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忘れられないある夏の日

作者: 霧島真宙
掲載日:2026/07/26

夏の終わり、突然姿を消した友の最後の言葉は「ビビディ・バビディ・ブウ」。大人になった僕は山手線のホームで彼と再会し、その呪文の意味を思い出す。

遠くで雷が鳴っている。ヒグラシの声が聞こえる。

僕らは団地の小さな公園のシーソーに乗っていた。

ギーコ、ギーコ。たわいもない話が続いていた。


その日に何を話していたかなんて覚えていないが、いつも通りの、ありふれた夏の終わり、秋の始まりだった。


ギーコ、ギーコ。いつまでも続くと思っていた時間でもあった。

日暮れが音もなく近づいてくる。

ゴロゴロ、と雷もまた近づいてくる。

雨の匂いが忍び寄ってくる。


僕らは急き立てられるように、公園に放り出してあったカバンを手に取り、家へと駆け出す。


途中の自転車屋の角、いつもの僕たちの分かれ道で、あいつは別れ際に「ビビディ・バビディ・ブウ」と呟いた。

僕は「なんだそれ」と言う間もなく、あいつは「じゃあな」と右手を上げて去っていった。


翌日、あいつはいなくなった。家族と共に。

僕も含め、あいつの友達だった連中はみなショックを受けた。


残された僕らには、あいつとあいつの家族に何があったのか、何も聞かされなかった。


何か良くないことが起こったのだろうということは、子どもなりにも容易に想像できた。


そして僕の中には、あいつの「ビビディ・バビディ・ブウ」という言葉だけが残された。まるで何かの呪文のように。


僕はその言葉とあいつの記憶を心の奥底に沈め、中学生、高校生、大学生と年を重ねていった。

あいつのことなど、すっかり忘れ去るには十分な時間だった。


その日、僕は仕事で疲れ果てた身体で山手線のホームにいた。

反対側のホームに、どこかで会ったことのあるような人物が立っていた。特徴的な肩の動き、そして特徴的な天然パーマ。

記憶の奥底から、あいつだと思い出すまでに、ずいぶんと時間がかかった。


あいつは子どもをあやしながら、綺麗な女の人と楽しそうにしゃべっていた。

そして電車が入ってくる少し前、あいつは顔を上げ、僕の方を向いた。


はっとした表情とともに、懐かしい、照れた顔をしやがる。

あの日のように右手を上げた瞬間、あいつのいるホームに電車が滑り込んでくる。そして、僕のホームにも。


僕は満員電車に押し込まれながら、頭の中で呟いてみる。

「ビビディ・バビディ・ブウ」


あれは、一期一会、再会するための呪文だったのかもしれない。

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