ガセネタに踊らされまくる勇者
勇者ブレイグ。黒髪で浅黒い肌、彫りの深い凛々しい顔立ち、屈強な肉体に青き鎧を身につけ、魔王を倒すために奮戦する勇敢なる青年である。
容姿、武力、勇気を備えた若者であるが、ブレイグには一つ大きな欠点があった。
それは――
ブレイグがある町の酒場でエールを飲んでいると、こんな噂話が耳に入ってきた。
「剣神が住むとされるシュヴェル山。その頂上にある岩に自分の剣を叩きつけてへし折ると、折れた剣は最強の剣に生まれ変わるらしい」
「へぇ~……己の剣を壊す勇気があれば、最強の剣を手に入れられるってことか」
ブレイグは目を見開いた。
(どうすれば最強の剣を手に入れられるか常々考えていたが、こういうことだったのか! まさに俺に相応しい試練! さっそく行ってみるか!)
酒場を飛び出したブレイグは、その足でシュヴェル山へ向かう。
シュヴェル山は険しく魔物も多い踏破困難な地だが、ブレイグはあっさり山頂に到達してみせた。
そこには鋭く尖った巨岩があった。
(これだな……それっ!)
ブレイグは自らの愛剣を岩に振り下ろし、その刃を叩きつけ粉砕させた。
(これでこの剣は最強の剣に生まれ変わるはず……)
しかし、なにも起こらない。
(おかしいな。最強の剣にならない。もう少し待ってみるか)
なにも起こらない。
(いやいやいや、ちょっと待ってくれ。“ならない”じゃ困るんだよ。なってくれないと)
ブレイグは焦り始める。
「おい! 最強の剣になれ! 噂通りにしたぞ! 頼むよ、おい!」
剣は微動だにしない。ブレイグは岩に向かって叫ぶ。
「剣神様! 俺、ちゃんと折りましたよ!? お願いします、この剣を最強の剣にしてください! これが折れたままだと、俺困っちゃうんです! また新しいの作ってもらわないと……!」
返事がない。ただの岩のようだ。
その後もブレイグは怒ったり、泣いたり、わめいたり、祈ったり、笑ったり、ストレッチしたり……と色々してみたが、剣にはなにも起こらなかった。
ブレイグは噂はガセだったと確信する。
「ちくしょおおおおおおおおおおお!!!」
***
ある町を歩くブレイグ。
二人の冒険者が話をしており、ブレイグは思わず足を止めて聞いてしまった。
「スライムに金貨を十枚まとめて食わせると、伝説のスーパースライムになって、最強のしもべになるんだって!」
「金貨十枚!? 高すぎないか!?」
「だけど、マジで強いらしいぞ、スーパースライム」
「せめて銅貨ならなぁ……」
ブレイグは考える。
スーパースライム……気になる。
どんなスライムなんだろう。もしかしたら、黄金色に輝いて、全身からオーラを噴き出したりするんだろうか。
それにそんなに強いのなら、いずれ魔王と戦う時に頼もしい戦力になる。
俺の持っている財布には、ちょうど金貨十枚がある。この間、モンスター退治で富豪からかなりのお礼を貰えたからな。
これはきっと神の思し召しとしか思えない!
さっそくスライムを捕まえたブレイグは、そのゼリー状の体に十枚の金貨を近づけた。
スライムは全身で金貨を取り込み、瞬く間に消化してしまった。
「ごちそうさま」
食後の挨拶をするスライムにブレイグは尋ねる。
「体になにか変化はないか?」
「変化? 別になにも」
「……え」
その後、いくら待ってもスライムがスーパー化することはなかった。
またもガセだったと理解したブレイグは慟哭する。
「俺の全財産があああああああ!!!」
落ち込むブレイグに、スライムが話しかける。
「ねえねえ」
「……なんだよ?」
「なんでボクに金貨食わせるなんてバカなことしたの?」
「うるせええええええええええ!!!」
***
次に聞いた噂はこのようなものだった。
「メイニの森で、十時間一度も攻撃を喰らわず逃げ続けると、森の女神から“エスケーブーツ”を貰えるらしい」
レアアイテムの類にも目がないブレイグはこの噂に飛びつく。
メイニの森は、魔物や魔獣の数が特に多いことで知られ、十時間も無傷でいられるなど熟練の冒険者でもまず不可能である。
しかし、ブレイグは果敢に挑戦する。
神経を集中させ、全方位に気を配り、あらゆる敵から逃げ続ける。
はっきり言って、普通に森を攻略する方がよっぽど楽な十時間だった。
そして、成し遂げた。“エスケーブーツ”が欲しいがためだけに。
ところが――
「十時間経ったよ? 森の女神は!? “エスケーブーツ”は!!?」
なにかイベントが起こる様子はなく、ガセだと悟る。
