表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第五巻 東方の国ヒノニア
151/157

第22話 武家の領袖



「あっけないものだな」


 最後の兵士をレイガンで撃ち抜き、ヴェルフェールは独りごちた。

 目の前にはおびただしい数の死体が海のように広がっている。その数、五百。しかも、その全てがヒノニアの兵士である。魔族側の被害は一名たりともない。


 ここは、樹海の奥。クリスたちが見つけた巡洋艦の残骸が横たわる場所からほど近い、森林地の合間。

 人間の軍隊が樹海に侵入し、巡洋艦に向かっているとの報告を受けたヴェルフェールは、兼ねての手はず通り、木々が少なく見通しのよいこの場所で彼らを迎え撃った。

 見張りが殺されたことから、人間が自分たちを倒しに来ると見越し、準備は万全だった。そして期待通りの戦果を上げたのだ。


「どうやら、装置は正常に作動したようじゃの」


 隣に立つガルファスが、自らの傍らに置かれている物体に満足げに視線を向けた。

 それは、台座に乗った一抱えもある大きな球体で、何やら不気味な紫色の光をうねうねと放出している。


 ヴェルフェールがうなづく。


「確かに、素晴らしい装置ですな。はるばるここまで来た甲斐があったというもの。それに、どうやらこの国にはろくな魔道も存在せず、催眠を防ぐ手段も持たぬという報告は事実だったようだ。我らの存在を知って送ってきたのがこれですからな」


 死体の海を顎で指し示す。


「ふむ。だが、見張りを殺した者たちが来ておらぬのも解せぬことだ」

「いかにも」


 先日、巡回中の兵士三名が何者かに殺された。

 遺体を調べたところ、傷跡に魔道の痕跡が残っていた。直接的な格闘が行われたことから考えて、催眠を掛ける機会はあったはずだ。にもかかわらず倒された以上、敵は催眠を無効にする手段を持っていたことになる。だが、その敵が今回同行していないのが、不自然であった。そのおかげで五百もの兵が全滅したのだから。


(やはりあの者たちか……)


 ヴェルフェールには、1つ思い当たる節があった。


 ここより遥か西の小国、カトリア王国において若いマジスタたちと戦い、敗走させられたことは、今でも決して忘れることのできない屈辱である。そして、彼らは催眠防御呪文を使うことができたのだ。この時代にあって数百年前の呪文を知っている者は極めて限られる。

 しかも、残された足跡を見ると、敵の中には子供と少女が含まれていた。

 他人の偶然と考えるには出来すぎる。それに彼らは他国の人間だ。ヒノニアの兵士に同行していなくても不思議はない。


(なぜ、奴らがこのような最果ての地に現れたのかは分からぬ。だが、今度まみえた時は……)


 知らぬうちに拳に力が入る。


(必ず借りは返してやる……)


「どうじゃ、ワシのこの装置があれば、敵の本拠に直接行っても勝てそうじゃな」


 ガルファスの得意げな声に、ヴェルフェールは昏い思考から引き戻された。


「……さよう。だが、敵が多すぎるのではないですかな。今度は五百というわけには行かぬでしょう。しかも、見張りを殺した者たちもいるかもしれぬ。奴らには催眠攻撃が効きませんからな。対して、我らは五十余名」


 それを聞いてガルファスが、鼻を鳴らした。


「フ、何を言うか。催眠防御を持たない兵が多ければ多いほど有利ではないか。敵が多いのはこちらの味方が増えるようなものじゃ。我らは五十余名しかおらぬが、催眠が効かぬ五名だけを相手にするより、催眠が効く千名が一緒に居たほうが勝てる。そやつらに襲わせれば済むからな。これこそが集団催眠装置の利点よ」

