EP.02 予想通り
婚約破棄の噂が王都を駆け巡る中、私は舞踏会へと向かう。
傍らには、幼馴染であり護衛でもあるダルク。
──今夜、全てが“予想通り”で終わるのか、それとも……。
──舞踏会の夜。
私はダルクにエスコートされながら、公爵家の家紋が刻まれた専用馬車へと向かっていた。
玄関前で私たちを待っていたのは、専属執事──オルバース・シュバルト。
穏やかな笑みと共に、馬車の扉を開けてくれる。
「さあ、姫君。こちらへどうぞ」
……まだ騎士の役を引きずってるのね、ダルク。
「ありがとう……」
少し俯きながら、か細く呟く。
その声は、彼に届いていたか分からない。
私たちが馬車に乗ると、オルバースは静かに扉を閉めた。
「オルじぃ、みんな。行ってきます」
窓から顔を出し、侍従たちに手を振る。
エメラルドグリーンの瞳を細めたオルバースは、いつものように微笑みながら頭を下げた。
「お嬢様。どうかお気をつけて。──お帰りをお待ちしております」
(……もしかして、全部見透かされてる?)
そんな気がして、少し胸がざわついた。
*
馬車はゆっくりと王城へ向けて走る。
静かな揺れの中、ダルクは私を退屈させないように、気を遣って話しかけてくれていた。
「まったく……あのアホ王子、何を考えてやがるんだか」
大きなため息と共に、窓にもたれ眉間に皺を寄せるダルク。
私は薄く笑いながら、星が滲む窓の外へ視線を向けた。
「──まあ、最初から私のことなんて、愛してなかったんでしょうね」
自分でも驚くほど冷静な声だった。
でも、少しだけ切なさもあって──その感情をごまかすように、夜空を見上げる。
「……わあ、綺麗」
ふと、こぼれた声。
夜の空に散らばる星々は、まるで宝石のように瞬いていた。
すると、隣でふふっと笑う声がした。
「なによ」
ちょっと頬を膨らませながら睨むと、彼は悪戯っぽく言った。
「いや、お前が……やっぱ可愛いなって思って」
──え? 今、なんて?
心臓が軽く跳ねる。聞き間違いかと彼を見ると、照れくさそうに目を逸らしていた。
「……ホントのことだろ」
ぶっきらぼうに言いながらも、どこか拗ねたような表情。
そんな彼が少し可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
そして──気づけば、もう会場に着いていた。
*
馬車の扉が開き、ダルクが先に降りて、私に手を差し出す。
「さあ、麗しき姫君。会場に到着しました」
「ありがとう、ダルク」
その手を取って外へ出る。
いつもより真剣な顔つきの彼に、少し胸が高鳴る。
(……いつもと違う)
不意に意識してしまって、心がざわつく。
ここでエスコートは交代──
(あの花畑王子と、ね)
思わず苦い顔になりながら、会場の大扉の前に到着する。
「ここまでありがとう。ここからは──」
そう言って手を離そうとした瞬間。
「えっ……?」
彼が、手を握ったまま離さなかった。
しかも、少しだけ強く。
「ちょっ……なんで?」
戸惑う私を無視して、彼は一歩、前へ。
そして──そのまま、扉が開かれた。
*
王城の大広間。
高い天井には豪奢なシャンデリア。
床には真紅の絨毯。
所狭しと並ぶ名産料理、選び抜かれた葡萄酒やシャンパン……どれも一流。
目が眩むほどの光景だというのに──
私は目の前の男の手のぬくもりが気になって仕方がない。
入場の瞬間、会場のざわめきがピタリと止まった。
(……え? リリアーナ様が……?)
(ダルク様と一緒に?)
(……あの噂、やっぱり……)
──ひそひそ声が耳に入る。
でも、もう動じない。
この日のために、私はすべてを覚悟してきたのだから。
ただ、一つだけ──
(……彼が隣にいるのは、予想外だったけど)
赤い絨毯の上を進み、会場の中央──
そこには、私の“元”婚約者と、いつもの彼女が。
「──待っていたぞ!! リリアーナ・フローレン!!」
ああ、ついに来たわね。
茶番の始まりだ。
──婚約破棄宣言、その幕が上がる。