で物書きをしていた世話役のランドが立ち上がり、カウンターまでやって来た。

 ギルド内は相変わらず閑散としている、というより彼ら以外は誰もいない。


「聞いたぜ。こないだの夏祭りじゃ、大層なご活躍だったそうじゃねえか」


 ランドがホクホク顔で一行を見渡した。


「あれ、もうご存知でしたか?」

「ご存知も何も街中の噂になってるぜ。不思議な術を使って、天川流の狼藉から母子を守った英雄ってな。おかげで、マジスタの名も知れたってもんよ」

「いやあ、これ以上目立ちたくないんですけどね」

「まったくだぜ」


 グレンが後ろから鼻を鳴らした。


「こないだまでの、珍しい動物みたいな目で見られるのよりはマシだろうがな」

「英雄に格上げされても、通りも歩けないんじゃ、うれしくなーい」


 頰を膨らますパルフィ。

 表に出れば、多数の市民が彼らを讃えたり、中にはぞろぞろくっついてくる酔狂な者もいたため、ここまでくるのも一苦労だったのだ。

 ランドが苦笑いで2人をなだめる。


「まあ、そう言うな。おかげで、問い合わせも増えてる。まったく、おめえさんたちは、まさに歩く広告塔だぜ」

「まあ、お役に立てれば何よりなんですけど」

「それで、あたしたちに何の用だったの? 急なミッション?」


ランドが面を改めて、首を振った。


「いや、そうじゃねえ。例の魔族の一件だが、あの後、進展があった。お前さんたちも知っておいた方がいいと思ってな」

「何かまずいことでもありましたか?」


 彼の表情と話し方に、クリスは深刻なものを感じ取った。


「ああ。測量隊の報告を受けて、ヒノニア政府が樹海に軍隊を送り込んだらしいんだ。ほんの何日か前のことだ。数十人の陰陽師たちを含む総勢五百人の部隊だったらしいんだが……」


 そこで、先を続けるのが憚られるのか、ランドは戸惑うように言葉を切り、声を潜めた。


「……どうやら、全滅したらしい」

「えっ」

「全滅だと?」

「それはまた……」


 後ろからグレンたちも驚いた声を上げる。


「ちょっと待てよ。確か、ヤツら数十人しかいなかったはずだぜ」

「それで五百人が全滅って……ウソでしょ……」

「何ということでしょうか……」


 一同は皆言葉を失った。

 もしこれが事実なら、魔族が復活して以来、最大の被害ということになる。これまでは、さほど遭遇の報告がなく、あっても散発的に数人が殺される程度であったのだ。五百人という死者は、まさに戦さでなければ出ない数だ。


 ランドが説明を続ける。


「帰城の日になっても部隊から何の音沙汰もなかったことから、斥候を出したらしいんだ。そしたら、樹海の中で無残な死体の山を見つけたそうだ。状況から見て、ほとんどが同士討ちによるものと推定されてる。しかも、ほとんど隊列が崩れていない状態だったようだな。おそらく、交戦中に起こったのではなく、点呼でもしているところにいきなり催眠をかけられたんだろう。おかげで、ヒノニア政府は上へ下への大騒ぎだ。むろん、この事実は伏せられてるから、表向きは平常だがな」

「まさか、あれからそのようなことが起こっていたとは……」

「ホントだね」

「……」


 一同が無言になり、室内が静まり返る。

 ふと顔を上げて、クリスが尋ねた。


「魔族側に被害は出てないんですか?」

「報告では魔族の死体はなかったらしい。まあ、奴らが同胞だけ埋葬した可能性もあるだろうが。ただ、不意を食らって、戦わずに全滅したという状況から考えて、ヒノニア軍は何もできなかったんじゃねえかな」

「何もできずに全滅……か……」


 ミズキがショックを受けた様子で押し黙った。


「ミズキ……」


 それは、無理もないことだとクリスは思った。なにしろ、魔族に対して祖国がいかなる防衛の手段も持たないことが、明らかになったのだ。たった数十人に五百人がなす術なく全滅させられる。これは、武を誇るヒノニアとしては国体を揺るがしかねないほど衝撃的な出来事である。


「大丈夫?」


 パルフィが心配そうに、ミズキの腕に手を添えた。


「あ、ああ」


 気丈に振る舞うが、その微笑はやや強張っていた。

 ランドが続ける。


「だが、問題はそれだけじゃねえぜ。何しろ奴らがいる場所が、これほど都に近いんだ。こんな目と鼻の先に、五百人の軍勢を簡単に全滅させちまう敵がいるとなりゃ大騒ぎでも仕方ないだろう。まあ、今回に限っては、自業自得って面もあるがな」

