EP.11それぞれの想い/冒険者リリア
物語は変わる。
かつて王太子の婚約者だった少女が──今、“冒険者”として旅立つ。
王都の煌びやかな舞踏会、騎士団長との別れ、託された母の形見。
それぞれの想いが交差し、誰にも止められない運命の歯車が動き出す。
この章では、リリアたちの旅の始まりに寄り添うように、
彼女を見守る者たちの想い、そして渦巻く“別の意志”が、静かに描かれる。
振り返るな。迷うな。
──この物語は、まだプロローグにすぎない。
玄関の扉がゆっくりと開き、リリアーナたちが一歩を踏み出そうとしたその瞬間──
「……お待ちください、リリアーナ様。」
低く重みのある声が、静寂を切り裂いた。
全員が振り返ると、そこに立っていたのは──
漆黒の騎士鎧に身を包み、威厳を放つ男。
王国騎士団団長、ロナウド・ギルバルト。
そして、ダルクの父親だった。
「親父……!」
ダルクは驚きと緊張で声をあげ、息を呑む。
ロナウドはゆっくりと歩み寄り、堂々と立ち止まった。
その鋭い眼差しは、リリアーナにもダルクにもまっすぐ注がれている。
「陛下の随行任務を一時離れ、見送りに参った。
だが、渡しておかねばならぬものがある。」
彼はそう言い、懐から小さな革袋を取り出す。
袋から現れたのは、青い宝石をあしらった銀の指輪。
どこか懐かしさを宿すその指輪を、ロナウドは丁寧にダルクへ差し出した。
「これは、お前の母が遺したものだ。
『いつか旅立つその時に、手渡してほしい』と、俺に託していた。
己を見失いそうになった時は、この指輪を見て思い出せ。
お前には守るべきものがあるのだ。」
指輪を受け取ったダルクは、強く握りしめる。
その手に、母の温もりと覚悟が確かに伝わってきた。
「……ありがとう、親父。必ず無駄にはしない。」
ロナウドは微かな微笑みを浮かべ、背を向けた。
「行け。お前たちの冒険は、今ここから始まるのだ。」
「行ってきます!」
リリアーナとダルクは声をそろえ、ロナウドに手を振りながら歩み出した。
──その直後、屋敷の屋根裏。
誰にも気づかれず、一人佇む細身の影があった。
「……あいつが、聖女様を──。絶対許さない!!」
絞り出すようなその声は、風に溶けて消えた。
怒りと嫉妬、暗い執念がその言葉ににじんでいた。
誰もまだ知らない──
この旅路が、幾つもの想いを交差させ、運命を大きく揺るがすことを。
────時は遡り、王城────
舞踏会の幕が下り、静けさを取り戻した王城の廊下。
灯りの消えた大広間を見下ろし、アルディスは一人立ち尽くしていた。
寄り添うのは、聖女シャルロッテ。
その口元には、ぞっとするほど不気味な笑みが浮かぶ。
「ルディ様ァ……やっと、あの女から解放されましたねぇ?」
甘く、しかし毒を含んだ笑い声。
だがアルディスの目は虚ろで、焦点が合わない。
「……なぜだ。こうなるはずじゃ……なかったのに……」
震える声で自分自身に呟く。
その手は、リリアーナの背を追うように小さく震えていた。
───時を戻し、再び現在───
私たちはすでに王都を背にし、馬車の揺れに身を任せながら別の国へと向かっている。
「最初の国では、冒険者ギルドへ向かいますゆえ、覚悟を。」
オルじぃが穏やかな笑みを浮かべて告げる。
やっと、やっと冒険者になれるのだ!
馬車の揺れが心地よく、風が頬を優しく撫でる。
遠くで鳥がさえずり、草の香りが鼻をくすぐる。
旅の始まりを肌で感じながら、隣でオルじぃが広げた地図に目を落とす。
「この国を抜ければ、山脈を越え、また新たな国へ参ります。危険も多いが、あなた方なら必ず乗り越えられると信じております。」
彼の穏やかな声に、胸が熱くなる。
これからの試練も冒険も、すべてが私の成長の糧になる。
何よりも、仲間と歩む道が輝いている。
「リリア、これからもよろしくな!」
ダルクの声が胸に響いた。
私は笑顔で頷き、彼の言葉を心に刻んだ。
新しい冒険の扉が、今、確かに開かれたのだ。
馬車の車輪が土を踏みしめ、軽快なリズムを刻む。
空はどこまでも青く、白い雲がのんびりと流れている。
リリアーナ──いえ、“リリア”と呼ばれることが自然に感じられていた。
隣でダルクが景色を眺めながら、にやけた顔を隠すように小さく咳払い。
「……ま、いよいよだな。俺たちの冒険が始まる。」
その声に、リリアはふっと笑った。
心に小さな炎が灯った気がした。
「うん。いろんなことがあるだろうけど、全部楽しみだよ!」
声が少し震えているのを感じながらも、胸の奥は熱くて仕方なかった。
オルじぃが地図をたたみ、優しい目で見つめる。
「リリアーナ様──いや、リリア様。どうか旅のすべてを味わってください。
喜びも、困難も、出会いも……冒険者とは、すべてを受け入れて進む者です。」
リリアはこくんと頷いた。
旅路の風が甘く草の香りを運び、どこかへ誘う。
目の前には無数の道が広がっていた。
迷いも恐れもあるだろう。
けれど、それも含めて──
「よし、冒険者リリア、出発進行!」
拳を小さく掲げると、ダルクが思わず吹き出した。
「お、お前、それ言いたかっただけだろ!」
「へへ、バレた?」
笑い声が馬車の中を和やかに包む。
リリアの瞳は、もう前だけを見ていた。
──こうして、少女は“王太子の婚約者”から“冒険者”へ。
仲間とともに、運命を変える旅へ第一歩を踏み出すのだった。




