EP.05星空からの決意
婚約破棄という幕引きのあとに訪れた、静かな帰り道。
月明かりの下、リリアーナは胸に秘めた“本当の夢”を、幼なじみのダルクに打ち明ける。
それは、「王太子妃」ではなく、「自分の足で生きる道」への一歩。
不安と覚悟が交差するその夜。
彼女の未来を左右する“決意の告白”に、ダルクが返した答えとは──。
舞踏会の帰り道。
月は高く、夜空には星々が宝石のように瞬いていた。
行きの喧騒が嘘のように、馬車の中は静まり返っている。
月明かりが差し込むその光の中で、彼女はまるで──絵画の中の一場面のようだった。
私はふと、星空に視線を移しながら、小さく呟いた。
「ねぇ、ダルク……」
たったそれだけなのに、胸の奥がきゅっと痛む。
「ん? どうした」
相変わらず、いつもと変わらない優しい声。
でも、私はもう、いつも通りには戻れないことを知っていた。
「私ね……冒険者になろうと思うの」
言いながら、視線をそらす。彼の目を見られない。
ごまかすように、言葉をつなぐ。
「ほら、今まで王太子妃としての教育とか、礼儀作法とか……すごく堅苦しくて。
正直、ちょっと……疲れちゃったんだ。だから、旅に出てみようかなって。陛下の許可も、もういただいてるしね」
言葉が少し震えているのが、自分でもわかる。
それでも、私は顔を伏せながら彼の答えを待った。
「……本気か?」
低く、けれど優しく。真剣な声。
私は小さく、けれどはっきりとうなずいた。
「……うん」
「そうか……。まぁ、なんとなくそんな気はしてたけどな」
苦笑い混じりにそう言った彼の表情には、驚きよりも“理解”があった。
「でもな、リリア。冒険者ってのは、命懸けだ。甘い世界じゃないぞ。
それでも……やるって覚悟は、あるんだな?」
彼は否定しない。ただ、ちゃんと確認しようとしてくれる。
それが彼らしくて、少しだけ救われた気がした。
「うん、分かってる。……でももう限界なの。
ずっと、ずっと我慢してたの。本当にやりたいこと、やってみたい。遅すぎるなんて……思いたくないから」
押し込めていた気持ちが、あふれ出た。
だけど、それは弱さじゃない。ようやく絞り出せた“私の意思”だった。
「──わかった。……じゃあ、俺からも条件がある」
唐突にそう言って、彼はピシッと私を指差した。
「条件?」
戸惑う私に、彼はニカッと笑って、堂々と宣言する。
「俺も一緒に行く。リリアの冒険、俺抜きなんて認めねぇ」
その言葉に、思わず吹き出してしまう。
ほんと、こういう時は子どもみたいなんだから。
「……ふふ、しょうがないわね。許してあげる」
少しだけ意地悪に返すと、彼は急に真面目な顔になって、頭をかき始めた。
「……いやでもさ。問題はリリアの親父さんと弟なんだよな。絶対反対するぞ、あれは」
「ええ、多分。でも……それは愛されてるってことだもの。分かってる」
きっと簡単にはいかない。けれど、それでも踏み出したい。
それでも、自由に生きたい。
「ま、なんとかなるさ! 俺がついてるしな!」
力強く拳を握る彼を見て、私も自然と笑顔になる。
ああ、私には、こんなに頼もしい味方がいる──。
そして、馬車は静かに、フローレン公爵家の門をくぐった。
──ここからが、私の物語の本当の始まり。