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EP.09 旅立ちの前夜

“夜”はいつだって、心を裸にする。

言葉にならなかった想い、置き去りにしてきた感情、そして――

明日という未知に、誰もがほんの少し臆病になる。


この夜、リリアーナは迷っていた。

運命に背を向けるわけでもなく、ただその重さを、ほんのひととき、胸に抱きしめたくて。

そこに現れたのは、静かに寄り添うひとりの影。


これは、嵐の前の、たったひとつの、温かな夜の記録。

進む者と、支える者――

それぞれの「決意」が、そっと交わる時間。

家族会議も終わり、皆それぞれの部屋へと戻っていった。

リリアーナもそっと扉を閉じ、深く息をつく。


重たかったドレスを脱ぎ、やわらかなナイトドレスに袖を通す。

ふわりとした布が肌に触れた瞬間、心もほんの少し軽くなった気がした。


窓の外は、雲ひとつない澄んだ星空。

遠くでフクロウが一声、寂しげに鳴いている。


「……明日から、私は――」


そう呟いたその時、控えめなノックが木の扉を叩いた。


コン、コン……


リリアーナは一瞬動きを止め、手櫛で髪を整えてから、静かに答えた。


「……どうぞ」


扉の向こうから聞こえてきたのは、聞き慣れた声。


「俺だけど……入っていいか?」


ダルクだった。リリアーナは目を細め、小さく頷いて扉へ向かう。


「ええ、どうぞ。こんな夜更けにレディの部屋に来るなんて、もしかして夜這い?」


軽くからかうように冗談めかして言う。


ダルクは口元をわずかに歪め、肩をすくめた。


「悪いな、そっちの趣味はねぇよ。けど……お前が本当に泣いてたら、抱きしめに来てたかもな」


「ふふっ、それはそれで惚れ直すところだったわ」


リリアーナはくすりと笑い、部屋のソファを指差す。


「立ち話もなんだから、座っていけば?」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


ダルクは少し遠慮がちに部屋へ入り、静かに腰を下ろした。

一瞬の沈黙の後、真剣な瞳でリリアーナを見つめる。


「……実は、渡したいものがあってな。いや、託されたって言う方が正しいかもしれない」


彼はポケットからそっと、セルディスから預かった小さな箱を取り出し、リリアーナに差し出す。


「!!これ……!」


リリアーナは驚き、すっと立ち上がってブレスレットを手に取る。

月明かりを受けて、深海のような蒼が淡く輝き、水色へと移ろう。


まるで“決意”を宿したかのような輝きに、息を呑んだ。


「……龍の涙……これ、セディが本当に?」


リリアーナは両手で大事そうに包み込み、視線を伏せる。


「“姉さんに渡してくれ”って言われてな。真っ赤な目で──おっと、余計なことは言わねぇ約束だったな!

でも、形にして託してきたのは、あいつなりの精一杯だと思う」


ふふっと笑みを浮かべながら、リリアーナはブレスレットを見つめて、弟への想いを語った。


「……知ってるわ。あの子、素直じゃないけど……本当はすごく優しいのよね」


頬を一筋の涙が伝い、月明かりに輝く。


ダルクは何も言わず、ただそばにいてくれた。

言葉にならない信頼の静寂が、部屋を包む。


やがて、リリアーナはそっとブレスレットを腕に巻きつける。


魔力が静かに共鳴し、青い石が淡く光った。


「……ありがとう。ちゃんと、受け取ったわ」


ダルクは小さく息を吐き、腕に輝く魔力の灯を見つめた。

それが、これから進む彼女の道を照らす灯火になることを願うように──。


「……お前は本当に強ぇよな。笑ってても、泣いてても、ちゃんと前に進むんだもんな」


ぽつりと呟いた声には、少しだけ羨望にも似た憧れと祈りが混じっていた。


リリアーナは静かに目を細めて微笑む。


「ううん。強いなんてことないわ。誰かが信じてくれるから、進めるだけ」


その言葉に、ダルクの表情がわずかに柔らかくなる。


「……そっか。なら、俺はその“誰か”でい続けるよ」


一瞬の沈黙の後、彼は立ち上がり、名残惜しげに扉の方を振り返る。


「よし!……そろそろ寝るか。明日が本番だしな!」


「ええ、そうね。おやすみなさい、ダルク」


「……ああ。おやすみ、リリア」


ドアが静かに閉まると、部屋は再び静寂に包まれた。


けれど──

先ほどまでの静けさとは違い、心に温もりが満ちているようだった。


旅立ちを翌日に控えた、静かな夜。

リリアーナはナイトドレスに身を包み、星空を見上げながら未来へ思いを馳せていた。


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