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カクセイキョウ4

 金の樹のギルドハウス。そのギルドマスターであるロップイヤーは、柔らかな椅子に体を預けて膝を抱えながら、ヒナタの報告に耳を傾け、相づちを打つ。


「学校でも被害者が、かー」

「確実な話しじゃ無いけど、まるきり無視出来る話でもないと思う」

 窓から差し込む光は夕暮れの赤だ。

 リアルでの用事を終えたヒナタは、ログインしてから一回り、街で会える友人に声を掛けて、覚醒教に注意をするようにと促したあと、ロップイヤーがログインする時間を見計らって乗り込んできたのだ。


「となると、問題はVRで何かあっただけ、というわけではないんわけだよねぇ。まいったなぁ。リアルの警察に任せて手を引くのがベターなんだけどさー」

「玲二さんの話しだと、警察にも電脳犯罪対策特別班――SFTっていうのが出来たって」

「電話番号わかる? 問い合わせしたいなー」

「警察を動かすの、ムリって思ってる?」

「うん。……理由言える?」

 既に警察を呼ぶなどの手段は大概検討がされていたらしく、ヒナタの疑問にロップイヤーは間を置くこと無く頷きを返し、逆にその判断の理由を問いかける。

 ルーガロッチもロップイヤーも、時々こうしてヒナタに自分で考えさせる。

 急いでいる時なら面倒とも思うけれど、今は特に動きが取れるワケでも無い。

 学校で疲れている頭を、もうひとふんばり働かせる。


「たぶん……理由は二つ。一つは事件と覚醒教の因果関係が不明っていう事実。一つは連続事件など発生していない可能性があるから」

「そう、他の犯罪と区別が付かないって怖いよねー。誰にも知られず増えていく吸血鬼みたい。今回のキミの友人については、それっぽい状況があるだけで、実はただムシャクシャしてケンカしただけかもしれないしぃ?」

 吸血鬼という言葉に、そんな気がするとヒナタが頷く。

 それは悪意と恐怖を伝染させる、周囲を巻き込んで狂騒に追い立てる恐怖の代名詞だ。

 ゲーム内では、じわりじわりと、急に凶暴化するプレイヤーがいると騒ぎになりはじめている。

 今はまだそれほどの動きでは無いが、時間が経てば深刻化すると予想される問題だけに、火種に火がついた現状を放置しておく事はできない。風が吹けば燃え上がるのが分かっているからだ。


「もし本当に覚醒教が関わっているなら」

「その決定的な、刑法に触れる行為がされているという情報だけが、リアルの警察を引っ張り出す手段になりえるだろうねー」

「それが私達の勝利条件ね。逆に言えば、結局はまず私達が最低限の足下を固めないと、旗を掲げられる人達は桜田門の外まで出てこない」

 自分達だけで解決出来るのは、あくまでレイズの中で発生している問題だけだ。

 現実で人が暴れ出したなんて事があっても、できることはなにもない。

 ただ、レイズの中でできる事が、警察と連動することでリアルにも良い影響を与えられるなら、それを目指すべきだろう。

 それがヒナタとトップイヤーの共通見解だ。


「面倒だよねー。ツメまで準備しないと動いてくれないって」

「それ、自分が警官でも同じ事言える? 解決扱いの事件を並べて、連続してるっぽい犯罪があるから、周りを説得して捜査をしてください。何もなかったら『ごめんね』って」

「今のごめんねは可愛いから動く」

 いつものムダに語尾を伸ばした口調を忘れたように宣言するロップイヤーに、ヒナタはただ冷たい目を向ける。幾分かは、可愛いと言われた事への照れ隠しだが。


「ごほん。警察の御旗があれば、金の樹の基準で行動制限かけたわけじゃなくて、刑法に触れる行為があったんだって言えるからさー。ゲーム内の活動をムダに萎縮させないですむから、それを目標の一つに設定するのは正しい。個人的にはさー、まっとうな信仰心と方向性を持って行動するなら、それはそれでアリだと思うんだよ、宗教ってものも」

「昨日の態度を見てると、そうとも思えないけど」

「個人的な理由で、インチキ宗教が殺したいほど嫌いなだけ、だよー」

 にっこりという擬音が似合いそうなロップイヤーの笑顔が、今だけは恐ろしい。


「まあ、善行や逆境の打破を重ねる事で、業や災難、悪意を払いのけようとするのが、元々の信仰らしいからねー。神様を信じられる人は、きっと信じた分だけ幸せになれるんでしょ」

「じゃあ、これも信仰っていうかな」

「なにが?」

「自分達の手で、少しでもこのゲームのみんなが笑顔になれるようにって、警察ごっこすること」

「正義って神様への信仰かもねー。普通は自浄努力って呼ぶけどさ」

「なら、その信仰にちょっと殉じてみようかな」

「……ふふふー、何をするする気かなー? 嫌な予感しかしないんだけどさー」

 何かを思いついたらしいヒナタの含みがある笑顔に、ロップイヤーの笑顔が引きつる。


「私が潜入すれば、捜査はもっと確実に進められるよね」

「いや、危険だからさせられないってっ! とりあえず落ち着こう、ねっ?!」

 ヒナタの言葉にロップイヤーが慌てて立ち上がる。


「だからこそ効果は高い。でしょ? 言っておくけど、止められたら一人でやるよ?」

「どうしても必要なら、金の樹でやるからさー」

「金の樹のメンバーくらい、調べれば分かるんだし、潜入には向かないでしょ」

「なら、転生の実とか、姿映しの鏡とかで」

「そんな高価なアイテム使わなくても、行ける関係者がここにいるんだから、それでいいと思うよ」

 むしろそれを使うくらいなら、自分が行くから報酬に積んで欲しいとヒナタが食いつく。

 他にも、他にもと、ロップイヤーが打ち出す代替案を、ヒナタは淡々と切り捨て打ち落とし、根負けしたのはロップイヤーだった。


「ルーさんが、ヒナタちゃんは難しい子だって言ってた理由、分かる気がする」

「ありがと」

「誉めてないからねっ」

 そしてしばらくの討論の後、幹部のルーガロッチと、作戦に協力してもらわなくてはならないレオの許可を求める方向で、話しは定まっていた。

 ヒナタは、やると言えばやる。

 へたをすれば、本当に一人で突っ走って調査にいきそうなのだ。

 ロップイヤーは根負けしたように、椅子に突っ伏して、降参するように手を上げてそのまま頭を抱える格好に移行する。


「誉めてないよー。あーあー、レオさんになんて言い訳して協力求めればいいかなぁ……」

 あまりにも悲壮な様子には、さすがに少し罪悪感がうずいてしまい、ヒナタはとりあえずロップイヤー頭を撫でる。

 ふわふわの髪と柔らかい手触りの耳を毛繕いするように撫でながら、ロップイヤーが再び根負けするまで、ヒナタは延々とその感触を愉しむのだった。


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