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公認魔幻語使い(マジスタ)の日常生活  作者: ハル
◆第一巻 プロミッシング・ルーキーズ(有望な新人たち)
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第10話 初戦

「王と女王亭」でさんざん飲み食いした後、ものすごい金額の勘定をクリスが済ませ、四人は店を出た。


「さあ、腹もふくれたし、どうするよ? さっきクリスはこの四人で動いてみるって言ってなかったか?」


 グレンがはち切れそうになったおなかをさすりながら言う。


「うん。いきなりギルドからミッションをもらって本番ってのも怖いから、まず街外れにいる魔物を相手に戦闘の段取りを練習しようと思うんだけど」


 ずいぶん軽くなった財布に寂しげな視線をくれて懐にしまいつつ、クリスが答える。


「そうよね。私たちまだ会ったばっかりだし、どんな風に戦うのか知らないしね」

「うん、一緒に戦う以上、お互いの連携が大切だと思うんだ」

「ミズキはどうだ?」

「ああ、それは誠にいい考えだと思う。敵を知る前に己を知り、味方を知るのが、兵法の鉄則だからな」

「うはぁ。さっきも思ったけど、ミズキは堅いわよねぇ」

「そ、そうか? これが当たり前だと思うのだが」


 やや頬を染めてミズキが言い返す。口調は男勝りだが、その様子は古風な女性らしさが感じられる。


「てめえが、柔らかすぎるんじゃねえのか?」

「ムッ」

「まあまあ、よし、それじゃあ、街外れの寂しいところをうろうろしてみようよ。きっと、人を襲う魔物に出会うはずだから」


 そうして、クリスたちはいったん街を出て、比較的人通りの少ない街道をしばらくの間歩いてみた。しかし、幸か不幸か魔物はまったく出てこなかった。


「……うーん、出ないわね」

「ま、出て欲しい時には出ねえもんだろ」

「まだ日も高いし、これくらい街に近い街道沿いだと、そうそう出ないかもしれんな」

「よし、街道を外れてみようか。ちょうどあそこに森が見える」


 このままでは埒があかないので、四人は森の方に向かって歩いていった。

 うっそうと生い茂った森は、日中でも薄暗く、外から内部の様子が見えないため、どこの森でも魔物が出やすいところである。魔物退治を目的とするクリスたちには好都合なのだが、逆に強すぎる魔物やあまりにも多数の魔物が現れる可能性もあり、若干の危険を伴うと言えた。

 四人はやや緊張した面持ちで森の中に入っていく。


 すると、ほどなくして、すこし開けた場所に出た時。


「シッ」


 ミズキが急に皆を手で制する仕草をし、刀の柄に手をかけた。


「ど、どうしたの?」

「魔物の気配がする」

「四匹、いや五匹か」


 グレンも目を左右に配り、剣を抜く。


「えっ、どこどこ?」


 パルフィは不安そうに辺りを見回す。


「二人には分かるんだね」


 グレンとミズキが向いている方をクリスも見たが、何も見えなかった。クリスとパルフィには分からないが、どうやら剣士の二人には魔物の気配が数まで感じ取れるらしい。


(そういえば、クリードが言っていたな。魔道士も経験を積めば気配が読めるようになるって……)


 いずれ自分もそうなるのだろうか。


「クリス、パルフィ、後ろから援護を頼む。私とグレンは前に出る」

「分かった」


 クリスが我に返って答えると、ミズキは前に出て抜刀し、構えを取った。すぐに刀が青白く発光し始める。

 クラスにかかわらず、魔道を使う剣士は、その攻撃力を増すために自分の魔力を己の得物に注ぎ込むのが普通である。そのため、そういった剣士の剣や刀は魔力を伝導しやすい金属で作られている。

 ミズキの刀からは青白い光とともに、何やら冷気らしき霞がゆらゆらと出ていた。おそらく氷属性の剣術なのだろう。

 一方、グレンはすでに抜いた剣を準備運動とばかりにぶんぶん振り回していた。その剣は赤く発光し、炎のような陽炎が揺らめいていた。彼が剣を振るたびに赤い軌跡が宙に残る。こちらは、炎属性の剣術であるようだ。


「へへっ、腕が鳴るぜ」


 グレンとミズキが前衛の位置について構えると同時に、クリスとパルフィは数歩下がって待機している。魔道士と幻術士は物理的な攻撃は弱いが、射程が剣よりも長い。そのため、常に後方から呪文を唱えることになるのだ。


「来るぞ」


 ミズキがそう言ったとたん、奥から五体の魔物が現れた。ゴブリンだ。


(また、こいつらか……)


