視線(その4)
後日、降りしきる雨の中、ミツオはダットサンの車内にいた。
一郎の務める会社が見える場所に陣取っている。カガワエンジンのメンテナンス全般を受け持っていて、その近代的な外観は景気の良さを物語っていた。
動く人影が見えたミツオは、さりげなく光学単眼鏡を玄関に向ける。
遠藤一郎だった。ほぼ定時だ。写真で見た男をまじまじとミツオは見つめる。男は真面目で実直そうに見えた。しかし、その傍らには女がいる。単眼鏡をカメラに持ち替えシャッターを切る。おそらくこの女が話に聞いていた上司なのだろうとミツオは思った。二人がどういう行動をするのかと観察を続ける。
ミツオは自分の目を疑う。
車外に止めてある車に女は近づく。そして運転席に乗り込んだ。その車の助手席に一郎が乗り込む。人目を避けるような素振りは一切感じなかった。そのまま青い車のエンジンが静かに起動して、上空に舞い上がる。ミツオは慌てずダットサンのギアを1速にたたき込む。
懸命にミツオは上空を進む車を尾行する。実は空飛ぶ車にも厳格な交通ルールが課せられている。どこを飛んでも良いという事にはなっていない。事故回避の観点からプログラムで制御されていて、ほぼ幹線道路の上空を飛ぶように管理されている。なので地上を走る車での尾行はさほど難しくはない。なぜなら、地上を走る車自体がほぼいないからだ。
女の車が上空で停止して垂直に降下し始めた。どうやら目の前の建物が目的地らしい。
黒褐色で塗りつぶされた塀に囲まれている建物。塀の高さは見上げるほどで建物の上部が少し見えるか見えないかという具合だ。あきらかに周囲からの干渉を嫌っている気配を発していた。
ミツオは降下しつつある車を凝視しながら、携帯電話のボタンを押した。
「エリー、こちらの現在地は把握していると思うが、目の前の建物の所有者は分かるか」
静かに車は塀の中に消えていった。 ミツオのダットサンを凝視する視線があることに、ミツオは気づいていない。




