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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第一巻 プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)
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第11話 回復士の力

 戦いはかなり不利な状態と言えた。グレンもミズキも一言も発せず必死で切り結んでいる。リーダー一体でも二人がかりでどうかという強さなのに、手下が三体いて入れ替わり立ち替わり二人に襲い掛かる。しかも、そいつらは隙をぬってクリスとパルフィにも斬りかかってくるのだ。

 クリスたちは呪文詠唱中であるため剣を取って戦うわけにもいかず、グレンかミズキがカバーに来てくれるまでひたすらよけるしかない。しかし、キャスターは剣術ができるわけではないので、どうしてもよけきれないのだ。

 クリスとパルフィは、一応、物理的な攻撃を和らげる緩衝壁も張っているが、あくまで一応レベルのもので完全にダメージを防ぐものではない。

 かといって、クリスとパルフィがいないほうがいいわけではない。基本的に、剣士が一度に与えられるダメージよりもキャスターの呪文の方が強力だし、足止めや眠らせるなど様々な呪文を使える。これらがなければ、剣士も強い敵とは戦えないのだ。


「どりゃあっ」


 グレンが気合いをほとばしらせ、小オークの一匹を斬り倒す。これでようやく一体倒したことになる。しかし、それまでにクリスたちはかなりのダメージを受けていた。

 前衛二人の剣とクリスたちの呪文は、オークには当たっている。しかし、いかんせん体力に差がありすぎた。

 切っても切っても彼らは倒れなかったし、火の玉をぶつけて全身火だるまにしても、すぐに炎が消えてぶすぶすとくすぶるだけになり致命傷を与えるまでには至らない。

 また、幻術士であるパルフィの唱える催眠呪文や、相手の目をくらませるような呪文も、ほとんど効果が持続していない。

 それに対して、こちらの体力には限界があった。すでに四人とも傷だらけになり、激しく疲労していた。前衛で剣を激しく振り回しているグレンとミズキだけではない、クリスも、そして隣で戦っているパルフィも無数のかすり傷を体中に負い、肩で息をしながら呪文を出し続けている。

 まだ誰も、大きな傷は受けていないが、このまま戦いを続けていれば、というより、もうまもなく体力が尽きて少年もろとも全滅の憂き目にあうことは間違いなかった。かといって、少年を連れたままここから逃げるのももはや不可能に見えた。


(まずい、このままでは全滅だ)


 クリスは、自分に向かってくるオークに火の玉を投げつけ火だるまにして足止めし、次の呪文を唱えながら隣を見た。必死にオークの攻撃をよけながら、呪文を唱えているパルフィと、その後ろで顔が青ざめたままうずくまり、なにやら神に祈りを捧げている少年が目に入る。


(せめて、この少年とパルフィだけでも……)


 全員がここで命を落すより、誰かが助かった方がよい。この決断は自分でも驚くほど迷わなかった。たとえ、その「助かる誰か」が自分ではなかったとしても……。


「パルフィ!」


 クリスはパルフィに叫んだ。


「なに?」


 パルフィは前から襲いかかってくるオークに呪文をぶつけて、叫び返す。


「君は、幻術士だから、緊急脱出の呪文を持っているね?」


 クリスは、幻術士が一番最初に習得する呪文が、戦闘から脱出するためのテレポート呪文であると聞いていた。そして、それが術者本人にしか掛けられないことも。

 テレポート系の呪文は総じて高ランクの幻術士のみが使えるものなのだが、緊急脱出は見習い時に習得できる。ただし、あくまで戦闘から離脱するだけで、短距離しか飛べず、しかも、どこに飛ぶかも分からない術である。