「なるほど」


 どこか小馬鹿にした物言いに苛立ちを感じながら、ヴェルフェールは同意した。そして、何事もなかったかのように続ける。


「ということは、やはり、この国を乗っ取ることは容易い事かもしれぬ」

「単にこの装置を取りに来ただけかと思うたが、とんだ僥倖とはまさにこのことじゃな」

「全くですな。ここなら巡洋艦もあるうえ、住民たちが我々(魔族)に慣れていないし魔道も使えない。皇帝陛下がお目覚めになったあかつきには、ここに遷都もありうる。本国から距離があるのはやむを得ないが」

「いや、それはそれで、西国の列強から離れると考えれば好都合じゃろ」

「確かに。……よかろう、船から必要なものを運び出したら、さっそく本拠襲撃の段取りに入ることにしようではないか」



■■■


 そして、夏祭りから数日後の早朝。


 クリス一行は忠隆の指導のもと、春ヶ瀬家の道場で朝稽古に励んでいた。

 仕事もなく、また、ミズキが出場する御前試合も明後日に迫っており、日々稽古に打ち込む毎日を過ごしている。

 今朝は、まだ朝早いこともあって道場の錬士たちはまだ現れていない。


「行くぜ。ウリャアッ」

「何の、ハッ」


 朝まだきの道場に、声が響く。

 今は、ミズキとグレンが打込み稽古中で、その隣で、忠隆がパルフィとルティに体捌きを教えているところだった。

 先にしごかれたクリスは一人、離れたところで休憩中である。


(みんな上達したな)


 ぼんやりと、四人の仲間たちの稽古を見つめながら、先日の夏祭りでの大立ち回りを思い出していた。

 全員が、思った以上に強くなっていた。前衛のグレンとミズキはもちろんのこと、クリスとパルフィ、そしてルティも体捌きが格段に向上していた。ひとえに忠隆や師範代の平野のおかげである。

 これなら、実戦でも負傷が少なくなり、生存率が上がるはずだ。


(アルティアに帰って、魔物と戦うのが楽しみだな)


 どれくらい自分が強くなったのか一番簡単に分かる方法は、馴染みの魔物と戦うことだ。

 そういえば、最初はオーク相手に全滅を覚悟したのに、数カ月後には、あっさりと片付けることが出来て、上達を実感したことを思い出す。

 それと同じ気持ちになれるかもしれない。

 そう考えたときに、あることに気がついてしまった。ヒノニアを出国するまでは考えないでおこうとしたことだ。


(そうか。次にアルティアに戻ったときには、ミズキはいないんだ……)


 パーティーを抜けるかどうかはっきりと返事を聞いたわけではない。だが、テルに接する彼女の様子をみれば、間違いなく彼と結婚することになるだろう。


(さびしくなるな……)


 どうやら自分は人恋しいという気持ちが人より強いらしい、というのは以前にレイチェルに指摘されて気がついたことだ。

 そう言われてみれば、どんな相手でも一緒にいた誰かがいなくなるというのは、無性に寂しい気持ちになる。

 しかも、今回はずっと仲間として暮らしてきたミズキが去るのだ。一体、その時どんな感情に流されるのか想像もつかない。 

 はたして、笑って見送ることができるのだろうか。


(今から考えてもしょうがないや……)


 はあ、と大きなため息をついた時、


「朝から、せいが出ますね」


 道場の入り口から声がして、自分の物思いから引き戻された。

 振り返ると、玄関先に武家らしい身なりの少年が立っているのが見えた。

 彼は、何度も来たことがあるのか、手慣れた様子で草履を脱いで道場に上がってくる。


(誰だ?)


