EP23いざ、勝負!賭け飲み大会!
かつて剣を並べ、背中を預け合った二人がいる──
“漆黒の刃”と“暴挙の盾”。
無茶をして、叱られて、それでも諦めずに駆けた日々は、今や遠い昔。
だが──人と人との絆というものは、時間では風化しない。
時に酒を酌み交わすだけで、すべてが戻ってくることがある。
これは、そんな“昔のバカ騒ぎ”が──
今という大義に繋がっていく、静かで、熱い夜の物語。
笑いながら、からかいながら、
それでも──本気の一杯を交わす、その意味を。
今、彼らは思い出す。
オルバースは「久々の賭け飲みだな」と静かに口にしながら、そっと目を閉じた。
グラス越しに立ちのぼる香りが、かつて“冒険者”として戦場を駆けた日々を呼び起こす。
忘れかけていた熱、傷、仲間の声──
すべてが、今、この杯の中に宿っている気がした。
「さて、バース──今回の賭けだが……」
ジルドレットがジョッキを掲げ、にやりと笑みを浮かべる。
「俺が勝ったら、この国で今起きてること──ぜんぶ教えてやる。
だが、お前が負けたら……バース、ギルドの補佐やってもらうぜ?」
「ルールはいつも通り。どっちかが酔いつぶれるか、ギブアップしない限り──負けじゃねぇ!」
言葉の勢いに、場の空気がピリッと締まる。
オルバースは静かに頷いた。
「……いいだろう。受けて立つ。」
二人はそれぞれジョッキを手に取り、無言のまま腕を交差させた。
それが、幾度となく繰り返されてきた──彼らの“賭け”の合図。
今宵、再び──宿命の賭け飲み大会が幕を開ける。
「今回こそ負けねぇぞ、バース!」
ジルドレットは意気揚々と声を張り上げ、そのまま勢いよくジョッキを煽る。
「戯け──今回も、私の勝ちだ。」
オルバースも負けじと口元を上げ、力強く飲み干していく。
──だが、それは始まりの一杯にすぎなかった。
二人はまるで時を巻き戻すかのように、次々とジョッキを傾けていく。
一杯、二杯、三杯──
やがて、その数は誰にも分からなくなっていた。
「くっそ……! さすがだぜ、バース……!」
真っ赤な顔をしたジルドレットが、ジョッキをテーブルに置き、肩で息をしながらニヤリと笑う。
「やっぱり“漆黒の刃”、今でも健在だなぁ……!」
その目には、悔しさと懐かしさ、そして──敬意がにじんでいた。
その一言に、オルバースはまさかの反応を見せた。
手にしたヴェイルのジョッキを思わず傾けすぎ、
酒を盛大にこぼしながら、派手にむせ込む。
「──ぶっ……ジル、それを、今言うか……!」
オルバースは盛大にヴェイルを吹き出し、ジョッキをテーブルに置いた。
かつて“誰にも呼ばせなかった”異名──
それを、不意打ちでぶち込まれるとは思ってもいなかった。
肩が震えているのは、むせたせいか。
それとも──照れ隠しか。
「おっ? 賭け飲みで、お前が動揺するなんて初めて見たぞ?」
ジルドレットがにやつきながら肘でつついてくる。
その顔には、からかい半分、懐かしさ半分の笑み。
「……黙れ、暴挙の盾。」
オルバースはジロリと睨みながらも、口元にわずかな笑みを浮かべる。
懐かしい過去が、グラスの中からふわりと立ち上ってくるようだった。
「っははっ! その呼び名、懐かしすぎるだろ……!」
ジルドレットは肩を揺らして笑いながら、ジョッキをもう一杯空けた。
その豪快な姿に、店内の空気がどこか緩みはじめる。
そんな2人を横目に、リリアーナとダルクはテーブルの隅で静かにグレフを飲んでいた。
二杯目に手を伸ばしながらも、視線は酔っ払い二人組から外れない。
──その時
オルバースがむせ込んだ瞬間、彼の身体から微かに“魔力の流れ”が乱れた。
ごくわずかな変化だったが、リリアーナの目はしっかりと捉えていた。
(……今の、魔力操作? アルコールを……?)
