EP.17渦巻く陰謀
静けさに包まれた王城。
戦の喧騒が過ぎ去ったあとの、ほんの束の間の安息。
だが、誰の心にも平穏が訪れるわけではなかった。
騎士として剣を振るうことよりも、ずっと難しいもの──
それは、心を制すること。
夜の闇が感情を暴き、ぬくもりが真実を隠す。
誰かの名を呼びながら、別の誰かの腕の中にいる。
偽りに似た優しさと、本音に似た孤独が、静かに人々を蝕んでいく。
これは、英雄譚の裏で紡がれる、誰にも知られないもう一つの物語。
迷い、揺れ、求め、すれ違う──
“心”という名の闘いの、始まりの夜である。
戦いを終えたリリアーナたち。その頃、王城では──。
夜会から数日が過ぎ、シャルロッテは眉をひそめ、無意識に指先をいじっていた。
「どうして、ダルク様がリリアーナと……」
その小さな呟きは、静かな夜の空気に紛れて消えていく。
──だが、自分の胸に芽生えたこの感情を“嫉妬”だと認めるには、まだ少し勇気が足りなかった。
そのとき、背後からふんわりとした香りと、足音がそっと近づいてきた。
気づいたときには、誰かの温もりが背中に重なっていた。
振り返ると、そこにはリリアーナの元婚約者、アルディス・クアラートが立っていた。
「そんな怖い顔して、どうしたの? シャル?」
彼の低く落ち着いた声が、心のざわめきを一瞬だけ鎮めた。
シャルロッテは彼の腕にそっと手を重ね、笑みを浮かべる。
「んーん、なんでもないわ。」
けれど、彼に寄り添う自分の心の中には、今なお拭いきれぬ影が潜んでいた。
(……ダルク様は今、どこに? 誰と?)
視線を下げたまま、心の声が静かに問いかける。
(だけど今、私はルディの腕の中にいる。それが“私”の答え?)
アルディスもまた、抱きしめた彼女のぬくもりの中に、別の影を感じていた。
(リリア……本当に、もう戻ってこないのか?)
言葉では確かめられない未練が、ふたりの間に沈黙を落とす。
「……シャル」
アルディスがその名を呼び、彼女の頬にそっと触れた。
シャルロッテは瞼を閉じ、彼の温もりを受け入れる。
心の奥にはまだ、迷いが残っていたが──ただこの夜だけは、傷を忘れたかった。
やがてふたりは肩を寄せ、静かにソファに腰を下ろす。
重ねた手のひらから、微かな体温が伝わる。
言葉は少なかった。だがその時間は、確かにふたりを結びつけていた。
──そしてその頃、城の片隅では。
「おや……もう戻ったのですか?」
男の声が闇に響く。
そこには、黒衣をまとった少年がいた。
少年は眉をひそめ、舌打ちする。
「うるさい。失敗だ。……けど、次は外さない。」
男はくすりと笑い、闇に紛れて消えた。
──夜が更け、窓の外からは静かな風の音。
シャルロッテは寝室のベッドで目を覚ました。
隣では、アルディスが静かな寝息を立てていた。
(……ダルク様なら、私をどう見たかしら)
胸に残るのは、あたたかさよりも、ほんの少しの痛みだった。
アルディスの寝言がふと耳に届く。
「……リリア」
その名前に、シャルロッテのまなざしがわずかに揺れる。
(私も──あなただけを見ていたわけじゃない)
思いの交錯する夜明け。
交わる体温の裏に隠されたのは、きっと恋でも幸福でもない。
ただ、寂しさだけがそこにあった。




