EP.18新たな国─シルベーヌ国へ─
傷ついた過去を背負いながらも、歩みを止めない少女リリアーナ。
戦いを経て心に残る痛みと、誰かを想うぬくもりの狭間で、彼女は今、新たな国へと旅立つ。
そこに待つのは、癒しの水、静けさに満ちた森、そして──まだ見ぬ出会いと試練。
旅路は静かに始まり、けれど確かに未来へと続いていく。
焚き火の残り香がまだかすかに漂う中、リリアーナはそっと瞼を開けた。
朝の光は優しかったけれど──胸の奥では、まだ黒い霧が渦を巻いていた。
「昨日の……あの叫び。あれは、本当に終わったの?」
──まぶしい朝。でも、心の奥には昨日の戦いの余韻がじんわりと残っている。
身体を起こそうとすると、隣のオルバースはすでに目を覚まし、静かに身支度を整えていた。
彼は御者とささやかに打ち合わせを交わしている。
リリアーナはそっと寝返りを打ち、隣を覗く。
そこにはまるで夢の中でも守ってくれているかのように、静かな寝顔のダルクがいた。
胸がきゅっと締めつけられ、思わず小さく息を飲む。
気配に気づいたのか、ダルクもゆっくりと目を開けて呟いた。
「──んっ、もう朝か?」
まぶたを何度か瞬く彼の仕草が、リリアーナの心を高鳴らせる。
「お……おはよう。」
恥ずかしげに頬を染め、小声で答えた。
ダルクは彼女の視線に気づき、真剣な眼差しを向けた。
それに気づくと慌てて身体を起こし、
「わっ、悪い!」
と照れたように返す。
「別に、いいわよ。」
微笑み返すリリアーナの声に、穏やかな空気が流れたその時──
焚き火の消えかかった跡を通り過ぎながら、オルバースが軽食の籠を抱えて近づいてきた。
「おや、お二人ともようやくお目覚めですか?」
オルバースの声に、微かに跳ねたダルクの肩を見て、リリアーナはそっと目を細めた。
……昨日の夜、ずっと自分の方に体を向けて眠っていたことを、彼は気づいていないのだろう。
二人はハッと顔を上げ、籠を受け取りながら挨拶を交わす。
「おはよ、オルじぃ。」
リリアーナがにっこり返す横で、ダルクは少し照れながらも、
「おはよう……ございます。」
と小さく返した。
オルバースは微笑みを浮かべながら手際よく荷物をまとめ始める。
リリアーナとダルクも準備を整え、馬車の周りに集まった。
朝のひんやりした空気が、これからの旅の始まりを告げている。
リリアーナは馬車の前で立ち止まり、遠くの山々を見つめて呟いた。
「新しい国……だね。」
ダルクがそっと隣に立ち、その視線を追いながら言う。
「どんな場所か、楽しみだな。」
オルバースが穏やかな声で説明を加えた。
「これから向かうシルベーヌ国は、水の豊かな土地です。……ただ、精霊の気まぐれに、時折“試される”こともありますがね」
リリアーナはゆっくり頷き、ダルクも同じように頷いた。オルじぃの何気ない言葉が、どこか胸に引っかかる。……まるで、「旅の始まりではなく、試練の始まりだ」と告げられたような──そんな気がしていた。
「それは、楽しみだわ。」
オルバースは馬車の御者に合図を送り、乗客たちが乗り込むのを見守る。
「では、出発しましょう。」
三人は馬車の後部に乗り込み、旅の幕が静かに上がった。
砂埃を巻き上げながら車輪が動き出し、新しい国への道がゆっくりと開かれていく。
険しい道や迷いそうな森を抜けながら、リリアーナは窓の外を見つめて小さくつぶやいた。
すると隣にいた男の子が元気よく話しかけてくる。
「シルベーヌの川は透明で魚がいっぱいなんだよ!
お母さんも川で洗濯してて、みんな水を大事にしてるんだ。」
リリアーナは笑顔を返し、深い緑に包まれた森を見つめた。
「そんな場所なら、本当に楽しみ。」
ダルクも頷きながら、
「自然豊かなところは、きっと人も優しいんだろうな。」
とつぶやく。
馬車が揺れ、窓の外に青い空が広がる。
リリアーナは、揺れる光と影の中でそっとつぶやいた。
「……なんだろう、すごく綺麗。でも──ちょっと、怖い」
少年の明るい声とは裏腹に、彼女の瞳にはほんのわずかな迷いが浮かんでいた。




