1 聞いてない!?
どうぞよろしくお願いします。
「は!? 生まれつきの婚約者がいるなんて聞いてない!?」
ミレーヌの驚いた声がアルメリア王国レイオス辺境伯爵領の城の居住区に響き渡った。
領主であるミレーヌの父の書斎。
立っているミレーヌの向かいでデスクに肘をつき、両手を顔の下に当てているようなポーズのレイオス辺境伯爵であるゴードン、つまりミレーヌの父が、重々しく頷いた。
「聞いてないんだけど!
私、今、16歳だよ! なんで今まで黙ってたの!?」
「だって、そういう話になりそうなお相手いなかったでしょ!」
書斎のソファに座るミレーヌの母ケリーが、重々しい夫とは対照的に軽ーく言った。
「そうなりそうなお相手でもいれば、ちょっと待った! あなたにはね……、と説明するつもりだったのに、全然そんな気配もなくて……、ねぇ、あなた?」
「うむ……」
うむじゃねえよ! 忘れてたんじゃないの!?
何のためにここまで努力してきたと思っているんだ!?
ミレーヌの脳内にこれまで努力してきたこと、準備してきたことが走馬灯のように浮かぶ。
いや、走馬灯にさせるわけにはいかない!
「いやよ!
私は絶対に冒険者になるんだからね!!」
「だから、結婚してから冒険者になったら?」
母ケリーのその場しのぎの返答にイライラMAXのミレーヌは噛みつかんばかりの「は!?」と叩きつけた。
「……だってねぇ。家同士の古ーい約束なんですって」
「約束って、私は聞いてないし。
しかも、古いというと、お父様達がしたわけじゃないんでしょ!?」
ずっと重々しいポーズを取っていた父が口を開いた。
「先々代……、つまり勇者アレックスと聖女マールが初代辺境伯爵夫妻となった後のことだそうだ」
父の返答にぐっとつまる。
アルメイリア王国レイオス辺境伯爵家、ゴードンは三代目だ。
祖である初代アレックスとその妻マール。
当時、世界征服を企てた魔王オベリウスを倒したパーティの仲間であり、この武功によって辺境伯爵に叙爵され、王国のこの地方を守っていた。
つまり現在の辺境伯爵領令嬢であるミレーヌの曾祖父母にあたる。
ミレーヌが幼い時はまだ存命で、魔王退治の話をよく聞かせてくれた。
アレックスは最初、無名の冒険者であったこと。
剣の修行をしながらの旅。
出会いと仲間。
人助けや思いもよらないトラブルに巻き込まれたり、それを解決して感謝されたり。
ギルドや商店へ買取を依頼した時に気をつけること。
各地の見どころ、美味しいもの。
何故か肝心の魔王討伐の話はほとんど語られず、そーいう話がほとんどだったひい爺様とひい婆様である。
幼いミレーヌはその話にすっかり心奪われてしまい『冒険者に私はなる!』と心に決め、それ以来アレックスに剣を、マールにはヒーリングを習っていたのだ。
ミレーヌが7歳の時にアレックスが、10歳の時にマールが亡くなったが……、このふたりからもそんな話は聞いたことがない……。
読んで下さり、ありがとうございます。
冒険者になりたい女の子の楽しい話になればいいなと書き始めてみました。
どうぞよろしくお願いします。