表情が一変し、思わず口を開きかけた──その刹那。
「リリア、今は言わないほうがいい。」
隣から、静かな声がかかる。
「これは……俺たちが踏み込んじゃいけない勝負だ。それに──見ろ、もうすぐ決着がつく。」
ダルクがそっと顎で示した先──そこには、明らかに飲むペースを落としたジルドレットの姿があった。
彼のジョッキはまだ手の中にあるが、動きは鈍い。酒ではなく、何か別の想いを噛みしめているようだった。
「あー……くそ、そろそろ限界だわ。
やっぱ、お前はつぇえよ──漆黒の刃。」
彼の言葉には悔しさが滲んでいたが──その表情は、どこか嬉しそうでもあった。
まるで、懐かしい日々をもう一度味わえたことを、心のどこかで喜んでいるかのように。
「ふむ…もうお手上げか?─随分と、歳をとったものだな、ジル。
かつての“暴挙の盾”が泣いて呆れる。」
そう言って、からかい混じりに、サラッとジョッキを空にしていく。
「"暴挙の盾"に"漆黒の刃"───ふっ。」
2人の異名に、少しおかしくなったリリアーナは笑いを堪える。
それを横目に見ていたオルバースは、向かい合う彼の頭を軽くこつく。
「見ろ─リリア様に呆れられてしまったぞ?」
口調は怒っているものの、その表情はかつての仲間だったのだろう彼に優しい笑みが浮かんでいた。
彼は肩を落とし、手の中のジョッキをテーブルにそっと戻す。
唇の端をわずかにゆがめ、どこか照れくさそうに笑った。
「悪ぃな──けど、もう飲めねぇから……ギブだ。」
勝ち負けよりも、懐かしい空気に満ちたこのひとときに、
心のどこかで“十分だ”と思ったような──そんな、穏やかな敗北宣言だった。
「ふふっ─漆黒の刃…ですって」
リリアーナの肩がわずかに震える。
笑いをこらえている──が、完全には隠しきれていなかった。
「おや、お気に召しましたか?
ならば、リリア様の異名は──“姫騎士”とでも名付けましょうか?」
「ちょ、やめてっ、それはマジでやめてぇっ!」
リリアーナが真っ赤になって抗議する様子に、ダルクが吹き出す。
「っはは! 似合ってるぞ、リリア!」
だが──次の瞬間、オルバースの視線がすっと彼に向けられる。
「ふむ……それだけお元気なら、貴方にも命名せねばなりませんね。ダルク殿、貴方には──“炎龍の剣”とでも」
「うわあっ!? 巻き添えくらったーーっ!!」
「ふふ……皆様、実にお似合いですよ」
静かに、そしてどこか楽しげに笑うオルバース。
──その瞬間、
「っははははっ!! やっべぇ、お前、ホント変わんねぇな!!」
ジルドレットがジョッキを叩く勢いで大笑いした。
「昔っから、そーやってさらっと爆弾落とすよなぁ、お前!」
大きな笑い声とともに、酒場の空気は再び賑やかに満ちていく──
まるで、かつての仲間たちがここに戻ってきたかのように。
「さて、冗談はここまでにしておこう。ジル──賭けは私の勝ちだ。あとは──」
オルバースが本題に入ろうとしたその時、ジルドレットが言葉を遮るように口を開いた。
「わーってる、わーってる!……ただ、一つだけ確認させろ。
深く関わるってんなら──お前らにも、手ぇ貸してもらうことになるぜ?」
その問いかけに、私たち三人は──一瞬の迷いもなく、頷いた。
言葉なんて、もういらなかった。
すでに、この“席”で、覚悟は交わされていたのだから。
「──お前らの覚悟はわかった。だが、今日はもう遅せぇからな」
ジルドレットがジョッキをテーブルにトンと置きながら言う。
「宿が決まってんなら、一旦解散だ。続きは、また明日──な?」
私たち三人は頷き合い、それぞれ身支度を始めた。
リリアーナとダルクは、ジルドレットと別れて宿屋「アクアリス亭」へ向かう。
夜風が心地よく、二人の足取りはどこか軽やかだった。
だが──オルバースはその場に残り、静かに杯を見つめていた。
「おい、バース──まだ飲み足りねぇんだ。付き合えよ!」
ジルドレットがニヤリと笑い、再びジョッキを掲げる。
「さあ、俺ともう一杯どうだ?」
オルバースは一瞬迷いながらも、やがて微笑みを返した。
「……いいだろう、ジル。」
こうして、それぞれの夜はまだ終わらなかった──




