EP.29あの日の別れと再会
別れとは、静かにやってくる。
いつもの朝、いつもの風景──けれど、それが「最後」だとわかっているだけで、何もかもが違って見える。
若き日、レグナスの元で育ったジルとバース。
数えきれぬ訓練と叱咤激励の果てに、彼らは“弟子”の殻を破り、戦士としての道を歩き始めた。
本気の三つ巴、火花のように交わる魔力と想い。
そして、夜の酒場にて再び交わされる、懐かしき日々の記憶と再会の杯──
これは、かつての“弟子”たちが、己の道を選び取った《別れ》と、
今だからこそ語れる《再会》の物語である。
──現在──
「なぁ、覚えてるか?─あん時のレグさん、絶対泣いてたって!」
ジルは笑いながらテーブルに身を乗り出し、バースに詰め寄る。
バースは眉をひそめ、だがどこか懐かしげに目を細めた。
「……そうだったか?」
その言葉に、ジルの目の奥に──あの日の風景が甦る。
いつもの朝。いつもの訓練所へ向かう道。
けれど、それが“最後”だと分かっているだけで、空気の色すら違って見えた。
「……いよいよ、お別れ──なんだな。」
ぽつりと呟くジルに、隣を歩くバースが静かに頷いた。
「……長かったようで、短かったな。」
踏みしめる足音が、いつになく重く響く。
やがてふたりは、あの扉を押し開けた。
変わらぬ空間。
変わらぬ構えで、変わらぬ男がそこにいた。
──レグナス。
壁にもたれ、腕を組み、いつもと変わらぬ表情で。
「来たか、小僧ども……さて、締めくくりといこうか。」
この日ばかりは、三人とも本気の武装を身につけていた。
ジルの盾、バースの双剣、そしてレグナスの巨槌──。
ただの“教官”ではない。
本物の“戦士”としての気迫が、彼の全身から滲み出ていた。
「お前ら。今日は手加減なしだ……いいな?」
構えを取ったその瞬間──彼のハンマーが、淡く赤く、メラメラと燃え始める。
まるで炎を喰らったような音とともに、空気が熱を帯びていく。
静寂が訓練所を満たす。
誰ともなく、自然と声が重なった。
「──3」
「──2」
「──1」
「……始めッ!!」
三人の声が重なった瞬間、床を蹴る音が重なった。
突撃するのはジル。鋭く構えた盾が、一直線にレグナスを貫くように突き出される。
──風が鳴る。
レグナスが唸るような声と共にハンマーを振り下ろす。
雷の如き一撃──ジルはそれを予測していた。
盾に全身の力を集める。
ガチンッ!
甲高い金属音が響き、盾が地面にめり込む。
全身を貫く衝撃に、歯を食いしばりながらも、ジルは倒れない。
「……くっそ……重ッ……!」
だが、踏みとどまる。
そして、盾を横へ押し出し、ハンマーの軌道を逸らす!
「バース、今だ!!」
その合図に、音もなくバースが影のように滑り込む。
地を這うように低く、速く──死角を取り、一閃!
「──連撃、蓮華!」
ジルの盾が上方からレグの視界を遮り、同時にバースが下から切り上げる。
表裏一体、呼吸一つの“連撃”。
レグナスの眼が鋭く細められる。
「なるほど……成長したな。」
次の瞬間、レグナスが手元のハンマーを反転させ、バースの足元を狙う。
ドンッッ!!
地面が砕け、バースは跳ね飛ぶように後退──間一髪、避けきる。
「……やべぇって、あのおっさん……!」
ジルは苦笑しながらも盾を構え直し、背後から駆け寄るバースにちらりと目をやる。
その時、レグナスのハンマーが唸りを上げて変形を始める。
柄が伸び、打撃部が黒鋼のように肥大化し、
まるで“巨神の金槌”のような異形の武器へと変貌していく。
「……本番は、ここからだ。」
目を細めるレグ。
戦士として、弟子たちを“戦場”で試す目になっていた。
ジルとバースも、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「──これがレグさんの本気か……やれるか?バース。」
囁くジルに、バースが鼻で笑う。
「戯け。やらなきゃならんだろ……俺たちは、もう“弟子”じゃないんだ。」
次の瞬間──ふたりの魔力が淡く共鳴する。
訓練所の空気が、ピリリと張り詰める。
──ここが、二人の出発地点だ。
そして
「あの後、俺たちの連携攻撃が完成したのになぁ……。」
ククッと喉を鳴らしながら、ジルは笑い出した。
バースは酒場から見える月夜を眺めながら、静かに呟く。
「──あの人には、最後まで適わなかったな。」
それを聞いたジルも、ふと笑みを浮かべ、バースの言葉に静かに頷いた。
「まぁ、なんだかんだで、俺たちもゴールドまでランク上がったしな!」
氷の入った水が、静かに、"カラン"と音を立てる。
──あの日、訓練所を後にする彼らの背に、レグは静かに言った。
「お前らに教えることは、もうねぇな!」
二人の肩を笑いながらポンポンと叩いていたが、その顔はどこか寂しそうだった。
──それから、いくつもの季節が巡った。
戦場で背中を預け合い、数多の修羅場をくぐり抜け……気づけば、“名コンビ”と呼ばれるようになっていた。
その間には、特殊スキルを会得し、お互いに異名をつけ合う程になっていた。
そして、冒険者ランクも着実に上がり、気づけば“ゴールド”の称号すら手にしていた。
そんな折に訪れたのが──クアラート王国。
豊かな魔力と、独自の文化、冒険者への手厚い支援。
バースは「この国で定住も悪くない」と静かに口にした。
だが、ジルは違った。
「……俺は、もう少し先を見たい。まだ、あの人に“胸を張って”報告できる気がしねぇんだ。」
それは、何かを決定的に分ける言葉だった。
静かな夜。焚き火を囲みながら、ふたりは何も言わず酒を交わした。
「互いに、国一の冒険者になろう。」
そう星降る夜に誓いを立てながら──。
そして──翌朝、別々の道を歩き出したのだった。
「──あんな誓い立てたのにな。気づきゃお前は冒険者辞めて、俺はあの人の“息子”になってるって……なぁ?」
ジルは呆れながら、氷が溶けかけたグラスを見つめていた。
「──長話をし過ぎたな……そろそろ解散しよう。」
酒場にある時計を眺め、バースはそっと席を立つも、再びジルに手を捕まれ止められる。
「なぁ、バース……あの人の遺した美味い酒、飲みたくねぇか?」
その一言にバースは少し悩むも、すぐに頷いた。
「──良いだろう。久々に付き合ってやる。」
そして、二人は静かに席を立ち──あの人が遺した酒を交わすために、ジルの邸へ向かっていった。




