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EP.22憩いの場《アクアルミナス》

闇が降りていくこの街で、すべては静かに、そして着実に動き出していた。足元の舗装された道は、今日もまた日々の喧騒にまみれている。しかし、その裏で、暗闇の中にひっそりと忍び寄る危険――それを感じている者が、ここにはいる。


ひときわ目立つのは、あの男――ジルドレット。彼が示す先には、どんな秘密が潜んでいるのか。揺れる灯りの中で交わされる言葉は、時に冗談交じりだが、その裏には多くの思惑が絡んでいる。友だち、仲間、そして冒険者。だが、今日はそのどれでもない一面が見えるかもしれない。


静かな街の隅で、彼が足を踏み入れる場所は、ただの酒場ではない。『アクアルミナス』――彼が「憩いの場」と呼ぶ場所で、何が語られるのか。私たちは、どこへ向かっているのだろうか?


ここで、物語の真実に触れる一歩が、踏み出されようとしている。


ジルドレットが「ここじゃ話せねぇ」と告げたあと、私たちは自然と歩き出していた。


静かに進む彼の背中を、私たちは無言で追いかける。


彼がギルドの扉に手をかけ、きぃ──と小さな音を立てて開けた瞬間、先ほどまで西の空に残っていた夕陽の気配は、すでに跡形もなく消えていた。


見上げれば、夜の帳がゆっくりと降りてきて、空には──ふたたび星々が静かに輝いていた。


「ついてきな!」


ギルドの横にある細くて小さな路地を抜けると、ふと見上げた先に──

淡い水色と明るい黄色に彩られた、小さな看板が掲げられていた。


その看板にはいくつもの魔法石がちりばめられ、月明かりを受けて──

まるで夜空から星を摘み取って飾ったかのように、美しくきらめいていた。


「さぁ、ここが俺たちの憩いの場─アクアルミナス─だ!!」


彼がふたたび扉を開く──


木造二階建てのその建物は、森林の香りをほのかに漂わせ、

壁に埋め込まれた魔法石の灯りが、空間に優しい光を灯していた。


「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」


店員らしき女性が、笑顔で私たちに声をかけてくる。

常連らしい彼は、「よぅ!」と軽く手を挙げて応えた。


「なんだ、ジルさんかぁ…期待して損しちゃったじゃん。」


女性は一瞬で笑顔を引っ込めると、ほんの少しだけ肩を落とした。


「なんだよ、そんなこと言うなって。俺たちの仲だろ?」


そう言いながら、彼は彼女の頭を──

髪が少し崩れるくらいの勢いで、豪快にわしわしと撫で始めた。


「ちょっ!? やめてよ!髪が崩れちゃうじゃない!!」


彼女は少しムッとした顔で、彼の手をつかんで抵抗する。


彼はワハハと豪快に笑いながら、彼女の頭から手を離すと──

少しだけ気まずそうな声色で、席の案内を頼み始めた。


「なぁ、サラ──すまねぇが、ちっと一番奥の席、使わしてくんねぇか?」


サラと呼ばれたその子は、ちらっと私たちを見てから小さく会釈し、彼に尋ねた。


「あー……もしかして──」


言葉に詰まりかけたものの、一瞬視線を彼に戻し、「仕方ないなぁ!」と先ほどの明るさを取り戻し、私たちを席へ案内してくれた。


「悪ぃ…ありがとな、サラ。」


彼はサラにお礼を言うと、彼女はふたたび会釈し、また仕事へ戻った。


「待たせて悪かったな! まぁ、座ってくれ。」


私たちは彼と向かい合わせでテーブルを囲み、やっと腰を下ろした。


落ち着いたところで、オルバースは“冒険者”に戻りつつ、彼に声をかける。


「お前は昔から変わらんな……。」


普段の口調がふたたび砕けて、ダルクと私は沈黙してしまう。


店内は閑散としていた。

水の国シルベーヌに入ってからというもの、街の空気はどこか張り詰めていた。

精霊の泉の異変──その話は、まだ国外には出ていない。

だが、現地に足を踏み入れた者なら、違和感に気づくはずだった。


彼はゆっくりと息をつき、テーブルに肘をついたまま、ニヤリと笑う。


「……気づいてるんだろ? 精霊の泉のこと。」


低く抑えたその声に、空気が一瞬張り詰める。


「──お前が欲しいのは、その先の話だよな?」


低く抑えたその声に、空気が一瞬張り詰めた。


──オルバースは、彼の言葉に裏がある事を察しながら、「そうだな」と応える。


「すんませーん!」


彼の声が、店内に響き渡る。


「はーい」


カウンターの奥から返事が返ってくる。


奥からコツコツとヒールの音を鳴らし、私たちが座っている席へ──

応えたのは先ほどの可愛らしい女の子ではなく、ストレートのロングヘアが印象的な綺麗なお姉さんだった。


「あら、ジル。いつの間にい来ていたの?」


彼女はにっと口角を上げ、まるでいたずらっ子のような声色で問いかける。


「さっき来た所だ。とりあえず、ヴェイルを2つ頼む! お嬢ちゃんたちには、グレフを2つな!」


彼は笑いながら注文を告げると、私とダルクをちらりと振り返った。


──ヴェイルは、ヴェールという濃い赤紫の果実を発酵させて作るお酒。

ほんのり甘いのにしっかり酔う、シルベーヌでも人気の地酒だ。

一方のグレフは、グレーフという柑橘の果汁を搾ったジュースで、爽やかな香りと酸味が特徴。

酒に弱い人や若者向けの定番らしい。


「はーい、ヴェイル2つに、グレフ2つね〜」


彼女はリズムよく応え、カウンターの奥へと軽やかに戻っていった。


「お前たちはまだお子様だからな!」


彼はワハハと豪快に笑い、からかうように私たちを見やった。


「お子様って言い方失礼じゃない?!」


リリアーナはぴくりと眉をひそめて、ぷいっとそっぽを向いた。


「まぁ、落ち着けって、確かに俺たちはまだ酒は飲める年齢じゃねぇから仕方ねぇよ。」


ダルクは苦笑しつつ、宥めるようにリリアーナに言葉をかけた。


「あまりリリア様をからかうな、ジル。私とて、許さぬぞ?」


オルバースはピンと背筋を伸ばし、かつての執事らしい凛とした所作で立ち上がる。

鋭い眼差しをジルに向けながら、静かだが厳しい声で告げた。


「リリアーナ様は、我が主君。軽々しく扱うことは許されん。」


その言葉には揺るがぬ忠誠と、守るべき者への強い想いが込められていた。


ほどなくして、先ほどのお姉さんがトレーを片手にテーブルへやってきた。


「あ、はい、お待たせ、ヴェイル2つにグレフ2つよ。」


彼女はにこやかにグラスを並べると、軽やかに一礼して席を離れた。


彼はグラスを手に取り、オルバースの目をじっと見据えた。


「久々に賭け飲みと行こうや!」


オルバースは少し驚いた表情を見せたが、すぐにニヤリと笑う。


「賭け飲みか…懐かしいな。」


二人の間に緊張感が走る。

その夜、アクアルミナスは、ただの憩いの場以上の場所となった。

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