「どういうことよ」

「いやな、こちらでも色々内情を調べたんだが、どうもヒノニア政府は、魔族の力を甘く見ていたようなんだな。お前たちが倒したってこともその一因だが」


 ランドが、微かに表情を緩めて意味ありげにこちらを見る。クリスはその意図を汲み取った。


「ああ、なるほど。それは確かに……」

「え、何でよ。私たちが倒しちゃだめなの?」


 パルフィが腑に落ちない顔で尋ねる。


「違うよ、ほら、僕たちは奴らの見張りと戦ってあっさり勝っただろう? 多分、そのことはテルさんも報告したはずだ。で、まだ駆け出しの若いマジスタが楽勝だったんだから、ヒノニア政府が自分たちだけで何とかできると考えるのもしょうがないってことだよ。特にこの国では魔道が低く見られてるわけだし」

「ケッ、そんなこと言われてもな」

「えぇー」


 パルフィが不満げな声を出した。


「何言ってんのよ。そんなの、私たちは催眠防御呪文があったから勝てたんじゃないのよ」

「魔族が催眠を使うということは知らなかったのでしょうか?」

「いや、テルさんがそんな重要な情報を報告しそびれるとは思えないな」

「じゃ、何でこんなことになってんのよ」

「なるほど、そうか」


 ミズキがはたと手を打った。

 皆が一斉に彼女を見る。


「あ、いや、それで陰陽師を五十人も送ったのだな。魔族が怪しげな術を使うと見て、対抗するためだ。本来は、戦に陰陽師など連れて行かぬからな」

「あの、陰陽師とは何ですか?」


 ルティが問うた。ミズキが思案げに腕を組む。


「そうだな、お前たちの国で言えば魔道士とか幻術士のようなものだ。ただ、我が国の陰陽師は、旧文明以前の太古の時代には大きな力を持っていたと言われているが、大半の術は失伝したそうだ。残念ながら、今の彼らの魔力は、私よりも低いと思う」

「おいおい、そんなんで魔族とやろうってのは無謀じゃねえか」

「ホントよ」

「うーん、それだといくら剣技に勝っても魔族に対抗しきれないだろうし。催眠防御呪文も使えないんでしょ?」


 ミズキは頷いた。


「おそらくな。何しろ、魔族の存在自体が知られてなかったのだ。その対抗手段など持ち合わせてはおらぬだろう。結界ぐらいは張れるだろうが、どれほどの役に立つか……」

「全滅しちゃったしね」


 パルフィの直截的な言い方に、ミズキが苦笑する。


「まあ、そう言うな。だが、そう考えると、ヒノニア政府としては、油断どころか相当に万全を期したつもりだったのかもしれぬな。数十人しかいないと思われた敵を倒すのに、陰陽師部隊までつけて五百人を送り込んだのだ。ただ、そこまでして全滅したとなると、早急に対策が必要だ。せめて、催眠防御呪文と増幅呪文を国策として習得しないと、奴らに対抗手段がする手段が全くないことになる」

「問題は、ヤツらがこれからどうするのかってことね。ヒノニアと戦争でもする気かしら」


 パルフィの言葉に、クリスは首を横に振った。


「いや、それはないんじゃないかな。いくら魔族でも数十人じゃヒノニア全土を掌握するのは無理だし、ここは奴らの本国からは遠すぎるからね。たぶん、あの巡洋艦に用があって来ただけだと思う」

「それなら、もうここから去ってくれるのでしょうか」

「そうだといいんだがな」


 ランドは、仕方ないという顔で続けた。


「あとはヒノニア政府の考えることだ。われわれは、警戒を怠りないようにするだけだ。まあ、そんなわけだ。わざわざすまなかったな。話は以上だ」



■■■


 そのころ、城に近い武家屋敷の一室。

 数名の侍が寄り合い何やら合議を行なっていた。


 床の間側の上座には、一際大柄でがっしりした男が胡座をかいて座っている。その筋骨隆々な様は羽織越しにも感じられる。

 年は四十代、浅黒い顔はどこか皮肉げな笑いに歪んでおり、狡猾なヘビのような細い目をしていた。

 天川流開祖、藤堂源三郎である。

 寄らば斬ると言わんばかりの殺気を放っているのは、師範代の榊原と変わらぬ。だが、大きく異なるのは、その表情や物腰から透けて見える残虐さである。相手を殺すことよりも、いたぶることに愉悦を感じるような気性がまるで瘴気のように体中から発散されていた。


 その前に並んで座っているのは、取り巻きと思しき侍であった。身につけているものから考えて、皆、比較的役職の高いものと思われた。こちらは胡座が憚られるのか一様に正座である。


