EP.06家族会議─前編─
リリアーナが帰ってきたのは、かつて婚約を交わした王子に裏切られたあとだった。
その胸に渦巻く痛みと、新たな覚悟――。
久しぶりの屋敷。変わらぬ家族の温かさ。そして、ダルクの優しさ。
けれど、それだけでは終わらない。
彼女が心に秘めた「決意」が、静かにこの夜を揺るがせていく。
フローレン家の門をくぐると、出発のときと同じく、オルバースが出迎えてくれた。
馬車が止まるやいなや、彼は手際よく扉を開け、深々と頭を下げる。
「お帰りなさいませ、リリアーナお嬢様。今宵は、さぞお疲れのことでしょう」
その声に、張り詰めていた心がすっと軽くなる。
ダルクが先に馬車を降り、私に手を差し出してエスコートしてくれた。
「お疲れさま。今日はよく頑張ったな。ちゃんと休めよ?」
そう言って、彼はそっと私の頭を撫でてくる。
「わ、分かってるわよっ!」
思わず声を上げて、彼の手を軽く払った。
こんなことされると、心臓がバクバクして困る……。
そんな私たちの様子を、オルバースは静かに見守っていたが──
パン、パン。
彼が両手を叩いた瞬間、空気がピシッと引き締まった。
私たちは思わず背筋を伸ばし、少し気まずくなる。
「さて、リリアーナ様。お屋敷の中へ。ダルク殿も、今宵はお泊まりになるよう、旦那様より伺っております。そのままどうぞ」
そう言って、オルバースは私たちを屋敷の中へ導いた。
⸻
中へ入ると、両親、弟、そして屋敷の使用人たちが整列して待っていた。
『お帰りなさいませ、リリアーナお嬢様。ようこそ、ダルク様』
皆が声を揃えて挨拶してくれる。
私は微笑んで頷いた。
「ただいま、みんな」
その声をきっかけに、真っ先に飛び込んできたのは母・マリアーナだった。
「リア……! よく帰ってきてくれたわね……!」
そっと私を抱きしめ、肩を震わせながら静かに涙をこぼす。
「お母様……泣かないで。……私、大丈夫だよ?」
私は優しく母の背を撫で、そっと涙を拭ってあげた。
その様子を見届けていた父、エルディス公爵が口を開く。
「……あの王子め。陛下が選ばれた婚約者を、自ら手放すとは……理解に苦しむな」
唇を噛み、悔しさを滲ませる父に、ダルクが静かに応じる。
「王子は……聖女に心を奪われて、周りが見えなくなったんです。けど、これでよかったとも思っています」
真っ直ぐな眼差しで語る彼に、父は目を細め、柔らかな声で返した。
「……そうか。ダルク君、ありがとう。リアを守ってくれて。君でなければ、こうして笑って帰ってくることも叶わなかっただろう」
そして、力強く握手を交わす。
少し離れたところでは、弟のセルディスが頬を膨らませて座っていた。
不満げな顔が可愛くて、思わず私は笑ってしまった。
またしても、パン、パン。
オルバースが手を鳴らすと、父がハッとしたように咳払いをひとつ。
「いかんいかん、玄関で長居してしまったな。オルバース、応接間へ案内してくれ」
「かしこまりました」
呆れたように肩をすくめつつ、オルじぃは私たちを部屋へと導いてくれた。
⸻
応接間に通され、皆が椅子に腰を下ろす。
私の向かいに父と母、右隣にダルク、少し離れてセルディス。
どこか距離のある席順に、少しだけ胸がざわついた。
そんな中、父が静かに切り出す。
「さて、リア。これからのことを……話そう」
やっぱり。
そう思った私は、意を決して立ち上がる。
「お父様。……私、冒険者になりたいと思っています」
その一言で、部屋の空気がピンと張り詰める。
父、母、弟、ダルク――
皆の視線を正面から受け止めながら、私はまっすぐ立ち尽くした。