「うん。でもあたしが使えるのは術者専用よ。全員は飛べないわ」

「知ってる。今すぐそれを使ってその子と一緒に脱出するんだ。術者専用の呪文でも子供ぐらいなら抱きかかえていれば、一緒に脱出できるだろう?」

「なに言ってんのよ、そんなことしたらあなたたちはどうなるの?」

「僕たちは、君たちが脱出した後で、何とか逃げる手だてを考える。君たちだけ先に脱出するんだ」

「馬鹿なことを言わないで、あなたたちだけおいて逃げるわけにはいかないわ」

「しかし、このままだと全滅だぞ。それは君にも分かっているはずだ」

「でも……」

「グレン、ミズキ!」


 パルフィが言い返すのには耳を貸さず、前衛で戦っているグレンとミズキに叫ぶ。


「ああ、聞いていた。オレもそれがいいと思う」


 必死になって、大オークの攻撃を受けとめながら背中越しにグレンが叫ぶ。


「私も同感だ」


 ミズキも小オーク二体の斧を同時に裁きながら答える。


「そんなことしたら、あんたたちみんな死んじゃうのよ」

「けっ、馬鹿言うな。オレ様はてめえとはちがって頑丈に出来てる。オレ様の心配なんざ五万年は早えぜ」

「でもっ」


 パルフィがさらに何か言おうとする前にミズキが叫ぶ


「仮に一命を落としたとしても、それは本望だ。仲間のために落命するはサムライナイトの本懐!」

「そんな……」


 まだ、ぐずるパルフィにクリスは続けて叫んだ。


「それなら、先に脱出して助けを呼んできてくれ。たのむ、このままじゃそれすら危なくなる。逃げるんじゃない、僕たちを助けるために先に行くんだ」

「さっさといけ馬鹿野郎っ」

「早くしろっ、もうあといくらも持たない……」


 グレンとミズキが懸命にオークと切り結びながら叫ぶ。

 それを聞いて、覚悟を決めたようにパルフィはうなづいた。


「わかった、じゃあ、先に行って助けを呼んでくる」

「頼んだよ」


 パルフィはさらに一歩後ろに下がり、少年を後ろにかばいながら、脱出の呪文を唱え始めた。それを見て、またクリスは二人に叫ぶ


「グレン、ミズキ! パルフィの呪文の詠唱が終わるまで、三人で援護するぞ」

「おうよ」

「承知っ」


 脱出の呪文に限らず、テレポート系の呪文は空間に直接力を及ぼさなければならないため、さらに強力な呪文が必要となり、その結果、詠唱時間が長くなる。そして、その間は完全に無防備となるため、代わりにかばってやる必要があるのだ。しかもランクが低いため、本来ならテレポート系の呪文の中では比較的素早く発動できる戦闘離脱呪文といえども余計に時間がかかる。


 しかし、これは相当な無謀であった。もともとかなり押されている戦いで、ぎりぎりで持ちこたえていただけだったのだ。それが一人抜けてしまったため、それまでかろうじて保たれていた攻防のバランスが一気に崩れ始めた。

 先ほどまでは、後衛のクリスにはまだ呪文を唱える余裕があったが、パルフィが離脱して、もはやオークがクリスに張り付いて斧を振り回してくるため、それを受けるのに必死で呪文を唱えることすらできなくなった。

 グレンとミズキもパルフィに一切オークを近づけないようするため、自分の守りを犠牲にして攻撃を続けるため、さらに傷を負うこととなった。しかも相手の体力は底なしである。まさに全滅まで時間の問題であった。


 そして、ついに……


「ぐはっ」


 ミズキが肩を押さえて片膝をつく。小オークの一人に肩を切られたのだ。傷は深いらしく、肩口から血が吹き出し、みるみるうちにミズキの白い服を赤く染めていく。


「ミズキ!」


 グレンは、ミズキにとどめを刺そうと斧を振りかざす小オークに突進し、横から腹を蹴り飛ばしてなんとか事なきを得る。しかし、その隙を見逃すオークたちではなかった。背中から大オークがグレンに斬りかかる。


「グレン、うしろだ!」


 肩を押さえてうずくまるミズキが、グレンを見上げて悲痛の叫びを出す。

 すでにグレンは気配を感じ、振り返ろうとしていた。

 だが、まさにその瞬間、大オークの振り下ろした斧がグレンの背中を切り裂いた。


「ぐわぁっ」


 まともに背後から斬りつけられても致命傷にならなかったのは、まさにグレンのたぐいまれな反射神経のなせる技であろう。しかし、自分よりも強い相手に背中を見せて完全には避けられようもなく、斧はグレンの背中を深々とえぐっていた。その瞬間激しく血が噴き出す。


「ぐぅっ」


 それでも倒れなかったのは、グレンの剣士としての誇りであっただろうか。意識が飛び、前のめりに倒れそうになるのを足を踏み出して持ちこたえ、背中から血が吹き出るのもそのままに、振り向きざまに、自分を斬った大オークに向かって剣を横に()いだ。だが、もはやその太刀筋は弱々しくなんらダメージを与えるものではない。大オークはグレンの剣を軽々とはじき、脳天を割ろうと斧を大きく振りかざす。グレンがそれを受けようと剣を戻して頭上にかざそうとする。しかし、その動きは、時の流れが遅くなったかのように緩慢だった


「いやぁーっ、グレン!」


 その光景を目の当たりにしたパルフィが呪文の詠唱をやめて叫ぶ。クリスは激しく振り返った。


「パルフィ、呪文が!」

「だって、グレンが死んじゃう」


 パルフィが目に涙を浮かべて叫ぶ。


(くそっ、もう…)


 そのとき、パルフィのさらに後から、声が聞こえてきた。その声は子供のものだったが、慈愛と威厳に満ちあふれており、それが少年の声だと認識できるのには一瞬の時間を要した。


『……七つの時を聞こし召す我が大神よ、汝の慈しみによりて汝のしもべに命の息吹を授けたまえ……』


 しかも、それは自分たちが話す大陸標準語(ユーロス語)ではなかった。


(こ、これは、魔幻語だ。この子がなぜ……?)


