第12話 両親との約束(挿絵あり)
「……しかし、君のような年端もいかない少年が、まさか魔幻語使いとはねえ。クラスはもちろん神官だよね」
五人はルティの教会に向かって歩いていた。
「ええ、そうです。まだ、ランク1ですが。それに、つい三ヶ月ほど前にマジスタの認定試験も受けまして、合格したばかりなんです」
「へえ、マジスタの試験も合格したのかい。すごいね」
「三ヶ月前って、じゃあ、あたしたちよりぜんぜん先輩だわよ」
「そうなのですか、先ほどの戦いぶりから、もうかなりの熟練者の方々かと思っておりました」
「まあ、オレ様だけは確かにそうだけどな」
グレンがニヤリとする。
「……またはじまったわよ。コイツの自慢が」
「ケッ、ほんとのことじゃねえか」
「それで、どうしてマジスタになろうと思ったの? 神官になるだけならその必要もないよね」
「ていうか、神官でライセンス持ってるって珍しいわよね」
「ええ。でも、マジスタになれば仲間と修行も出来ますし、旅をしながら行く先々で困った人を助けることができると思ったのです」
「それは、立派な心がけだな。若いのに偉いものだ」
ミズキが感心したようにいう。
「ちょっと、ミズキ、あんただって若いんだから、そんなオバサンみたいなこと言わないでよ」
「あ、い、いや、そんなつもりではなかったのだが……」
「まあまあ。でも、ルティは僕たちよりかなり年下だよね」
「はい、来月で十三才になります」
「それで認定試験に通るなんざ、すげえじゃねえか」
「試験官のお話では、おそらくこの数十年で最年少ではないかとということでした」
「うわぁ、それはすごいわね。ルティは頭いいのねぇ」
「い、いえ、私など姉に比べればまだまだです」
ルティが照れたように、首を振った。
「ほう、姉君がいるのか?」
「はい。姉は私たちの教会の祭司をしているのですが、ランク6なんです」
「ランク6だと? それはものすごいな」
「私は、姉から魔幻語を教わり修行してきたんです」
「へう、そうなんだ」
「姉には、いずれは実際に外に出て修行を積んだほうがいいと言われているのですが、なかなか難しくて」
「じゃあさっ、私たちのパーティに入らない?」
パルフィが目をキラキラ輝かせながら言う。
「えっ?」
「おう、そりゃあ、名案だぜ。ちょうどオレたちはヒーラーを探していたところだったんだ」
「うむ。先ほどの戦いでは、回復士の重要性をあらためて強く感じたしな。おぬしが入ってくれるとありがたい」
「うん、僕もそれはいい考えだと思う。ぜひ、お願いするよ」
「本当ですか? それは、私にとってはとてもありがたいお話です。ぜひお仲間に入れていただきたいです」
ルティはパッと顔を明るくさせて、熱心に言った。しかし、その直後、何かを思い出したかのように、急に表情が曇る。
「あ、でも……」
「どうしたの?」
「実は、私は姉と二人で暮らしていまして、私が旅に出てしまったら、姉が一人きりになってしまいます。教会のおつとめもありますし」
「そうなんだ」
「それに、外に出て修行するのはもう少し私の力が上がってからと思っていると思いますから、姉に相談してみませんと……」
「じゃあ、僕たちからも頼んでみるよ」
このクリスの言葉を聞いて、ルティの表情が再び明るくなった。
「ええ、お願いします。せっかくいいお話をいただいたので、私もみなさんと一緒にやりたいです」
「そうだね」
「あ、あれが私の家です」
ルティが指し示す方向には、小さな村があり、その中に小さな教会らしき建物が見えた。それに隣接する形で同じような石造りの家が建っていた。こちらがルティの家なのだろう。
教会の近くまで来ると、玄関先で女性が植物に水をやっているのが見えた。腰まで届くような長くて美しい髪を、質素な白いリボンでくくっていた。白と薄いピンクを基調とした女性祭司の祭服を着ている。
「あ、あれが姉のエミリアです。姉さん!」