 年は、十四から十五、おそらくルティよりも少し年上だ。身にまとっているのは粗末なものだが、育ちの良さは隠しきれない。クリスは、よほど格式のある家柄だと踏んだが、忠隆の一言に飛び上がった。


「おお、これは上様」

「う、上様?」


 ヒノニアでは上様、つまり、将軍が実質の最高権力者であると聞いていた。言わば国王がいきなり現れたようなものである。


「は?」

「何だと?」


 パルフィたちも動きを止め、狐につままれたような顔で、立ち尽くしている。


「みな、何をしておる。将軍九条義昭公であらせられる。控えるがいい」


 そう言い置いて、忠隆は少年の前に歩み出て、ひざまづいて首を垂れた。すぐにミズキもその隣に平伏する。

 慌ててクリスたちも忠隆の後ろに並んで、片膝をつき、外国の王に対する正式な礼をする 。


 義昭は、微笑んだ。


「ああ、先生、構いませんよ。今日はお忍びです。みなも、かしこまらなくてもいい。面を上げてくれ」


 その言葉に、一同が身を起こす。


「御前試合もいよいよ明後日に迫ったので、様子を見に来ただけです」


 忠隆が己の師であるせいか、義昭の話し方は丁寧だった。


(この人がヒノニアの支配者か)

(何か儚げな感じだな)


 クリスは、失礼にならないよう注意しながら、この若き領袖を観察した。

 武の国を治める人物とは思えないほど線が細く華奢な体つきである。また、将軍職にありながらも、居丈高な様子は全くなく、むしろ控えめで少し自信なさげな少年に見える。それでも、瞳は知性の光を湛えており、朗らかな微笑みを浮かべている様子はあどけなさを残しており、守ってやらねばならないといった保護欲を起こさせる、どこか人好きのする人物だった。


「それはそれは。お気遣いいただき、恐悦至極に存じます。されど、上様、あちらはよろしいのですか? こちらに肩入れなさっていると、騒ぎますぞ」

「大丈夫です。天川流の屋敷には、昨日行って来ましたので。しかも、仰々しく御輿まで出したのですよ。これで、私がお忍びでこちらに来たと分かっても文句は出ないでしょう」

「苦労なさいますな」

「あちらは老中たちとも懇意にしていますから、仕方ありません。ただ、今日はこんな格好で、先生には申し訳ない気もしたのですが、お許しください」

「何の。賢明なご判断かと」

「そう言ってもらえると、心休まります」


 義昭は褒められて嬉しそうに頷いた。

 忠隆が、ふと気づいたように、顔をあげた。


「おお、ご紹介が遅れ、失礼いたしました。これに控えておりますのが、私の娘。瑞希にございます」

「ほう」


 ミズキは、跪いたまま三つ指をついて頭を下げた。


「春ヶ瀬忠隆が娘、瑞希にございます。上様に御目通りが叶い、この上なき幸せに存じます」

「これは、ご丁寧に痛み入る。余が義昭だ。ご息女ということは、お父上に代わって御前試合に出るのは、そなたか」


 人懐こい微笑みを浮かべて、義昭が問いかける。


「さようでございます。まだまだ父上の足元にも及びませぬが、一身をかけて臨む所存にございます」

「先生が選ばれたのだ。きっと間違いはなかろう」

「は。過分のお言葉、ありがたき幸せ」


 ミズキは、さらに深く頭を下げて、謝意を示した。

 忠隆が続ける。


「それと、上様。後ろに控えておりますのが、はるか西の大陸から来た、瑞希の仲間たちにございます」

「おお、そなたたちが。噂には聞いている。一度会いたいと思っていたのだ」


 会いたいという気持ちに偽りはないようで、義昭の表情が嬉しそうに綻んだ。

 クリスが代表して如才なく挨拶し、仲間たちを紹介する。


「お初にお目にかかります。私は、アルトファリアでマジスタをしておりますクリスと申します。そして、同じパーティーを組む、グレン、パルフィ、並びにルティです。このような形で御意得たこと、一同光栄の至りでございます」