 クリスは今朝の一件を思い出して、心の中で苦笑した。だが、今回は仲間たちと一緒だ。逃げる必要はない。


「フン、これくらいならちょうどいい練習になるだろう」


 グレンが、ニヤリとして、剣を構える。


「よし、行くぜ、みんな!」

「おう」



 こうして始まった彼らの初戦は、だが、思った以上にあっけなくかたがついた。

 最初は、お互いの動きが読めず、どこかぎこちなかった。ミズキとグレンは互いの間合いに入ってしまわないように神経質になっていたし、ゴブリンたちがクリスとパルフィに殺到しないように気を遣っていたが、一匹後方に向かってくると、他の魔物を牽制しないまま、二人同時にそいつに斬りかかり、その結果、別の一体に攻撃されるといったことが何度かあった。

 また、クリスは、後ろからミズキとグレンの邪魔にならないように、そして、すでにどちらかが戦闘不能にしてしまった個体に二重に攻撃して無駄弾を打たないように、どのタイミングで攻撃呪文をしかけるかの判断に迷いがあった。パルフィも、敵を眠らせる呪文や幻影を見せて見当はずれなところを攻撃させる呪文を中心にかけていたが、ミズキやグレンの攻撃に合わせる形で出すのに苦労しているようだった。


 しかし、しばらく戦闘を行ううちに連携が取れてきて、みなスムーズに動けるようになってきた。グレンは自分でうぬぼれるだけのことはある強さだったし、そのグレンが「出来る」と見抜いたミズキの剣技もまた鮮やかなものだった。

 二人ともランク1の剣士としては図抜けた力を持っているのは間違いなかったが、その二人の剣技の種類は正反対といっていいほど異なっていた。グレンの剣は、一言で言えば豪剣とでもいうのだろうか、大剣をぶんぶん振り回し、たとえ剣で受け止めようとしても剣を折られてそのまま斬られてしまうか、剣ごとふっとばされてしまうほどだ。

 逆に、ミズキの剣の特徴はその剣速と軽い身のこなしだろう。クリスが後ろから見ていても、剣の動きが速すぎていったいどのような軌道を描いているのかが全く見えないほどだった。最前、グレンが言った通り、魔力の弱さを補って余りある剣技の冴えである。

 また、パルフィも自分で「実践派」と標榜するだけあって、ランクに合わない威力の呪文を繰り出していた。


(みんな、やるな)


 三人の様子を後方から見ながら、クリスは手ごたえを感じていた。


(これなら一緒にやっていけるかもしれない)


 そして。


「これで全部か」


 最後のゴブリンを斬ったグレンは辺りを確認して、剣を鞘に戻した。


「そのようだな」


 ビュッと刀を振って汚れを飛ばしてから、ミズキも納刀する。

 そこに、後衛としてやや後方にいたクリスがパルフィと駆け寄った。


「なんとか、やっつけたね」

「あたし、剣のことはよく分からないんだけど、二人ともすごいわよね。グレンがホントに強いってのは驚いたわよ」

「ふははは。そうだろうそうだろう」


 そういいながら、グレンは腰に手を当てて、ふんぞり返りながら高笑いした。


「うわ、こんな風に威張る人って初めて見たわよ……」

「ミズキもすごかったよ。あれが、サムライナイトの剣なんだねえ。僕には全然見えなかった」

「そう言ってもらえると、修行した甲斐があるというものだ。だが、そういうお前たちもなかなか見事なものだったぞ。おかげで戦闘がずいぶんと楽になった」

「ああ。オレもキャスターと組んで戦うのは初めてだが、なかなかやるじゃねえか」

「えッ? あ、そ、そうかな? 誉めてもらえるとうれしいな。ははは」


 パルフィがしきりに照れる。


「僕たちはいいパーティになれそうだね」

「そうだな。むろん、オレ様が加入しただけでいいパーティなのだが、お前たちもそれなりに使えそうだし、いい感じだ」


 ミズキもそれにうなずく。


「いちいち自慢しなきゃしゃべれないの、アンタは? ま、いいわ。となると、後はやっぱりヒーラーよね」

「そうだよねえ」


 そう言ってみなお互いの姿を見比べ合う。たしかに、今の戦闘は圧勝だったが、だからといってこちらが全く無傷というわけではない。こちらが百のダメージを与える間に十か二十のダメージは食らっているのだ。後衛のクリスとパルフィは、もうすこし少ないダメージしか受けないが、しかし、前衛の二人とはもともと体力に差があるため、結局、消耗度としては同じことになる。

 そして、これから旅を続けていれば、傷から回復する前にまた魔物に出会うこともあるだろう。街の付近ならともかく、人里離れたところでは魔物も多く、連戦になることもよくあることで、しかも、そういうところで遭遇する魔物は総じてランクが高い。したがって、生きるか死ぬかの瀬戸際になるような戦いが起きやすい。もちろん、回復薬は大量に持ち歩くことになるが、しかしそれではあまりにも心許ない。今のクリスたちには回復呪文を使えるヒーラーがどうしても必要だった。


「まあ、悩んでいてもしょうがないわ。それより、ほら、みんな傷の手当てしなきゃ」


 パルフィはカバンから回復ポーションを取り出して、みんなに配り始めた。そして、かいがいしく、そばに流れる川の水で布を濡らして一人一人血や泥をぬぐってやる。上から目線のおてんば一辺倒だと思っていたパルフィに、こういうところがあるのはクリスには意外に思えた。