ルティが声を張り上げると、その女性が身を起こし、こちらを振り返って微笑んだ。ルティとはかなり年が離れているらしく、クリスより二つ三つ上のように見えた。成熟した女性らしさが感じられる。そして優しい顔立ちと穏やかな微笑が、やわらかな印象を与えていた。
「あら、ルティ。おかえりなさい。まあ、その格好はどうしたの? それにこの方たちは一体……」
エミリアは、まずルティの泥だらけの服に驚き、かなり血がついた服を着ているクリスたちを見てさらに驚いたようだった。
「薬草を積んでいたら、オークに襲われてしまって、大変だったんだよ。必死で逃げて、もうつかまりそうになったときに、この方たちが助けてくれたんだ」
そして、ルティはクリスたちがオークを倒すまでの話を簡単に説明した。
「そうだったの。弟が危ないところを助けてくださって、本当にありがとうございます。私はルティの姉でエミリアと申します。みなさんは、ルティの命の恩人ですわ。なんとお礼を申し上げたらいいのか……」
そう言って、エミリアは深々と頭を下げた。
「いやあ、むしろ、回復呪文で最後に助けてくれたのはルティのほうですから」
「姉さん、今日はこの方たちにうちに泊まっていただいたらと思ってお連れしたんだよ。まだ泊まるところも決めてないって」
「こんな大人数で、急におしかけちゃってすみません」
クリスが頭をかきながら苦笑いをして、頭を下げる。
「いえいえ、みなさまはルティの恩人ですし、それに旅の方をお泊めするのは、神に仕える身として当然のことですわ。粗末なところですが、ぜひお泊まりになっていってください」
エミリアはクリスたちに微笑みかけた。
「それはありがとうごさいます。それじゃ、遠慮なくお邪魔します。あ、僕はクリスといいます。そして、こちらが……」
そう言って、クリスは隣に控えていたパルフィたちに自己紹介するように促した。
「パルフィで~す」
「ミズキと申します」
クリスは、パルフィとミズキが挨拶したので、次にグレンが挨拶するのだろうと待っていたら、なぜかグレンが赤面して固まっていることに気がついた。
「グレン?」
「オ、オレ、じゃねえ、そっ、それがしはグレンと申しますっ。お、お会いできて、こ、光栄でありますっ」
「へ?」
パルフィとミズキが思わずグレンの方を見る。
グレンは顔を真っ赤にして直立不動になって挨拶していた。真っ直ぐエミリアを見ることが出来ないのか、目は彼女のはるか頭上を向いたままだ。先ほどまでの尊大な態度も鳴りを潜め、緊張しているようである。
「まあまあ、ご丁寧に。こちらこそよろしくお願いしますね」
にこやかに笑顔で返すエミリア。
「はっ」
直接、彼女に話しかけられたのがよほどうれしかったのか、グレンが直立不動の姿勢をさらに伸び上がり、まるで鉄の棒にでもなったかのように硬直する。
「なに、あのわかりやすい態度は?」
パルフィがヒソヒソとクリスとミズキに話しかける。
「もしかして、エミリア殿に一目惚れでもしたのか?」
「なんか、そんな感じに見えるね」
「バッカじゃないの?」
「まあまあ」
苦笑いしながらクリスがパルフィをなだめる。
「さあ、みなさん、こちらで立ち話もなんですから、中にお入りくださいな。お茶でも入れますわ。それに着替えも用意しますわね」
パルフィたちのそんなヒソヒソ話も聞こえていない様子で、エミリアがクリスたちに呼びかけた。
「はっ、恐縮であります」
そう言ってグレンはエミリアの後をついていくが、歩き方がギクシャクして不自然だった。
「ちょっと、アレ見てよ。なんか、手と足が同時に出てるわよ」
「まったく。だらしのないことだ」
ミズキも呆れたように言って、首を振った。
「ああいうのが好きなのね」
「そのようだな」
「え、ええと……」
何やら不穏な空気を感じ取り、クリスはどのように相づちを打つべきかためらった。
(『ああいうの』って、どういうことだろう。おしとやかそうってことかな、それとも美人ってことかな、それとも大人の魅力ってことかな。うーん……)
『ああいうの』が、具体的には一体何を指しているのか予想もつかなかったが、おそらく、その範疇に入らない二人にそれを尋ねるのは、とてつもない愚行のような気がしたので、あえて黙っていることにした。