 グレンたちもそれぞれに頭を垂れた。


「ようこそヒノニアに参られた。こちらこそよしなに頼む。私も、国外の情勢を学んでいるところだ。そなたたちは、魔道を使うのだな」

「はい。私たちは、魔道を生業とするマジスタです」

「アルトファリアは魔道の盛んな国だと聞く。どうだろう、一度私にみせてもらえないだろうか。先生の技を見たときも感動したものだが、ぜひ本場の術を見て見たい」

「何の、上様。魔道においては、私の技などこの者たちの足元にも及びませぬよ」

「ほう。それほどですか。では、今ここで見せてもらうわけには参らぬか」


 義昭が興奮を抑えかねるように言った。


「それは構いませぬが、ここでは呪文で道場が痛みますので、外に出ませんと」


 アルトファリアやカトリアとは違い、ヒノニアの建物は木造である。道場も例外ではない。このようなところで、高火力の呪文を撃つと、建物に損害を出す可能性があった。

 

 「何と、それほどのものなのか」


 呪文で道場が損傷を受けるということに、驚きの声をあげ、さらに見たい気持ちが増したようだった。


「苦しゅうない。どこなりと参るぞ」


 勢い込んで言う姿は、好奇心に満ちた年相応の少年に見え、クリスは微笑ましく感じた。


「承りました。早速ご覧に入れましょう」

「では上様、こちらへ」


 忠隆に先導され、一行は道場を出て裏に回った。そこは、外でも稽古ができるよう、開けた場所になっており、植木などは植えられていない。


「では、頼んだぞ」


 そう言い置いて、忠隆は義昭を伴って五人から距離をとった。

 

「どうするよ? 久しぶりに模擬戦でもやるか?」

「そうだね。派手にやった方が上様も喜ぶだろうし。じゃあ、いつもの通り2対2で。ルティは回復を頼む」

「分かりました」


 グレンとパルフィ、ミズキとクリスが組になり、向かい合う。実戦と同じく、グレンとミズキが前衛、クリスとパルフィが後衛である。ルティは両者の回復役兼審判である。


「ではいきます。はじめ!」


 ルティの掛け声で、模擬戦が始まった。グレンとミズキがそれぞれ炎と冷気をまとった剣で打ち合う。クリスとパルフィは、火の玉や氷の呪文を撃ちこれを援護する。

 剣は寸止め、呪文は効力を大幅に落として発動しているが、それでもけがをする。その時は、ルティが回復呪文を撃つのだ。そして、どちらかが相手の1人に致命傷と思われる攻撃を当てたら一本である。


 無論、前衛が相手の後衛を狙うのはアリだ。隙あらば、グレンがクリスを、ミズキがパルフィを狙う。それをいかに防ぐかも重要な連携の練習である。多対多の戦いでは常にその危険があるのだから。


 一方、当の義昭は、魅入られたように、クリスたちが繰り広げる魔道の術を見つめていた。


「まさか……これほどとは……」


 おそらく、自分が独り言を漏らしていると気づきもしていない。ただひたすら、戦闘に見入っていた。

 一歩控えたところに立つ忠隆が話しかける。


「いかがですか。これでも彼らは、まだ駆け出しの魔幻語使いだそうです」

「何と……」


 五人が高位者ではないという事実に、さらに衝撃を受けたように言葉を失う。

 そして、しばらくじっと見つめた後、我に返り忠隆を振り返った。


「……残念ながら、先生の言われた通りです。我が国の陰陽師とは比べものにならない」

「御意。おそらく二十年、いやそれ以上は立ち遅れているでしょう。近隣諸国も魔道の習得に着手したという話も伝わっております。小国である我が国こそ先立って習得せねば手遅れになります」

 

 義昭は大きく頷いた。


「まさにその通りです。それに、ご息女の剣技も素晴らしい。これなら、御前試合に瑞希殿を出場させるという先生のお考えも納得できます」

「剣自体はまだまだこれからですが、それでも魔道を使えば私と互角以上です」

「それは誠ですか。それほどに、魔道の力は傑出しているのですね……」 




 そして。


(そろそろ、いいかな)


