第8話 無双
「さて……、チェックメイト、だ。」
オレは、空になった1枚と、まだ中身のある4枚のチップをスカーレットに見せる。
「いやー、これは困ったね。」
「逃げるか、殺されちゃうか、裏切るか、それくらいしかないかな?」
……大した余裕だ。圧倒的にこちらが優位に立っているはずだが、まだ底知れないものを感じる。
あるいは、本当は追い込まれているのに、そう見せるだけの胆力があるのか。
「スーちゃん!よかったら、裏切りませんか!?」
(……えっ。)
キヌが、ド直球に叫ぶ。
「うち、メンバーはまだ全然足りないんです!」
「【指定冒険者】全員と戦うのには、あなたが必要です!」
その言葉に、スカーレットが反応する。
「【指定冒険者】……?しかも、全員?」
「ふふっ、正気……?」
スカーレットが、静かに笑った。今までの軽い感じではなく、表情が、緊張感でぐっと締まっていた。
オレことカデンツァは思いっきり置いていかれている。
【指定冒険者】ってなに?
カッコいいやり取りなのに混ざれないの、歯がゆいんですけど。
でも、ここで無理にキメて、盛大に勘違いして、恥ずかしいことになるリスクは負えない。黙っておくことにする。
「そうかー。」
スカーレットは、少し迷ったような素振りを見せた。そして。
「うん、いいね。そっちに、ついてみようかな。」
「ここの砦の攻略も、ちょっと手伝ってあげるよ。」
スカーレットは、オレとキヌを、砦から見えない位置まで誘導すると、砦と盗賊団のことについて説明してくれた。
ゲオテア盗賊団。盗賊団という名称は表向きで、実際には、帝都の権力者の私兵としての役割が強い。
表向きは英雄視されている【指定冒険者】に任せられない汚れ仕事や軽い仕事を、引き受けているのだという。
また、盗賊団には三人の幹部がいるが、残りの二人はもっぱら事務や人材管理に長けた人物で、人望は厚いが、戦闘に関してはスカーレットが「おそらく」この砦では最強らしい。
「おそらく?」
キヌがツッコミを入れる。
「そうだね、ひとり……。「お頭」の伝令役をしてるやつがね、アタシから見るとどうも胡散臭くて。」
「アイツは、ちょっとだけ、ヤバいかもしれないんだよね」
スカーレットはふぅ、と息を吐くと、さらに説明を続ける。
盗賊団のボスは、その名前の通り、ゲオテアと言う男。しかし、彼には人望がなく、もっぱら盗賊団のメンバーは三幹部に信頼を置いており、ゲオテアさえ排除すれば、スカーレットと同じように、趣旨替えして戦力になってくれる勝算もありそうだ、と言う。
「キヌ……?イメージしていたよりも、かなりシャバい……、盗賊団らしくない組織だな。」
「そうですね、カデンツァ様。でも、そういう組織なのは大チャンスです。私達の組織にしっかり取り込んじゃいましょう!」
「優秀な事務方なんて、特に貴重なんですから!」
キヌはテンションが上がっているようだった。
✟✟✟
そして、オレたちは砦に突入した。
青い剣が相手をスタンさせるものだと言う事をスカーレットにネタばらししたところ
「えー、じゃあアタシは最初っから手加減されてたってこと?あっちゃー。」
「ま、それなら全員斬っちゃっても大丈夫だよ。後のことはアタシに任せてくれてオッケー。」
というので、少なくとも味方だけは斬らないようにしながら、砦を登っていった。
『レベル10』 『レベル25』 『レベル17』
……率直に言うと、面白いようにサクサク進んだ。倒した相手の数くらいは数えておこうかと最初は思ったのだが、だんだんそれも面倒になった。
途中はダブルヒットとかもあった気がする。
真っ直ぐに上の方を目指していった結果、他に寄り道出来そうなルートや小部屋もあった。
だが、オレはRPGの勇者ではないので、小さな宝箱を探して各部屋をしらみつぶしにしていくのは、カデンツァらしくないということでやめておいた。
敵を斬りながら、ちらと振り返ると、スカーレットと、追いついてきたマシリスが相談しながら、味方の回収や、脇道にいる抵抗しない盗賊団員の対応に当たっているようだった。
(オレが味方と鉢合わせなかったのは幸運だったな……)
そして、いかにもボスがいそうな、最上階の扉の前に立ったとき、大きな声が聞こえた。
「お頭、大変です!侵入者により、三幹部が全員捕らえられた模様!」
「なに!?何者だ!?我々を脅かすような帝都の実力者は全て裏から懐柔されていたのではなかったのか!?」
「そ、それが、リストに居ない人物で……!単独で、砦を突破するつもりのようです!」
「バ、バカな……百人規模を相手に一人で……?」
ザンッ――。
その部屋のドアを、切り替えた赤い刃によって切断する。
ドアを蹴破り、オレが堂々と侵入する。
「あ、アイツです、お頭!」
「キサマ、何者だ!名を名乗れ!」
完璧な流れだ。
「お見知りおき願おう。オレこそが、混沌の堕天使――。」
「――カデンツァ・ナイトハウルだ。」
……キマった。
✟✟✟
ゲオテアは、大柄で悪人面の男だった。
迫力のある大きな目は、いかにもな悪い目つきでこちらを見ていたが、口から出てきたのは意外な言葉だった。
「降参降参。ここまで来られちゃ仕方ねぇ。逃げるとしよう。」
そう言うと、すぐさま振り返り、部屋の奥にある階段を登って行った。
伝令もその後を着いていく。
「屋上階?追いかけましょう!」
キヌに言われるまでもない。オレたちも、屋上階へと追いかけた。