「まったく、男とはしようのない生き物だ……」
ミズキも「やれやれ」といった口調で、クリスを見た。気がつくと、パルフィもジト目でこちら見ている。
(どうせアンタもでしょ)
という二人の心の声が聞こえてくるようだ。
「い、いや、ぼ、僕は特に、何とも……」
あわてて打ち消すクリスに、パルフィとミズキは、「フン」と「フーン」の中間のような声を出して、そそくさとエミリアたちについていった。
(なんで、僕まで責められるんだよ。グレン、恨むぞ……)
クリスは肩身の狭い思いで、パルフィとミズキの後にとぼとぼとついていった。
家に入ると、早速、クリスたちはエミリアが用意した服に着替えた。血だらけの服はエミリアが後で洗っておくといって、引き取っていった。
そして、歓談しながらエミリアの作った夕食を食べて、お茶をすすっているとき、パルフィとミズキが意味ありげな目配せをクリスに送ってきた。エミリアの横に座っているルティも何やら心配そうにクリスを見ている。グレンだけは、相変わらずエミリアの方をチラッと見ては目をそらし、にやけ顔になったと思ったら、あわてて面を引き締めるという複雑なことを続けていた。
「えー、コホン。ところで、エミリアさん」
「はい」
「お願いというか、ルティのことで相談があるんです」
「はい、なんでしょう」
エミリアは微笑を浮かべて、小首をかしげる。
「実は、僕たちは、一緒に修行をしてくれるヒーラーを探しているんですが、ルティに僕たちのパーティに入ってもらいたいと思っているんです」
「まあ」
意外なことを言われたというように、エミリアは驚きの声を出した
「ルティも一緒にやりたいといってくれているのですが、エミリアさんに許してもらわなければならないのと、あとは、エミリアさんをひとりにしてしまうのは忍びないと」
「そうでしたの」
「いかがでしょうか。ルティが僕たちのパーティに入るのを許してもらえませんか?」
「姉さん、僕はクリスたちと修行したいんだ」
ルティはエミリアの方に向き直って、懇願した。
「ルティ」
ルティを見つめるエミリア。
しばらくエミリアはどうしようかと考えている風だった。そして、穏やかだが真剣な様子で話し始める。
「実は、私もルティには外に出て修行を積んでもらいたいと考えていました。本人も以前からやる気になっていましたし、ここは私一人でも、村の方たちも協力してくれていることですし、なんとかやっていけると思います」
「おお、では……」
クリスたちは許してもらえるのかと思って、うれしさで身を乗り出したが、次のエミリアの一言で落胆することになった。
「ただ、ルティはまだ年端も行かない子供です。外に出して修行させるのであれば、少し経験をつんだパーティに入れようと考えていたのです」
「……そうなんですか」
「私たちの両親は、この子が小さいときになくなって、それ以来二人でここで暮らしてきました。私にとってはルティは唯一の家族であり、ルティにとっても私が唯一の肉親なんです。それに、両親が亡くなるとき、ルティを立派に育てると誓ったんです。やはり、まだ危険な冒険に出すわけには参りません」
エミリアはそう言って少し悲しそうに微笑んだ。エミリアの言い方はやわらかく、そして申し訳なさそうに話していたが、それは明快な不許可であった。
「そうだったんですか……」
他の理由ならクリスたちにもまだ説得のしようがあったかもしれない。しかし、亡き両親との約束の話をされては、引き下がるしかなかった。それに、エミリアのルティに対する深い愛情は痛いほど伝わってきたのである。
「せっかく、ルティをお誘いいただいたのに、まことに申し訳ありません」
「いえ、そんな、僕たちが無理を言ったのですから」
しょげ返るルティと、クリスたちの様子を見て、なにかフォローをしなければならないと考えたのか、エミリアは続けた。
「でも、もし皆さんが修行を積まれた時に、まだこの子が必要だと思っていただけたなら、そのときはぜひみなさまにお願いしますわ」