朝食の想い
毎日、清々しい朝とは無縁である。
起きて、身支度をして、家を出る。それがサラリーマンとしてのルーティンだった。
それが変わったのは、汐里と同居を始めてからだった。
メディア勤務の汐里は当然忙しい。会社は海沿いなので立地はいいが、業務内容が
大変なものらしい。本人から聞いた話だが、真偽は不明である。
俺の仕事も、それなりには大変だった。都市の運用を支える仕事、といえば聞こえはいいが実際は理想と現実の中間管理職である。そのために何度、人の尊厳を踏み潰したのかわからない。俺は自分が自分で人でなしなのではないか、と思う。
「孝、これ」
だが、それは平日の話。休日になれば、メディアも運用も休み。
俺たちはただの男女になる。
「早く食べないと冷めるわよ」
そこに並べられたのは、目玉焼きとチーズののった食パン。
丁寧なことに、コーヒーまで淹れてある。色を見る限り、ブラック。
「すまない」
「いえいえ」
席に着き、食パンを手に取る。まだ熱い。だが、持てないほどの温度ではない。
「いただきます」
パンを口に運ぶと、幸福の味がした。半熟の目玉焼きから溢れる卵黄と、チーズのとろりとした食感。朝から、しかも汐里の手料理でこれを食べられるなど今死んでもいいくらいだ。
「美味しい?」
「とても」
答えて気づいたが、汐里はパンに手をつけていない。カフェラテだけ飲んでいる。
「食わないのか?」
疑問に思ったので問いかけてみると、彼女は頷いた。
「猫舌だから」
「いや、でもコーヒー……」
飲んでるだろ、という言葉は彼女にかき消された。
「猫舌なの」
何か理由があるらしいが、今の俺にはわからなかった。
「ごちそうさま」
「孝、美味しかったなら今日はデートに行きましょう」
唐突な誘いだった。洗っていた皿を割らないように、慎重に返事をする。
「どこに」
「波留のところ。彼にもこれ、食べさせてあげたいから」
もしかして、さっきの汐里の分を持っていくつもりなのか?
「ああ、まあいいけど」
いくら汐里の義弟とはいえ、二人きりのデートに入ってこられるのは興醒めだ。
本人に言ったところで、あいつは何も思わない。だから、問題はない。
でも、それをしたら汐里が悲しむ。それは避けたい。
「波留、最近そっちの会社で迷惑かけてない?」
「あいつが迷惑なのはアルハラくらいだな」
はは、と笑い合える幸せ。それも、休日の醍醐味だった。
俺も波留に何か持っていってやるか。
三人での会話がどうなるのか、今から楽しみだ。