「ぐはぁっ、まずい。何が入ってんだこれ」

「ケホッ、ケホッ。すごい味だな」


 回復ポーションを一気飲みしたグレンが、ものすごい顔つきで顔をしかめる。

 その横でミズキも、よほどまずくて喉に詰まったらしく咳き込んでいた。


「そんなにまずいの?」


 クリスはくんくんとにおいをかいで見るが、多少薬品臭さがあるだけで悪臭がするわけではない。


「うむ。飲めば分かる。ゴホッ」


 ミズキはまだむせながら言った。


「どれ、じゃあ、いただきます」


 クリスは覚悟を決めて一気に喉に流し込んだ。


「うへえ。ホントにまずいや」


 胃袋から逆流しそうになるのをこらえながら、クリスが顔をしかめて言った。


「なんて顔してるのよ。ちゃんと回復するんだから文句言わないの」


 そういいながら、パルフィは自分も一気飲みして、皆からボトルを回収した。


 確かに死ぬほどまずかったが、飲み終えると傷口が閉じてきて、活力がみなぎってくるのがクリスには感じられた。

 グレンたちも、先ほど前よりも生命力が戻ったというのか、元気がみなぎる様子だった。


「まあ、治るんだから文句は言えねえよ」

「ああ。良薬口に苦しというしな」


 味はともかく、ヒーラーのいない現時点では、回復ポーションはクリスたちの必需品であった。



 

 初戦の後さらに数回の戦闘を重ねた頃には、昼から夕方になろうとするところだった。また、魔物を求めて移動しているうちに、街からは相当離れたところに来てしまっていた。


「さて、ちょっと早いけど、続きは明日にして、そろそろ街に帰って宿でも探す? けっこう街から離れたところまで来ちゃったよ」

「そうね、ちょうどポーションもなくなったし」

「いい感じで練習できたよね」

「うむ。連戦連勝だな」

「オレ様は腹が減ったぜ」

「私も~」

「そうだね。これからの方針も決めなきゃいけないし」

「私は刀を研いでおきたい」


 ミズキが相変わらず堅いことを言う。


「そ、そうだね。剣も手入れしてやらないとね。じゃあ、行こうか」


 みんなが荷物をまとめて歩き出そうとした、そのときだった、


「ウワァァァッ」


 どこか遠くで叫び声が聞こえてきた。どうやら、子供の声のようだ。


「なんだ、今の?」

「どこから聞こえた?」


 みんな周りを見渡す。


「誰か! 助けてください」


 もう一度声が聞こえた。その声は、まさに命の危険にさらされている者の必死さが感じられる。


「行くぞっ」


 クリスが我に返ると、グレンとミズキはもうすでに声の方向を確認して走り出している

 クリスとパルフィも後を追った

 しばらく行くと、森のそばで十二~十三才ぐらいの少年が人型の魔物に襲われ、逃げまどっているのが見えた。しかも、相手はただの魔物ではない。オークだ。オークは体が大きく力も強い。巨大な斧を持ち、ひたすら振り回す凶暴な魔物だ。四体いて、そのうちの一体は、ただでさえ大きなオークよりも輪をかけて体が大きく凶暴そうで、こいつが群れのリーダーらしかった。

 少年は必死に逃げようとしているが、子供の足で振り切れようはずがなく、まさに追いつかれようとしていた。


「まてまてまてい!!」


 先頭を走っていたグレンは一瞬でも早く魔物の注意を引きつけるために、剣を抜いて大声で叫びつつ、その場所に切り込んだ。そして、そのままリーダーらしき大オークに向かって突撃する。ミズキも後に続き、それでは自分が雑魚を引き受けるとばかりに、残りの小オークに切りかかる。クリスとパルフィは少年の前に走り込んで、少年を自分たちの後ろにかばった。すでに、グレンとミズキは激しい戦闘状態に突入していた。


「大丈夫かい?」

「は、はい、すみません。森で薬草を摘んでいたら突然襲われて……」


 息を切らして、青ざめた顔でその少年は答える。


「私たちが来たからにはもう大丈夫よ。後ろに隠れていてね」

「は、はい。ありがとうございます」


 そう言って、少年はよろよろとよろけながらも、言われた通りパルフィの後ろに下がった。


(あれ?)


 その時クリスは、その少年が着ているのが、聖職者の服であることに気が付いた。


(あれは……、確か神官のものだ。こんな少年が神官の身なりをしているって、どういうことだ?)


 しかし、そんな思いもすぐに現実に引き戻された。


「クリス、早く呪文を! グレンとミズキが危ない」


 慌ててそちらを見ると、先ほどまでの戦いではあれほど圧倒的だった二人が確かに押されていた。二対四ということもあるだろうが、それよりもリーダーらしきあの一体が強すぎるのだ。


「くっ」


 クリスとパルフィは急いで呪文の詠唱を開始した……。




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