この後、ブレイグは襲いかかってくる魔物らを凄まじい勢いで返り討ちにし、誰からも襲われなくなり、悠々と森を出た。
***
「カイザードラゴンの鱗に『強くなりたい』って書くと、竜の加護を受けられてパワーアップできるんだって!」
これを信じて、ブレイグは“竜の中の竜”とも言われるカイザードラゴンの元までやってきた。
その巨体は山のようで、灰色の鱗を持ち、ひとたび怒れば町一つぐらい簡単に焼き尽くすとされる。
ブレイグはそんな竜の鱗に、ペンで落書きを決行した。
『強くなりたい』
書き終わった瞬間、カイザードラゴンに気づかれた。
ブレイグはにっこり笑う。
「これで竜の加護を受けられるんですよね?」
カイザードラゴンは問う。
「君はくつろいでいる時に、もし他人から体に落書きされたらどう思うかな?」
「多分……怒ると思います」
「だよね。ワシもだよッ!!!」
ブレイグはカイザードラゴンの巨大な尾による一撃を受けて、吹っ飛ばされた。
***
ブレイグは酒場で果実酒を飲みつつ、いい加減反省していた。
「世の中ガセばっかりだ……。もう俺は噂話なんか信じないぞ。無視して魔王を倒しに行ってやる……!」
赤ら顔のブレイグはようやく自分の欠点に気づいた。
世の中にオイシイ情報なんかない。全てがガセだ。もう噂話には惑わされない。こう決意した。
そんな彼の耳に――
「北の果て“ノルド・ポイント”でパンツ一枚で一時間踊ると、絶世の美女“氷の女帝”が現れて、色々と楽しませてくれるらしい」
「氷の女帝見てぇ! だけど、北の果てなんか絶対たどり着けないな……」
ブレイグは鼻で笑う。
(バカバカしい……。北の果ては常に吹雪のある極寒地帯。“ノルド・ポイント”はその中心地だ。そんなところでパンツ一枚で踊ったらそもそも死ぬわ! バカらしすぎて、信じる気にもなれないな)
***
しかし数日後、ブレイグは北の果ての中心点とされる“ノルド・ポイント”にいた。
吹雪が凄まじく吹き荒れている。
(なぜ俺は来てしまったんだ……。だけど、絶世の美女に会える可能性があるなら、楽しませてくれる可能性があるなら、やるしかないじゃないか!)
万が一のロマンという誘惑には勝てなかった。
ブレイグは着ていた鎧や衣服を全て脱ぎ捨て、パンツ一枚になった。
氷点下の吹雪がブレイグを襲う。
「踊るぞぉぉぉぉぉ!!!」
剣術一筋に生きてきたブレイグには踊りの心得などないが、何度か見たことがある舞踏会の様子を思い出しつつ、必死に踊った。
何度も寒さに負けそうになりながら、ついに一時間が経過した。
「……やっぱり、な」
やはりなにも起こらない。
ブレイグはまたもガセだったと、白いため息をつく。
「何回騙されれば気が済むんだ。俺ってやつは……」
だが、そこに人影が現れた。
ブレイグは目を見開く。
「ま、まさか……氷の女帝!?」
ブレイグが雪の中を裸足で駆け寄ると、そこにいたのは――
「……魔王!?」
ブレイグは一度だけ魔王を見たことがあったので、すぐに分かった。
頭に角を生やし、紫色の皮膚を持つ巨漢が、パンツ一枚で吹雪の中をさまよっていた。
「貴様は……勇者ブレイグ!?」
「魔王、お前なんでこんなところに……」
「貴様こそ……」
やがてブレイグが照れ臭そうに言った。
「氷の……女帝か?」
「……! じゃあ貴様も……!」
情報交換をすると、魔族の間でも氷の女帝の噂話は広まっており、ほとんどの魔族が一笑に付す中、魔王だけは信じてしまったとのこと。しかも、ブレイグと同じように一時間踊り切ったらしい。
どちらからともなく笑う。
「俺たち、お互いみっともないな。魔王」
「うむ……みっともないな」
「どうだ……みっともない同士、ここらでもう争うのはやめないか?」
「そうだな……。ワシももう心のどこかで人と魔族が争うのはバカバカしいと感じておった」
「そういや、極寒の地でも凍らず、味もいい不凍酒ってやつを持ってきてあるから、一杯やろう」
「かたじけない」
もはや寒さにも慣れたのか、そのままの格好で酒盛りを始める二人。
アハハハ…… ワハハハ……
雪の上にパンツ一枚であぐらをかき、酒を飲む勇者と魔王。
そんな光景を見て、薄手の白き衣をまとった銀髪の美女“氷の女帝”は微笑みを浮かべた。
「ノルド・ポイントで一時間踊り切った猛者が現れたのでやってきたが……二人で楽しくやっておるようじゃな。邪魔したら悪いからわらわは帰るとしよう」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