 そして、少年が叫ぶ。


『ヒール!』


 その瞬間、何が起こったのか理解したものはいなかったに違いない。少年が叫んだ瞬間、淡い緑色の光がグレンを包んだ。オークたちはその光で目がくらんだようで、目をかばいながらよろよろと数歩下がった。そして、その光が消えたとき、グレンが無傷で立っていたのだった。

 理解していないと言えば、当のグレンも何がどうなったのか分かっていないようだった。


「ど、どうなってんだ、これは……」

「グレン!」

「いったい、なにが……」

「あ、あれは、回復呪文だ。まさか……」


 クリスが再び後ろを振り返ると、すでに少年が目を閉じながら、再び呪文を唱え始めていた。そしてまた


『ヒール!』


 と叫ぶと、今度はミズキを緑色の光が包む。そして、その次にクリス、そしてパルフィ。少年が呪文を唱えるごとにクリスたちは順番に暖かい光に包まれ、そして、傷が瞬時に癒え、体力が回復する。

 四人全員に回復呪文をかけ終わると、少年は立っていることが出来ず、肩で大きく息をしながら、地面に座り込んだ。


「す、すみません。まだ覚えたてでうまく使いこなせなくて……。も、もっと早く掛けて差し上げられればよかったのですが……。まだあと数回は掛けられますので……怪我は心配なさらないで……ください」

「おおっ、そうか。そいつは助かるぜ。ようし、そうと聞いちゃ勇気百倍ってもんだ。ミズキ、行くぜ」

「承知っ」

「僕たちもやるよ、パルフィ!」

「うんっ」


 そして再び戦いが始まった。だが、立場は完全に逆転していた。なにしろ先ほどまでとは違って、自分の体をそれほどかばう必要がなくなったのだ。もちろん一撃で致命傷を食らうわけにはいかないが、ある程度の傷を負うと、後方から少年が回復呪文を掛けてくれるのである。それに対して、オークたちはこちらが一度に与えるダメージが少ないとはいえ、回復できずに蓄積していく。勝負は目に見えていた。


「どりゃあ」


 グレンが最後の敵となった大オークを袈裟切りにしとめた。戦いは終わったのだ。


「お、終わった……」


 クリスは力が急に抜けてしまって、思わずへたり込んでしまった。


「ふぃー、やれやれだ」


 グレンもドカリと座り込む。


「よかった……。よかったよぅ」


 パルフィもペタンと地面にしりもちをついて、服のすそを握り締め、もうほとんど泣かんばかりに目に涙を浮かべていた。


「ケガはないか?」


 ミズキは、刀を鞘に戻しながら、少年に話しかける。


「ええ、大丈夫です。みなさん、どうもありがとうございました。おかげさまで助かりました。皆さんは、命の恩人です」


 少年は立ち上がって、頭を下げた。


「何言ってやがる。礼を言うのはこちらの方だぜ。まったく、おめえの回復呪文がなけりゃ、オレたちゃ全員墓場行きだったんだからな」

「そうよ。っていうか、今から考えたら無謀よねぇ。ランク1なのにオーク四体に突っ込んでいったんだから」


 パルフィが目にたまった涙を指でぬぐいながら、すこし照れたようにおちゃらけて言う。


「確かにそうだな。だが、あのときにはああするしかなかっただろう。あのまま捨て置いてはサムライナイトの名折れだ」

「まあ、なんにせよ助かったんだから、よかったんじゃない?」

「ああ、そういうこったな」

「みなさんは、これから街にお帰りなのですか?」

「うん、これから宿を探してそこに泊まるつもりだったんだ」

「それでしたら、ぜひうちにお越しください。私はこの通り神にお仕えする身。粗末なところですが、私の教会にはお泊まりいただける部屋がいくつかございます。おお、そうだ。まだ名前を申し上げておりませんでした。申し遅れましたが、私はルティと申します」


 そう言って、ルティは丁寧にお辞儀をした。


「そうかい、それはありがてえ。オレはグレンだ」

「私はミズキだ」

「パルフィよ」

「僕はクリスだよ。よろしくね。でも、本当にいいのかい? こんなに大勢で押しかけても」

「これぐらいのことしかお礼はできませんので、ぜひ」

「ねえねえ、お世話になろうよっ」


 確かに、ここから街まで戻るのは時間がかかりそうであった。


「そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて、おじゃましようか」

「はい。ぜひ! では、家はこちらですので」

「よし、行こう」


 クリスたちは荷物を拾って、ルティの後について行った。



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