 クリスは、義昭の様子が落ち着いたのを見取って、ルティに目配せをした。

 どうやら、若き将軍は魔道による戦闘を堪能してくれたようだ。


「はい。そこまで!」


 クリスの意図を理解して、ルティが声を張り上げた。

 一同が攻撃をやめて力を抜いた。


「やれやれだぜ」

「模擬戦は疲れるわね」

「でも皆さん、上達しましたね」


 感想を述べ合いながら義昭のそばに戻ると、よほど感銘を受けたようで、まだあどけなさの残る顔が上気していた。


「みな、大儀であった。どれも素晴らしい技だ。魔道の力を十分に見せてもらったよ」

「それは何よりです。そういえば、上様も魔道の修行を始められるのですか」


 クリスが問うと、義昭は少し自分を恥じるような顔つきになった。


「そうなのだ。その、私は、体が弱いゆえ、剣をろくに使いこなすことができない。だが、魔道なら屈強の戦士でなくとも使えると聞いたので……」

「もちろんです。私たちの中で頑強な体つきなのはグレンだけですし、パルフィも華奢で、ルティに至っては上様よりも年下ですよ」

「そうか。そういえば……」


 義昭が安堵したようにパルフィとルティを見たが、すぐに、自信なさげな様子に戻る。


「あの、その……だな……、一つ聞いてもよいか?」

「はい。何でもお聞きください」

「その、あの……」


 何か聞きにくいことなのか、なかなか言葉が出てこない。

 促すように、クリスが見つめたが、それでも俯いたまま言いよどむ。だが、しばらくして思い切ったように顔を上げた。


「わ、私も、そなたたちのようになれるであろうか?」

「え」


 クリスは、義昭の目に微かな怯えの色を見て取った。否定されるのが怖いのだ。

 安心させるように優しく微笑んで、大きくうなづいた。


「それは、もちろんですよ。魔道は特別な者だけが使える力ではございませぬ。上様も修行を積まれれば、きっとお使いになれます」

「それは、うれしい。あ、でも……その、私は体が弱いし……」

「いいえ、上様」


 熱心にクリスが言い募る。どうにかして、この儚げで自己否定に走りがちな君主をはげましてやりたかったのだ。


「魔道は、生まれ持った肉体の力と関係なく、人を強くします。肉体的な強さではなく、精神力、そして、魔道の深い理解と知識が必要なのです。失礼ながら、上様はとてもご聡明であられると伺っております。むしろ、一般の者よりも、適性がおありになるかと。もちろん、修行自体は厳しいですが」


 クリスの答えに、義昭は再び顔を輝かせた。


「それは本当か。私は学問には自信があるんだ。それに体が弱いだけで、修行は好きなんだ」

「それなら、大丈夫です。きっと上様は魔道がお使いになれますよ。私が保証します」

「おお。そうか」


 今度こそ、勇気づけられたのか、義昭が忠隆に向き直る。


「……先生。決めました。私も魔道の修行を始めます」

「それは何よりです。早速、次回の稽古で取り入れましょう」

「はい!」


 義昭が大きく破顔した。


「時に、上様。それで思い出しましたが、御前試合での魔道の使用は、いかが相成りましたか。ご大老には内々にご承諾頂いておりましたが」

「ああ、問題ありません。使用は正式に許可されます。意次も賛成してくれましたし。むしろ、あれの方が乗り気でした。私が魔道の修行に興味があると言ったら、是非と言われたし、どうも、意次は私が魔道に関わることを良いことだと思うているようです」