「ついにここまで来ましたな」


 藤堂の対面に座り、取り巻きの中で一番位が高いと思われる男が、やや緊張した面持ちで言った。


「ああ」


 藤堂が重々しく答える。


「忠隆に勝てば、藤堂様もいよいよ将軍家ご指南役となられ、天川流の天下も確実なものになるかと」

「肝心の忠隆もあれほど大きな傷を受けては、さぞかし剣も鈍っておりましょう」

「さよう」


 ニヤリと笑って顎を撫で回す様は、品性に欠け、下劣な輩であることを露わにしている。


「ヤツも不運よな。万全であれば一勝負になろうというものを」

「何をおっしゃいますやら。藤堂様であれば、彼奴が万全でも一捻りでございますよ」

「まさに」


 取り巻き共が、大仰に頷いてみせる。


「まあ、そういうな。あれでも一応はご指南役。そこそこの使い手であることは間違いない」

「これは、言い過ぎました。では、二ひねりではいかがでしょうか」

「うむ、それぐらいにしてやれ」

「ははは」


 藤堂の尊大な言い草に、おもねるような笑いが広間に広がる。


「御免」


 廊下から声がして障子が開く。粗末な着物を着た下級武士らしき男が、廊下に跪いたまま頭を垂れた。

 藤堂が声をかける。


「田村か、ご苦労。して、やつの様子はどうだな?」

「は。今しがた内情を探らせに行ったものから報告がありまして、どうやら、御前試合には例の娘を出すようです」

「なんと」

「娘とな」


 周りの者が意外そうな声を上げる中、藤堂が不満気に鼻を鳴らした。


「フン、血迷ったか、忠隆。わしが女相手に不覚を取るとでも思うたか」


 考えるのも馬鹿馬鹿しいとばかりに、吐き捨てる。


「し、しかし、ヤツの娘といえば、榊原様もひどい目に……」


 そばに居た1人が不安を漏らしたが、藤堂は取り合わなかった。


「愚かなものよ。女相手と高を括ったのだろう。だが、わしはそこまで甘くない。むしろ、存分に打ち据え、いたぶってくれるわ。ただ、問題は魔道だな」


 思案顔で再び顎を撫で回す。そして、報告してきた男に顔を向けた。


「田村。魔道を使えば、本当にその娘の力は忠隆と同じなのか。俄かには信じられぬのだが」

「は、はい。報告では、魔道なしでは忠隆に及ばないものの、魔道を使えばほぼ互角、いや、最近では忠隆を超えたとか」

「誠か?」

「なんとな……」

「それほどとは」


 一同がそろって驚きの声を上げる。

 忠隆は、当代きっての剣客として知られている。それが、己の子とはいえ、娘に遅れを取るなどとは想像もつかないことであった。

 苦い顔で、藤堂が腕を組んだ。


「……それはまずいな。魔道とはそれほどの力があるのか。あやかし程度のものかと思うていたが」

「どうします? あの時みたいに、娘を闇討ちにしますかい」

「それは、いいですな」


 周りの者が下卑た笑いを上げる。その卑しい表情を見れば、単にミズキを闇討ちにすることだけを考えているわけではないのは明白だった。

 だが、意外にも藤堂が止めた。


「いや、それはならぬ」

「なぜです?」

「忠隆が闇討ちに遭い、さらに娘もとなると、流石に公儀の調べが入ることになろう。それはまずい」

「それは、確かにそうですな」

「なら、どうします?」

「ふむ。田村。女の手配はどうなっておる?」


 藤堂が、廊下の男に顔を向けた。


「は。何人かに金を掴ませて、準備万端です」

「試合場はどうだ?」

「作業は順調に進んでおります。今日中には終わるかと」

「よかろう」


 藤堂が満足げにうなづき、ぬっと立ち上がった。

 もともとの大柄な体格に加えて、尊大さが極まったような強烈なオーラを発している。取り巻き達は、息を呑まれたように見上げた。


「なら、あとは魔道だけだな。これはわしに任せておけ。この太平の中にあって、剣術が世を動かす時代は終わった。これからは、政治が世を動かすのだ。……これ、誰ぞある」


 大きく声を張り上げると、すぐに廊下の奥から女中らしき女性が小走りで出てきた。そして、田村のさらに後方に跪いて平伏する。


「はい、旦那様」

「これより急ぎ登城する。支度せよ。そして、大老の堀田意次様に使いを出し、至急ご面会賜りたい由、先触れを出せ」

「かしこまりました」


 女中は再度平伏すると、再び急ぎ足でその場を去った。


「みておれ、忠隆。貴様らの命運もここまでだ。ふふふ」


 おそらく、忠隆一門の没落が頭に描かれているのだろう、藤堂は一人低く笑った。





おまたせしております。

少しずつピッチをあげていきたいと思っています。次は、もう少し早くアップできるはず……です。

今のところ、あと6話でエピローグとなる予定です。

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