第8話 メンバー求む(1)
二人は広間に入ると、先ほど座っていた席に戻った。他の合格者もそれぞれに席につく。
しかし、合格者が少ないため、試験時に比べはるかにがらんとしていた。
やがて、試験官の老師が別の係官と一緒に戻ってきた。係官の方は、用紙と何やら小さな箱をたくさん抱えており、それを最前列の机に置いて、自分も席についた。
「みんなそろったかの」
老師が周りを見渡して確認する。
「よろしい。では、ここにいるみなはめでたく認定試験に合格し、今日から晴れてマジスタとしてのライセンスを得たことになる。まずは、祝いを述べさせてもらおう。とはいっても、ほとんどの者はまだおのおのクラスではランク1の実力ゆえ、くれぐれも命を大事にし、研鑽を積んでいってほしい。知っての通り、マジスタはたいていの場合、パーティを組んで行動する。特に、ランクの低いうちは一人で任務など引き受けられぬからな。できれば、ここにいる二十余名のなかで、組んでしまうのが簡単じゃが、もし見つからないようであれば、ギルドに行き、そこで探すのも手じゃ」
単独で活動するマジスタもいるが、一般には、パーティを組むほうが仕事がしやすい。ある程度高位でないと、一人でできる仕事は限られるからである。
(まじめな人と組みたいな……)
クリスは、パーティを組む相手に特に当てがあったわけではなかったので、どこかに入れてもらうつもりでいた。そして、どうせ組むなら、真剣に修行に励むパーティに入れてもらいたいと考えていた。
「それでは、合格者に認識章を渡す。おお、そうじゃ、その前に、パルフィ。幻術士のパルフィはここにおるか?」
「は、はいっ」
不意に名前を呼ばれて驚いたらしく、パルフィが慌てて返事をして手を上げた。
「パルフィ、そなたは筆記試験の成績が非常に悪かった。実技試験の結果がことのほかよかったゆえ、仮合格にはしたが、あくまで『仮』の合格じゃ。一応、ライセンスは与えるが、そなたには補講を受けてもらう。それが合格の条件じゃ。法律や一般常識も勉強するのじゃぞ」
「は、はいぃぃ」
そう言われてがっくりしたのか、上げた手をよろよろと下げ、憂鬱そうにため息をついた。
「よろしい、では、これよりマジスタの認識章、ソウルクリスタルを渡す。これは、身分証明と冒険許可証の代わりとなる。これをもっていれば、アルトファリア国内の移動が手形なしで自由に行える。また、未発見の遺跡などの探索も自由じゃ。ソウルクリスタルという名前の通り、持ち主と精神的にリンクするため、持ち主以外のものが身につけると、黒くにごるが、持ち主が身につけると薄い赤色になる。くれぐれもなくさぬようにな。それでは、順に名前を呼ぶゆえ、呼ばれたものは前に来て受け取るのだ」
そして、老師は順番に名前を呼び始めた。それを見計らって、 クリスは、パルフィに聞いた。
「ね、パルフィの実技試験の結果がすごいよかったようなことを老師が言ってたけど、何倒したの?」
「ん? さあ、試験官が召喚した精霊だったから名前は知らないけど、ランク2って言ってた」
それを聞いてクリスは驚いた。
「へえっ、ランク1なのに、ランク2の魔物を倒すってすごいじゃないか」
「まあね」
「やるなあ。あれ、でも、クラウドコントロールの試験って言ってなかった? 群れで出てきた魔物と戦う試験だって」
「そうよ、だから、ランク2の精霊三体とやらされたのよ」
「は?」
クリスは言われたことが一瞬理解できず、固まった。
魔物の強さは、誰にでもすぐに把握できるように定量化されている。そして、ランク一つ分の差は相当に大きい。つまり、幻術士のパルフィにとっては相当に手強いはずの相手を三体倒してしまったことになる。ランク1のゴブリン三体を倒すのとは訳が違う。
「そ、それはすごいな。そりゃあ、多少、筆記試験が悪くても合格するはずだよ……」
「だから言ったでしょ。あたしは実践派なのよ」
パルフィはまだ筆記試験の疲れと、補講を受けなければならないというショックから立ち直れないらしく、そう言うと、おでこを机にくっつけるように伏せた。
「そうみたいだね…‥‥」
しばらくパルフィを感嘆の目で見ていたが、
「ウイートリー村魔道士、クリス」
と名前を呼ばれるのが聞こえた。
「おっと、僕の番みたいだ。もらってくるね」
クリスは、荷物をまとめて立ち上がり、係官のところに向かった。
「クリスさんですね」
「はい」
「では、こちらをどうぞ」
