EP.20思わぬ再会
トンネルを抜けた先に広がるのは、かつて聞いた伝説とは程遠い、荒廃した「水の国」シルベーヌ。
見慣れた笑顔も消え、静かに傷を負った街の空気が肌を刺す。
不安に揺れるクラリスとデリスの姿を目にし、言葉を失う私たち。
しかし、そんな重苦しい時に現れたのは、意外な再会だった。
昔なじみのジルドレット、アクアクラウンのギルド長。
彼の目には、ただの旧友以上の何かが宿っている。
この再会は、旅の終わりか、それとも新たな始まりか。
さあ、次の扉を開けよう――。
トンネルを抜け、目に飛び込んできたのは──
噂に聞いていた「水の国」シルベーヌの、想像を絶する惨状だった。
その光景に、アクアリス亭の店員クラリスは思わず口元を手で覆い、呆然と立ち尽くす。
「──そんなっ。こんなことって……。」
その傍らで、不安げに母親の裾をぎゅっと握っていたのは、少年デリスだった。
怯えた瞳で、そっと母の顔を見上げる。
「……お母さん。」
そのか細い声に、胸が締めつけられる。
少年の不安そうな顔を見て、私たちも言葉を失い、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
重たい沈黙が場を包む中──
その空気を静かに断ち切るように、オルじぃ──オルバースが一歩前へ出て口を開いた。
「状況を正確に把握し、必要な情報を収集するためにも……我々は一度、ギルドへ向かいましょう。」
その言葉に、皆が我に返る。
クラリスとデリスの親子は静かに頷き、「私たちは一度、宿へ戻りますね」と別行動を取ることになった。
私たちはオルじぃと共に、ギルドへと足を向ける。
その時──
通りの先から、誰かが大きく手を振るのが見えた。
「おーーーーい!」
遠くからでもはっきり届く大声で、こちらに呼びかけてくる。
その声に、オルじぃは眉をぴくりと動かし、訝しげな表情を浮かべた。
普段は冷静沈着で、眉ひとつ動かさない彼のそんな反応に、
私とダルクは思わず顔を見合わせる。
「……はぁ、まさかこの国で会うとはな。」
ため息混じりにそう呟いた時──
手を振っていた人物がオルじぃの顔をはっきりと認め、驚きに満ちた声を上げた。
「なっ──!お前……バースか!?」
そう言いながら、男はこちらへと駆け寄ってくる。
その顔は厳つく、筋骨隆々の体格をした屈強な男だった。
オルバースはその姿を見て、ふっと口元を緩める。
どこか懐かしさをにじませながら、小さく笑みを浮かべて答えた。
「……久しいな、ジル。」
その一言に、男──ジルはほんの一瞬目を見開き、次の瞬間、豪快に笑い出した。
「ハハハッ、やっぱりお前だったか、バース!まさか、ここで再会するとはな!」
彼は遠慮のない勢いでオルバースの肩を叩き、にやりと笑って続ける。
「それにしても、どうした? クアラートに腰を落ち着けたんじゃなかったのか?」
その問いかけに、オルバースは少しだけ視線を逸らし、静かに答えた。
「……今は、こちらのご令嬢に仕えている。旅の護衛として、な。」
それを聞いたジルが、リリアーナへと視線を移す。
興味深そうに、じろりと彼女を見つめた。
「ほぉ……って、まさか“あの”リリアーナ嬢か? クアラートから追放されたって噂の!」
驚きに満ちたジルの声に、リリアーナはわずかに目を伏せながらも、丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。リリアーナ・フローレンです。父の命を受け、この地に参りました。」
その名乗りに、ジルは目を丸くしたあと、ふっと笑みを浮かべてうなずく。
「なるほどな……こりゃまた、面白くなってきやがった。」
彼はガハハと豪快に笑い、オルバースの肩に腕を回した。
「おう、はじめましてだな。俺はジルドレット・ハイゼンベルク。アクアクラウンのギルド長やってんだ!」
オルバースはため息をつきつつも、肩に回された腕をひょいと払い除け、再びジルに向き直る。
そして、隣に立つ青年を示しながら口を開いた。
「……彼は私の一番弟子だ。ダルク・ギルバルト。」
ダルクは少し緊張した面持ちで、一歩前に出て頭を下げる。
「……ダルクです。よろしくお願いします。」
ジルは彼を一瞥すると、満足げにうなずき、にやりと笑った。
「ほぉ……なるほどな。なかなか骨のありそうな目をしてるじゃねぇか!」
ジルはその言葉とともに、無意識のうちに手をかざし、鑑定の魔法を使った。
ダルクとリリアーナ、それぞれの能力や秘められた力を一瞬で見定めている。
彼の目はただの挨拶以上の意味を帯びていた。
まるで、これからの旅路を見通しているかのように──。
その空気を、再びオルバースがすっと切り替える。
「さてジル。いつになったら我々をギルドに案内してくれるんだ?」
皮肉とも冗談とも取れるその口調に、ジルは一瞬きょとんとしたあと、すぐにニヤリと笑う。
「おっといけねぇ、客人を外で立たせっぱなしってのはギルド長としてあるまじき失態だったな!」
肩をすくめながらも、ジルは大きく手を振って先導を始める。
「ついてきな。アクアクラウンへご案内ってわけだ!」
─ようやく情報を集められる。
緊張と不安を抱えたまま、それでも確かな一歩を踏み出すように。
私たちはジルドレットの背を追い、ギルドへと歩き始めた。




