EP.27 あの日の訓練─全ての始まり
──あの日、訓練所での出来事が、すべての始まりだった。
初めて目の前に立ったとき、俺はただの“試し”のつもりだった。あの二人、ジルとオルバース。いわば“その場のノリ”で、鍛錬が始まったと思っていた。しかし、今となって思う。あれは、ただの始まりに過ぎなかった。
最初は無謀なジルと、冷静で計算高いオルバース。二人はまるで対照的な存在だった。だが、戦いの中で少しずつその力を見せ始めた。ジルは無鉄砲でありながら、何事にも真剣で、オルバースは冷静に次の一手を計算し、二人がひとつになって前を向き始めるのが分かる瞬間が訪れた。
「こいつら……」
その時、俺は感じた。教えがいがありそうだ、と。どんな荒波が待ち受けていようと、こいつらなら乗り越えられる。そんな確信を胸に、俺は今、戦いの先に待つ道を一歩ずつ共に踏み出す決意を新たにした。
これから始まるのは、ただの鍛錬ではない──
──現在──
2人は笑いながら、あの日の夜を思い出していた。
「……まさか、俺が負けるとはなぁ」
グラスを軽く揺らしながら、ジルが笑う。
けれどその笑みは、どこか照れ隠しのようでもあった。
「しかもお前、あの時……」
ジルがにやにやとからかうように言う。
「たった一口で、盛大に吹き出してたよな?」
「……うるさい。あれは……その、予想外に強かっただけだ」
バースがグラスで顔を隠すようにしながら、むすっと言い返す。
けれど耳がほんのり赤くなっているのは、隠せなかった。
「でも、ちゃんと飲んだよな? 潰れなかったし」
「……ああ。結局、潰れたのはお前だった」
「おかしいよなぁ……吹き出したほうがセーフで、潰れたほうがアウトなんてさ」
「……あの人のルールだからな」
どこか呆れと懐かしさが混ざった声で、バースがぽつりとつぶやく。
あの夜の熱、あの夜の笑い声、そしてレグナスの言葉。
すべてが、2人にとって“始まり”だった。
夏の夜風がふたりの間を静かに吹き抜ける。
笑い声の余韻が、過去への扉をそっと開く。
──語られるのは、“最後の旅”の記憶。
──過去──
翌朝、陽の光がカーテン越しに差し込む静かな朝。
まだほんのり酔いの残る身体を起こしながら、ジルは額を押さえて呻いた。
「うぅ……まさか潰れるとは……。あのオッサン、加減ってもんを……」
ぼやきながら隣を見れば、静かに眠るバースの横顔がそこにあった。
「……バース?」
ジルはそっと身を寄せ、小さく声をかける。
まるで何かを確かめるように、そっと、優しく。
「起きろよ、バース……もう朝だ」
──しかし、その声はどこか優しく、どこか名残惜しげで。
触れた指先には、昨夜のぬくもりがまだほんのりと残っていた。
「……もう少し……」
バースがそう呟きながら、ジルの手を握り返す。
──柔らかな体温。
──しっかりとした掌。
──眠りの中でも、彼がジルの存在を認識していることが、嬉しかった。
ジルは苦笑しながら、バースの肩に額を寄せる。
「ったく、お前も案外しぶといな。昨日あんだけ飲んだのに……」
バースの呼吸は穏やかで、顔色も悪くない。
けれどその手のひらには、微かに熱がこもっていて──
「一応、立てるよな……フラフラだけど」
囁くような独り言とともに、ジルはそっと起き上がる。
──けれど心のどこかで、ほんの少し名残惜しさを感じていた。
昨夜の酔いが少し覚めた頃、彼らは訓練所へ足を運ぶ。
「よぉ!なんだ?お前らフラフラしやがって……。」
訓練用の木剣を片手に、レグナスが口元を吊り上げて迎えた。
朝日を背に受けて立つその姿は、昨夜の酔っ払いとは別人のように見える。
「オッサン、元気すぎだろ……」
ジルが頭を押さえながらぼやけば、隣でバースも小さく頷く。
「ほんとに昨日、あれだけ飲んだんですか……?」
「当たり前だ。あんなもん、ほんの肩慣らしよ!」
豪快に笑いながら木剣を肩に乗せ、レグナスは2人の前に立つ。
「──さて。酒の席で“弟子”になるって話、忘れてねぇよな?」
「……あれ、本気だったんですか」
バースが呆れたように返すと、レグナスはニヤリと笑い、
「当たり前だろ?それとも、口だけだったか?」
挑発的な笑みが、ジルの火に油を注ぐ。
「やる気満々じゃねーか! いいぜ、オッサン。やってやろうじゃねぇか」
「俺も、逃げるつもりはないさ」
バースもまた、静かに覚悟を決めたように前へ進み出る。
「よし、そんじゃあ……2人まとめて、鍛え直してやる!」
──そして始まる、“最初で最後の”3人の戦い。
過去編の終わり、そして未来への繋がりを刻む、訓練の朝が幕を開ける──。
「やってやるよ!!オッサン、覚悟しやがれ!!」
怒鳴るような声を上げ、先に突っ込むのはジルドレットだった。
木剣を構え、一直線にレグナスへと飛び込んでいく。その動きには迷いがない。いや、ありすぎて逆に振り切れていると言ってもよかった。
「またか……!」
オルバースは思わず舌打ちした。
それでも次の瞬間には、彼の背中にぴたりとついていく。
彼の無茶を止めるよりも、支える方が早い。
──そんな関係が、すでにこの時から始まっていた。
レグナスは一歩も動かない。
その場に仁王のごとく立ち、迫るジルに一瞥をくれただけだった。
「真っ直ぐはいい。だがな──」
レグナスの木剣が、空気を裂く音とともに振るわれた。
「“無謀”とは違うんだよ!!」
乾いた衝撃音が鳴り、ジルの木剣が弾かれる。
ガッと音を立てて後退しそうになる体を、バースが背後から支えた。
「……ったく、お前ってやつは……!」
「悪ぃ!でも、いけると思ったんだよ!」
ジルは唇を拭いながら笑う。けれど、目はまだ死んでいない。
「まだまだ──これからだろ?」
「ふ……そうだな。ならば、次は俺が行く」
今度はバースが前へと出る。
先ほどのジルの無謀な突撃とは異なり、その構えには練度と間合いの計算が見て取れた。
レグナスは口元だけで笑う。
「ほう……ようやく“まとも”なのが来たか」
それは本気の戦いの始まりを告げる合図だった──。
(こいつら……こりゃあ、教えがいがありそうだ。)
木剣を振るいながら、レグナスは口の端を上げる。
さっきまで“試してやる”くらいのつもりだった。
けれど今は違う──これはもう、**“本気の鍛錬”**だ。
ジルの無鉄砲な突撃。
オルバースの冷静で的確な補佐。
そして、ふたりが自然と背を預け合うようになっていく、その過程。
──ガキどもが、ちゃんと“前を向いて”かかってきやがる。
「いい目してるじゃねぇか……!」
心の中でだけつぶやく。だが、気持ちはすでに表に滲んでいた。
“笑って”しまうんだ──
こいつらなら、きっとこの先どんな修羅場でも乗り越えていく。
そんな確信すら、もう芽生えはじめている。