係官は、クリスの名前が書いてあった小さな箱を取り出し、蓋を開けて中からペンダントを取り出した。ペンダントヘッドは手のひらに収まる程度のすこし大きなもので、水晶で出来ており、魔道士を意味する菱形になっていた。
「これを握って、何か呪文の発動準備をしてください」
「はい」
クリスは、係官からペンダントを受け取り、念をこめた。
すると、ペンダントヘッドの水晶が、一瞬淡い光に包まれ、その光が消えたとき、透明だった水晶がほんのりと赤色に染まっていた。
「はい、結構です。これでこのクリスタルはあなたの魔力とリンクされました。なくさないようにしてくださいね」
係官はクリスタルをクリスに渡した。
「ありがとうございます」
係官に礼を言って広間を出て、もらったペンダントを物珍しそうに眺めていると、パルフィも出てきた。
「クリス」
「お、君ももらえたかい」
「ええ、これよ」
パルフィが、首からさげたペンダントを見せる。
「へえ、幻術士のクリスタルはこんな形になってるんだね」
幻術士のペンダントヘッドは、三日月の形になっていた。そして、同じようにほんのりと赤く染まっている。
クリスはしばらくの間、自分のクリスタルを見ながら、晴れてマジスタになった感慨に浸っていたが、他の合格者たちがロビーの方に向かっていくのに気がついた。
「あ、みんなロビーの方に向かうみたいだね。パーティを組み始めるのかな」
「そうかもね」
「それじゃ、パルフィ。今日はいろいろ大変だったけど、お互い合格してよかったよね。僕もパーティ探さなきゃいけないんで、そろそろ行くね」
パルフィもそれを聞いて、顔を上げた。
「そうね。こんなところでのほほんとしてないで、私たちもパーティ組まなきゃね。とりあえず、幻術士と魔道士しかいないから、あとは、剣士とヒーラー(回復士)よね」
「えっ?」
「さ、行きましょ。さっさと入ってくれる人探さなきゃ」
パルフィはクリスの袖をつかんで、引っ張っていこうとした。
「ちょ、ちょっと待って、僕も一緒にやるの?」
クリスは、焦ってパルフィに確認する。しかし、答えは聞く前から分かっていた。
「へ? あたりまえじゃないの。一人でやっていけるわけないじゃない」
「ああ、やっぱりか……」
「なによ、他に当てでもあんの? それならあたしも入れてよね」
パルフィは、不満そうに頬をふくらませた。
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
クリスが思わず口ごもる。
パルフィとは知り合ったばかりだったが、今日しばらく一緒にいて、パーティなど組んでやっていけるのか、相当に不安を感じていたのだ。
(悪い子じゃないんだけど、どう考えても振り回されそうだしな……)
しかし、パルフィはそれを敏感に感じ取ったのか、目をスッと細めて、
「それとも、なに。あたしと組むのがいやなわけ?」
とたずねる。それと同時にクリスは、背後に伝説の魔王でもいるのかというぐらいものすごい殺気が、彼女の全身から放出された錯覚に襲われた。
「と、と、とんでもないです」
「なら、いいわ。さ、行きましょ」
殺気がウソのように消え、にっこり笑って、パルフィがスタスタと歩き出す。
「う、ううぅ」
強引に押し切られて、よろよろとパルフィの後についていくクリスであった。
ロビーでは合格者やその関係者らしき人たちが三々五々たむろしているのが見えた。おそらく老師が言った通りここでパーティを組んだり、今後について話しあったりしているのだろう。
「誰を誘えばいいのかな?」
「とりあえず、テキトーに誘って入れるだけ入れてみましょ。役に立たなかったらクビにして別のを入れればいいのよ」
「す、すごいこと言うね」
「何言ってんのよ、あたりまえじゃない」
「……」
それが当たり前かどうか、思うところは多々あったのだが、ここで逆らっても話がややこしくなるだけだと悟って、それには何も言わずに、
「あ、あの人一人でいるみたいだよ」
と、ロビーの奥で一人で壁にもたれている剣士らしい男を指さした。
「そうね、剣士みたいだし、ちょうどいいわ。ちょっとそこのアナタ」
パルフィはツカツカと早足で歩み寄り、いきなり男性に声をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、パルフィ」
慌ててクリスも後を追う。
「ちょっと、そこのアナタ。聞こえないの」
「ん? オレ?」
男性は周りをきょろきょろして本当に自分が話しかけられているのか確認した。
「あなたに決まっているじゃないの。あなた、クラスは魔道剣士?」
