目覚め
健太は久方ぶりに悪夢を見ることなく、ぐっすりと眠っていた。彼の夢は鮮やかで、まるで現実離れした光景に満ちていた。暗闇の中で光る緑の瞳、希望の言葉を囁く優しい声、そして光に満ちた広大な景色。彼は長くのしかかっていた重荷から解放され、体が軽く感じられた。
朝、巨大なパノラマ窓から差し込む柔らかな光で目を覚ました。信じられないほど快適なベッドの上で、絹のようなシーツに包まれていた。一瞬、自分がどこにいるのか忘れてしまい、パニックが忍び寄るが、すぐにエジェニーと昨夜のことを思い出し、安堵が戻ってきた。彼は起き上がり、窓辺に歩み寄る。眼下には朝日に染まる東京が広がり、以前とは違う、押しつけがましさのない街に見えた。
シャワーを浴びた。これほどまでに、一滴一滴が肌を滑り落ちる感覚を楽しんだのは初めてだった。部屋からは淹れたてのコーヒーの香りがかすかに漂ってくる。バスルームから出ると、リビングルームのテーブルに座っているエジェニーの姿があった。彼女は軽い部屋着をまとい、髪は無造作なシニヨンにまとめられている。朝の光が彼女の緑の瞳を強調し、今はさらに輝きを増している。テーブルには焼きたてのパン、フルーツ、コーヒー、そして香り高い緑茶が用意されていた。
「おはようございます、田中さん」とエジェニーが言った。その声は昨日と同じように優雅な響きを持っていた。「ご気分はいかがですか?」
健太は顔が赤くなるのを感じた。「おは…おはようございます。私は…ずっと良くなりました。ありがとうございます」彼は彼女の向かいに座った。まだ少しぎこちなかったが、昨夜ほどではなかった。
「よかったわ」とエジェニーは微笑んだ。「今日は素晴らしい日です。何か行動を起こす前に、少し休んだ方がいいと思いました」
二人は食器の音だけが響く静けさの中で食事をした。健太は、一口一口が自分にエネルギーを与えているのを感じた。長い間、ただ存在しているだけだった自分が、初めて生きていると実感できた。太陽の光が部屋に差し込み、このような何気ない朝のルーティンの中にも、以前は気づかなかった特別な美しさを見出すことができた。
「昨日、別の世界を見せてあげると言ったわよね?」エジェニーが沈黙を破った。彼女の視線は真剣でありながらも、温かさに満ちていた。
健太は頷き、続きを待った。
「一週間後、私はヨーロッパへ出発します」彼女が続けると、健太の心臓はドキリとした。一週間?そんなに早く?「あなたにそこを見せてあげたい。私の故郷、パリを。もしかしたら、それが物事を別の角度から見る助けになるかもしれません」
健太は呆然とした。ヨーロッパ?パリ?昨日、命を絶とうとしていた自分が、今、まるで現実離れしたような提案を受けている。最も暗いシナリオに慣れ親しんだ彼の脳は、このような情報を処理できなかった。なぜ彼女はこんなことを?自分は取るに足らない存在なのに、彼女は…まるで女神のようだ。
エジェニーは、彼の戸惑いを感じ取ったかのように、彼の手を取った。彼女の触れる手は温かく、安心感を与えた。「あなたにはまだ理解できないことが多いのは分かっています。そして、義務に感じる必要もありません。だから、あなたに賭けを提案したいのです」
彼女は健太の目をまっすぐ見つめた。その視線には揺るぎない確信が宿っていた。「私が自分の故郷、私が育った世界を見せてあげます。そして…その後に、あなたが私に日本を開いてください。日本を知り、愛する人の目を通して見せてほしい。観光名所ではなく、あなたが知る本当の日本を見たいのです」
健太は彼女を見つめ、彼女の言葉の意味を理解しようとした。賭け?それは義務ではなく、むしろ冒険への招待、共同の発見への誘いのように聞こえた。彼の人生で初めて、何かを要求されるからではなく、ただ誰かが自分の世界を分かち合い、彼の世界を知りたいと思っているからこそ、何かが提供されていた。昨日まで打ちひしがれ、絶望していた彼の魂は、新しい、見知らぬ、しかし魅力的な展望で満たされていった。