 一瞬、忠隆が微妙な表情を見せたが、すぐに微笑んだ。


「それは、何よりですな」

「では、そろそろ私は帰ります。長居をすると周りがうるさいもので。明後日の御前試合は楽しみにしています。瑞季殿、魔道と剣技の腕前、しかと見せてもらうつもりだ」

「上様のご期待に沿えるよう、一命をかける所存にございます」


 瑞季は深々と頭を下げる。


「うん。そして、クリス。機会があればそなたたちの話を是非聞きたい。いずれ五人で城に遊びに来てくれ」

「ありがとうございます。喜んでお招きにあずかります」

「楽しみにしているぞ。では、皆の者、失礼する。見送りは不要だ」


 一同に軽くうなづきかけると、まだ嬉しさが抜けないのか、喜び勇んで去っていった。


「なかなか人の良さそうなお人じゃねえか。ちっとばかり頼りなさそうだが」


 一同がなんとなくその方角を見ていると、グレンが言った。


「何か、守ってやりたいって気にさせるよね」

「それは仕方あるまい。まだ十四であられるからな。むしろその年で、よく将軍職を務めておられる」

「あたしたちより年下なのね」

「私と変わらないのに、ご立派です」


 しかし、クリスには気になる点が一つあった。


「上様は、城内でのお立場が良くないのでしょうか。やたら下の者に気を使っておられるように思いましたが……」

「そうだ。もともと義昭公は先代将軍の第四子でな。本来なら、将軍職に就くことはなく、どこかの領主となるはずだった。ところが、兄3人が相次いで亡くなられてしまい、嫡子となった。だが、年もまだ幼くしかも病弱であったことから、廃嫡される危機にあったのだ。それを当時老中の筆頭だった堀田意次殿が、他の老中や幕府内の反対派を押し切ってお守りし、将軍の地位につけたのだ。ただ、問題は堀田殿がそうしたのは忠義からではなく己が権勢を奮うためだったということだな。将軍の後見人となり、大老の地位に就き、好き放題だ。だが、たとえそうであったとしても、義昭公にとっては恩人であることには変わりない。廃嫡されれば、後顧の憂いを絶つために暗殺される恐れもあったからな。それゆえ、堀田殿には強く出られぬのだ」

「なるほど。色々あるんですね」

「まあ、堀田殿がそういう人物だからこそ、御前試合で魔道を使うことを許されたのだがな」


 それがいかにも皮肉であるかのように、忠隆は薄く笑った。


「その話と魔道が関係あるのかい?」

「大有りだ。魔道はまだヒノニアでは怪しげなものだという認識が強い。それにうつつを抜かす将軍は、やはり奇異の目で見られるだろう。ゆえに、堀田殿としては、将軍家の威信弱体に繋がりかねない魔道はむしろ歓迎すべきものなのだよ。大老として幕府を仕切る大義名分ができるからな。だが、魔道の力が世に認められれば、話は大きく変わる。それに、上様が魔道に造詣が深く、その使い手であるとなれば、政治的な基盤も固まりやすい。我らにとっては、諸外国と渡り合う力としてだけでなく、国内の安定にも役立つというわけだ」

「なるほど、それで……」


 先ほどの忠隆の微妙な表情の原因はこれだったのだ。


「そういや、上様の剣の腕はどうなんだい」

「本人は、出来が悪い弟子のように言ってたわよね」


 忠隆はやや悲しげに首を振った。


「いや、むしろ筋はいい。また、素直な気質もあり、伸びも早くあられる。ただ、お身体があまり強くはないので無理はできぬ。また、少しお優しすぎるきらいがあってな。気迫を持った相手だと、尻込みされてしまうのだ。武の国ヒノニアの将軍としては、引け目を感じられるのも無理はなかろう」

「それで、あのように魔道を習いたがっておられるのですね」

「なんか、応援したくなっちゃうわね」

「ああ、義明公に今一番必要なのは自信と、そして、自身の怯懦を乗り越える強い意志なのだよ」


 まるで、我が子を躾けるような言い方の忠隆を見て、クリスは、本当に彼が義昭のことを案じているのだと思ったのだった。





大変長らくお待たせしました。連載再開です。

次はもう少し早く更新できる予定です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