「そ、そうだけど」
「ちょうどよかったわ。じゃあ、今からあたしたちのパーティの一員よ。いいわね」
「は?」
一瞬、何を言われたのか分からないような表情で、パルフィとクリスを見る。
「役に立つようだったら、正式にメンバーにしてあげるから、一生懸命がんばりなさい」
「ちょ、ちょっと待った。オ、オレはもう入るところが決まってるんだよ!」
焦った様子で、男性が答える。
「じゃあ、そこに断りを入れなさいよ。黙って抜けたら迷惑でしょう?」
「な、なんで、そんなことしなきゃならないんだよ。べ、別にあんたたちのパーティになんて入りたくないし」
「何よ。あたしが入れてあげようって言ってるのに、断る気?」
「断るも何も……」
男性は困ったように目を泳がせたが、何か思いついたのか、勢い込んで云った。
「そ、そうだ、ついさっきも、剣士らしい新人のヤツが入るところ探してたぜ。異国の女剣士って感じだったけどな。そ、そいつに聞きなよ、な?」
だが、クリスが周りを見回しても、そのような剣士の姿は見えなかった。そして、パルフィはこの場にいない剣士など全く眼中にないようだった。
「人のことはどうでもいいのよ。今話してるのはあなたでしょう」
「そ、そんなこと言われても……」
その剣士は助けを求めるように、パルフィの後ろに控えていたクリスを見た。
おろおろとこのやり取り、というより、あまりといえばあまりなパルフィの言い草を聞いていたクリスは、その視線に気づきあわてて助け船を出した。
「パ、パルフィ、この人はもう入るところが決まってるんだから、無理言っちゃダメだよ」
「何言ってんのよ。あたしたちとやったほうがいいに決まってるじゃないの」
「で、でも、ほら。向こうにも都合があるし……」
「あのね。あたしが入れてあげるって言ってんのよ? ありがたく入るのが当然でしょうよ」
いかにも、こちらの無理解を責める語調で、反論するパルフィ。
(こりゃ、だめだ……)
クリスは、パルフィを説得するのをあきらめて、困惑の表情で立ち尽くしている剣士に目配せを送った。
「あ、オ、オレ、ちょっと用事があるから。じゃ、じゃあ、そういうことで、さいなら」
剣士は察しよくクリスの合図に気づき、どもりながら、それだけ何とか口に出して、足早に去っていった。
「あ、ちょっと待ちなさいよ。まだ、行っていいなんて言ってないじゃないのよっ」
パルフィは剣士の背中に向かって叫ぶが、剣士はここで止まっては一巻の終わりとばかりに、あっという間に逃げていった。
「ああ、もう。逃げられちゃったじゃないのよ」
「そ、そんなこと言ったって、ムリ言っちゃダメだよ」
「あなたも今のアイツもホントに失礼な人たちね。まったく」
パルフィはため息混じりに言った。本当に、クリスたちが礼儀や道理をわきまえていないと思っているらしい。
「い、いやそうじゃなくて……。ええと、ま、まあいいや。じゃ、じゃあ、僕が声をかけてみるから。パルフィは後ろで見ててよ」
クリスはここでパルフィに物事の道理を説いても意味がなく、それよりも、自分が声をかけたほうが事がスムーズに運ぶと思いついた。
「あらそう? 悪いわね」
「いやいや」
(この子に勧誘させると、入ってくれるものも入ってくれなくなるからな……)
しかし……。
「ねえねえ、君はもうパーティ組んでるの? よかったら一緒にやらない?」
「いや、すまないけど、もう約束があるんだ」
「そうか。それは残念だね。あ、そこの君、よかったら一緒に組まないか?」
「あら、ごめんなさいね。もう決まったところがあるの」
「そっか。あ、ねえ、君たちのパーティには二人分の空きがないかな?」
「すまん、俺たちはもういっぱいなんだ」
一人でいるものや二人連れの連中にも声をかけるが、すべてこの調子で、みんな先約済みだった。
ただ、一度だけ、魔道士一人なら入れてもよいと言ってくれたパーティがあったが、どうしようとパルフィを振り返ると、一人だけ置いてけぼりにしたら許さないという無言のメッセージというか、殺気を感じたために断念した。
「……だめだわね」
「うーん。こんなに仲間を見つけるのが難しいとは思わなかったな」
「どうする?」
「しょうがない。ギルドに行ってみようか。さっき、老師がそう言ってたよね。あそこなら、一緒に組んでくれる人が見つかるかもしれない」
「そうね。それしかないわね」
やむなく二人は、考査棟を出て、魔幻府の門番に道順を聞き、魔幻語使いギルドに向かうのだった。