第5話 任務
ぽんぽこクラブのメンバー、マシリス、キヌと共に、オレはアジトへと戻った。
宿屋の階段を、再度下り、地下室へと入る。
言っていた通り、マシリスは、ちょっとしたお菓子と、飲み物を用意してくれた。
マシリスは、カデンツァの力を見て、テンションが爆上がりしているようだ。
「いやー!ホントすごかったな、あんた!キヌちゃんが、すごいヤツが来るから待ってろって言ってたんだが、まさかここまでとはな!」
「オレだって、そこそこ腕は立つ方なんだぜ?だが、あんたはマジで“本物”だな!」
矢継ぎ早に興奮気味に話しかけてくるマシリスに、オレは「フッ」とカデンツァらしく不敵に笑う。
だが、内心は、もちろん不安がある。先程の戦闘、外から見ていればシリアスな無双展開だったかもしれないが、中身はコメディだ。
(全部装備頼りだったな、帰ったら、急いで「書」を見返さないと……)
「でな、今が、ちょうどいいタイミングなんだ。あんたにお願いしたいミッションがある」
ミッション。
RPGの始まりのような響きに、ぴくんと反応する。
「聞こう」
オレは斜めに座りながら、クールに返す。
「実はな、帝都の南東に、盗賊団の砦があるんだ。規模はおよそ百人。すでにうちの結社の仲間が数人、潜入調査をしてる」
そして、カデンツァの顔と、キヌの顔を順番に見て、マシリスは続けた。
「だが、うちの組織の関与は絶対にバレたくない。だから、基本的に単独行動で、だ。あんた一人で砦を落としてほしい」
……お、おう。
(無双展開を強いられた、か。今の装備なら、出来ないことはなさそう、か?ほぼ、オートモードで、”自称”腕のたつ、マシリスを難なく退けてる訳だし……。)
(いや、でも味方が潜入してるっていうのが厄介だ……。区別、つくのか?)
マシリスの顔はマジだった。
「お前ならやれる。いや、やってくれ。頼む!」
「俺と、俺の仲間たちがなんとか作った、盗賊団を壊滅させるチャンスなんだ。」
断る理由は、ない。
「わかった。」
「この混沌の堕天使が請けよう。」
声が震えないように、静かに、答えた。
「でも、その前に少し準備が必要だと思いますよ。ね?」
「カデンツァ様も、私達も、体勢を整える時間が必要です。カデンツァ様、マシリスさん、出発は明日の朝、ということで、どうでしょう?」
と、横からキヌがフォローしてくれる。助かる。
「YES。」
ギリギリで送っておいた暗号がドンピシャで決まる。
すると、キヌは「わかりました」と微笑み、場を一旦収めてくれた。
――さて。
さっき、誤ってマシリスを撃ちそうになったのも含めて、今のオレには“システム的な課題”がある。
やっぱり、誰が味方で、誰が敵なのかを見分けるスキルが欲しいな。
流行りの「ステータスオープン」って、合理的だったんだな。
ということで……
その後、マシリスには席を外してもらい、キヌに勧められてお茶菓子とお茶を頂いた後で、左手を上に掲げて、詠唱してみた。
【導かれよ螺旋する魂】
身につけていた装備が光を発する。
気づくと、僕は現実世界の自室の机に居て、「書」を持っていた。
あぁ、「書」は、装備と、カデンツァの姿全体に変質していたのか。
変身ヒーローみたいだな。
ボクは、“帰還”した。
時計を見ると、異世界に旅立ったときから、時間は全く進んでいなかった。
ん?と思ったが、大した問題ではないだろうと流して、「邪気眼の書 参」を開き、ペンを取る。
書かなければいけないのは、盗賊団壊滅ミッションに必要な新スキル。
しばらく頭を捻り、そして、こういう形に着地した。
【ST/OP】:
使用対象のステータスを表示する。ステータスが表示されている間、異世界の時間は止まる。その間、キャラクターはステータスを変更させるような行動やスキルは行えない。
ステータス(status)オープン(open)と、時間停止のストップを掛けてみた。ゲームの"ポーズ"みたいなことが出来れば、かなり便利なはずだ。
時間停止して、敵をフルボッコにするというのは、カデンツァらしくないので、そこには縛りをつけることも忘れない。
それから、もう一つ。100人を大量虐殺はしたくないので、武器にこんなオプションをつけておいた。
【真紅の彗星剣・凍魂刃形】
:刃が、赤色から青色に染まる。この形態で斬った相手は、実体ではなく魂が斬られ、復活出来るまで数時間、スタンする。
よし、これで罪悪感なく敵をばっさばっさ斬れるし、万が一の場合にも、味方をうっかり殺すことはない。
ボクはペンを置き、満足げに息をついた。
ふと、窓の外を見る。
日常の景色。
自動車が走り、誰かが歩き、コンビニの光が見える。
「さぁ、忙しくなるぞー!」
と声を上げてみるけれど、ふと気づく。
(……ていうか、やってること、普段と何も変わってないな?)
設定を考え、ノートに書いて、妄想して……。
実際のところは、いつもと、結局、何も変わらない。
でも――
その後、夕飯を食べて、お風呂に入って、布団で寝て、朝起きて、その間、ずっと。
ボクは、この非日常体験に、すごくワクワクしていた。