第1話:痛む小指
『好きな人いる?』
そう聞かれてためらわずに首を縦に振った。
好きな人が出来るなんて、少し前までは思いもよらなかった。
そして、そういう想いを軽々しく口にするなんて、
成長したのか。
それとも、馬鹿になったのか…。
「……えぇっ!?」
しばらくの沈黙のあと、友達2人が大声を出して立ち上がった。
「なんだよ。その反応はっ!」
少々ムッとすると、軽くパーマのかかった短い髪をいじりながら、中学からの友人――舘山 美咲――が小さく震えながら言った。
「だって、だって……。達美ちゃんに好きな人?男になんて欠片も興味なかった達美ちゃんに好きな人!?」
「なんだよ、悪い?」
「悪くないけど、…でもでも、達美が恋をするなんて有り得ないじゃない!どうしよう!雪が降るわ!」
もうひとりの友人――こちらは小学以来の腐れ縁、有沢 しずか――がジタバタしながら騒いでいる。
「じゃあ、なんで『好きな人いる?』とか聞くんだよっ!」
ぼくは堪えきれなくなって机を叩いた。
「ま・・・、まぁまぁ、そんなに怒りなさんな。どれ、どの殿方にハートを奪われたのかな?」
コホンとわざとらしくセキをして、しずかがぼくの肩に手をのせた。目に怪しい光がともる。
楽しんでる・・・。コイツ絶対ぼくをからかってる!
「同じクラスの男子?それとも電車で一緒の人とか?」
美咲の問いかけに、ぼくは昨日のことを頭に浮かべた。
「昨日の朝、電車の中で見かけたんだ」
「え、入学式の日?」
「うん、人目ぼれってやつ…なのかな」
頬を染めながらそう言うと、二人の目が半開きになってこちらを見ていた。
「だからなんだよ!その目はっ!」
「いやぁ、乙女だなぁ、ってね……」
「んで?その人誰か分かった?」
しずかの今にも笑い出しそうな声音に重ねて、美咲が慌てたように質問をしてくる。
「うん、同じクラスだった……」
ビックリしたんだ。
同じ学校で、同じクラスって知った時は。
でも心のどこかで当然だと思っている自分がいた。巡り逢う運命だったのだと。
「高宮 晃って奴・・・覚えてる?」
彼の名前を口にした途端、二人の顔が大きくゆがんだ。
「またアンタは・・・高値の花に手を出すのね」
しずかがぼくを哀れむような目で見てきた。
どういう意味か、なんて聞かなくても分かる。
カッコいいのだ、高宮晃という男は。今日、クラス内でざわめきが起こったほどに。
「でも、必ず手に入れてみせる」
我知らず口にしていた言葉は、
自分でも驚くほど自信に満ちていて、
傲慢だった。