第7話 スカーレット
「先手は、取らせてもらうね。」
スカーレットの大剣を纏っていた炎の魔力のオーラが、彼女の全身へと広がっていく。燃え盛り、紅連に染まった女戦士が、肩に担いだ巨大な大剣を振りかぶる。
こちらへ踏み込み、ダッシュして斬り込まんとしている。その初動だけで、周囲の空気が震えた気がした。
紅蓮の旋風。見た目の華奢さとは裏腹に、彼女は圧倒的な剛力と殺気を漂わせていた。
こちらが、一手遅れたのは否めなかった。オレは、【ST/OP】をすぐさま発動する。
【ST/OP】:
使用対象のステータスを表示する。ステータスが表示されている間、異世界の時間は止まる。その間、キャラクターはステータスを変更させるような行動やスキルは行えない。
『敵:傭兵スカーレット LV97』
『紅蓮の旋風の二つ名を持つ傭兵。』
『大剣による剣技と、炎属性の魔法の習熟度が高い。』
『強敵相手への秘密兵器として、アイテム・端を忍ばせている。』
(レベルが相当高いな。それから……、)
(……チップ?)
見慣れない単語だ。『強敵相手への秘密兵器』、危険な匂いがする。
その正体を、確かめておく必要があるな。
オレは、剣を担いだ状態で静止しているスカーレットの方へと、歩み寄ろうとした。
「えっ」
不意に、背後から聞こえたのはキヌの声だった。
(……今、時間は止まってるはずだよな?)
振り返って、キヌを確認する。
「わ、わたしは“すご魔道士”なので! たぶん、時間停止も効かないんですっ!」
なんなんだ“すご魔道士”って。白魔道士と黒魔道士はどうしたんだ。
「で、カデンツァ様。スーちゃんの体をじろじろえっちな目で眺めたり、触ろうと……」
「……そんなことはしない。」
純粋に、チップの正体を探りたかっただけなのに、あらぬ疑いを掛けられてしまった。
勝手にあだ名もつけてるし。
そりゃあ、これがRPGゲームなら、女キャラをぐるぐる回転させて、舐め回すように見たり、スカートの中を覗いたりするプレイヤーもいるだろうけれども。
「キヌもこっちへ来てくれ。秘密兵器の正体を事前に探っておこう。」
「まさに不正ですね。上等です。」
近寄って、見ると、スカーレットの腰のところに、バックルつきの、赤い革製のカードケースのようなものがついている。
「……キヌ、中身を見てもらえるか。」
念の為、セクハラを疑われないように、キヌに頼む。
「カデンツァ様、こんなものが入っていました。」
赤く染まった、六角形の薄い板が、6枚出てきた。
炎のような紋様が刻まれている。
『十重爆炎札×6:
スカーレットが、魔法【爆炎】を1枚ごとに10回分封印したチップ。
起動用の少ない魔力だけで、10倍の威力の【爆炎】を発動させられる。】』
「これは……。爆弾と言ってもいいレベルだな……。」
「厄介ですね。」
(レベル差で押し切ると火傷するな、何か搦め手が必要か……。)
そして、5分ほど、腕を組んで、考える。
「待たせた、キヌ。」
「はい。」
「よし、行くか。」
(邪気眼の書は、今後書き足す可能性も考えていた。だから今回は、スペースを温存するため、2つの内容しか書き足していない。)
(だけど、過去に書いた自分のスキルも、今回は復習してきた。今度こそ、ゴリ押しでなく、しっかり、カッコよく、勝つ!)
キヌとカデンツァが、時間停止する前の元の位置に戻る。
それを確認し、オレは時間停止を解除する、スカーレットが、迫ってくる――!
【月無き夜の幻影盾】:
魔力による盾を発生させ、左腕に構える。相手の攻撃に応じて、盾は拡大する。
復習してきた防御のスキルを早速発動させる。スカーレットの振り下ろした炎の大剣を受けるため。
ズガァン!
その威力に、オレは大きく後ろに押された。
間違いない。
彼女は、今まで戦った中で、圧倒的に、一番の強敵だ。
「次は、こちらの番だ。」
盾を解除し、両手で、青い刀身が光る剣を握ると、オレはスカーレットに向かって駆けた。
スカーレットは、それを、大剣で受ける。
ギャリィン!ギ、ギ、ギ……。
両者の剣が触れ、鍔迫り合いの様相になる。
レベル差はあるが、スカーレットの練度は今のカデンツァよりも高いのか、力が拮抗する。
押し切れないか……!
(くっ……)
(ぐっ……)
双方が、苦い顔で、一旦後退する。
「ちょっと早いけど、切り札、いっとこうか」
スカーレットが、一発目のチップに手を掛ける。
チップが輝きを放ち、魔法が発動する。
十重爆炎。まるで大玉ころがしの球のような、威圧感を放つ巨大な火球が、両者の間に浮かぶ。
「便利な道具だな……。……どう作るんだ?」
オレは、余裕があるように見せつつ、問いかけた。
「さぁてね。」
「手品のタネは、知らないほうが楽しめるよ。」
(来る……!)
火球の飛来に合わせ、オレは両手を前に突き出すと、それぞれの手で別の魔法を発動させた。
【月無き夜の幻影盾】を左手で、そして、右手は別の魔法を――。
左手で発生させた盾は、相手の攻撃に合わせて拡大。
身体を覆う、巨大なものへと変質した。
衝撃に備える。
ズドオオオオオン!
火球が、オレを襲った。
先程よりもさらに大きくふっとばされ、だが、なんとか着地する。
砂煙と、炎による煙が混ざり合い、大きく上がっている。
その煙で、お互いの姿は見えない。
オレだけでなく、スカーレットも煙の中にいるはずだ。
煙が晴れるまで、十数秒、そして、視界が晴れる。
「どうかな?」
お互いの顔が見えると、自慢気に、あくまで軽いテンションで問うスカーレット。
「たまらないな。」
「そんなものを六枚も持っていたら、確かに旋風も起こせるだろうな。」
ニヤっと笑って答える。
「ん?なんで六枚って知ってるのかな?」
怪訝な顔をするスカーレット。
「ま、いいか。お望み通り、じゃ、二発目ね。」
ホルダーから、チップを出そうとする。だが。
「残念だったな。」
「残りのチップは、こっちだ。」
オレは、ひらひらと、5枚のチップを見せつけた。
先程、火球を受ける直前に右手で発動したのは、「暗黒の錬金術師」だった。
【暗黒の錬金術師】:
黒衣をまとったフード付きの召喚獣が、素材からアイテムを錬成する。ただし、錬金されたアイテムは全て漆黒に染まる。
煙に乗じて真上方向に召喚獣を打ち上げ、視界が悪い中で、後ろからスカーレットのカードを盗み、カデンツァへ届けたのである。
想定していた本来の使い方ではないが、盗賊からなら盗みに後ろ暗い気持ちを持たなくてもいいし、そういう意味では価値を生み出す「錬金」と言えるかもしれない。
「なっ……。」
「一体、どうやって……?」
明らかに、動揺するスカーレット。
「手品のタネは、知らないほうが楽しめる、だったな。」
オレは、チップを発動させる。
巨大な火球が、オレの制御に収まりながら、空中に浮かぶ。
これは……。本当に、たまらないな。
「良い厨二病」だ。
その火球を、スカーレット――ではなく、砦の門へと直撃させた。
ゲオテア砦の門は、爆発し、粉々に砕け散った――。




