44 辺境伯爵領
どうぞよろしくお願いします。
「エイルズワース公爵、家族総出で辺境まで観光とは……。
ここはレイオス辺境伯爵領。
ここでは公爵も王子もたいしたことはないのさ。
他人の領地にお邪魔しているのだから、もっと謙虚になった方がいい。
ミレーヌ、君がこのネコを保護しなかったら……。
明日の朝には死体になって見つかってただろうね」
ミレーヌは苦笑してエイルズワース公爵と呼ばれた男性に向き合った。
「午前中の時点で泥にはまって苦しそうにもがいてました。
助けられることができて良かったです。
辺境は街の近くでもすぐ魔物が出る地です。
見失ったらその場ですぐ探さないと手遅れになります。
まあ、当たり前のことをしたと言われればそうなんですが。
お嬢さんが本当にネコをかわいがっていることもわかりましたし、助かったことを喜んでくれたので、もういいです。
ネコとお嬢さんには十分気をつけてあげて下さい」
ネコを抱いた令嬢が「ありがとう、助けてくれて」とミレーヌに言った。
ミレーヌは「どういたしまして」と微笑んだが、令嬢に手の甲の赤い線に気がついた。
「……驚いた時、引っかかれた?」
「あ、大丈夫です!」
慌てて手を隠そうとした令嬢の手を父親が強引につかんで袖をまくり上げる。
「なんだ! この傷は」
ネコが令嬢の腕から零れ落ちるように床へ飛び下り、令息の方へ向かった。
「やめて、お父様!
フランソワーズは鳥に驚いて、爪を出してしまっただけなの!」
「娘にこのような傷をつけるとは!」
公爵の視線が令息の腕の中のネコに向かう。
「お父様! フランソワーズは悪くないのです!」
ミレーヌは公爵の手から、令嬢の腕を取り戻すとその場で治療を始めた。
白い腕に赤く細く残っていた傷痕がサァーと消えていく。
「これで大丈夫です」
「あ、ありがとう……ございます」
「セシル! そんな得体のしれないヒーラーにお礼を言うことはない!
奴らは人を治すのが当たり前なのだから」
「妹とフランソワーズは私が責任をもって守ります。フランソワーズの命を救って下さったこと、妹の傷を癒して下さったこと……。
本当にありがとうございました」
令息はネコを抱きながらミレーヌ達に一礼すると、妹と母を促して馬車の方へ戻って行く。
公爵は忌々し気に息子を見てから、怒った表情で一ミレーヌを見た。
「勝手にネコを保護し、勝手に娘の傷を治したのだ。
私は望んでいない。
傷だって、時が経てば治るものを、わざとらしく見せつけるために、浅ましい!」
それから侯爵はエドの方を見て表情を緩ませ「ここに御逗留中にぜひ、お話をしたいものですな。親しく、家族ぐるみで」と言って礼をすると、家族の後を追ってギルドの外へ出て行った。
職員がミレーヌとカイエンの所に来て「わざわざ助けて下さったのに不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。このことは辺境伯爵にきちんと報告しておきます」と謝ってくれた。
「いえいえ、飼い主が見つかっただけでも良かったです」
ミレーヌは父がこのことを聞いたらどうするんだろうか……と思った。
兄のジョナサンや、母の方が怒りそう。
公爵は気がついていないけれど、ミレーヌはレイオス辺境伯爵令嬢なのだから……。
読んで下さり、ありがとうございます。
ギルドの職員はミレーヌの正体に気がついています。
冒険者になりたい辺境伯爵の長女はギルドでは知られている存在で、できるだけ冒険者のひとりとしての体で気にかけてくれている、感じ。




