EP.10 旅立ち
長い夜が明け、ついに迎えた旅立ちの朝。
決意を胸に目覚めたリリアーナは、幼き日々を過ごした部屋に別れを告げ、一歩ずつその未来へと歩み出す。
待っていたのは、相棒ダルクとの心温まる会話。冗談と優しさが入り混じる言葉に、肩の力が自然と抜けていく。
そして玄関先で彼女を見送る家族たちの、静かで確かな愛。
言葉にできない想いが交錯する中、ひとつの物語が──今、始まる。
──翌朝──
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、リリアーナの頬をやわらかく照らす。
まどろみの中で瞼がゆっくりと開き、彼女は静かに息を吐いた。
──今日が、旅立ちの日。
目覚めたばかりの身体はまだ少し重く、現実に追いつけない心が、今から始まる未来に緊張している。
彼女はベッドから足を下ろし、ひんやりとした床の感触に身を引き締めた。
部屋の隅、昨日のうちに詰めた小さなトランクが静かに待っている。
それはただの荷物ではない。家を出るという決意の形だった。
窓辺へと歩み寄り、カーテンを開けると、まばゆい朝日が差し込む。
遠く続く空、その先には──まだ見ぬ世界がある。
「行こう、私の物語へ。」
ぽつりと呟いた声は、もう迷いを残していなかった。
⸻
荷物を持ち、扉へと向かうリリアーナ。
その手がドアノブにかかった瞬間──
「“行ってきます”ってのは、玄関で言うもんだろ?」
聞き慣れた低い声に、リリアーナは思わず振り返る。
廊下の壁にもたれ、腕を組んで立っていたのはダルクだった。
その目は眠たげで、いつもの無愛想さを保っているのに、どこか安心したような色が滲んでいる。
「ダルク……! いつからそこにいたの?」
「んー、たぶん“行ってきます”って言ったあたり。」
くいっと口角を上げて、少しだけ意地悪そうに笑う。
でもその表情に、リリアーナは不思議と胸が温かくなるのを感じた。
「もう……からかわないでよ。」
そう言いながらも、リリアーナの頬には自然と笑みが浮かぶ。
気づけば、彼の腕を軽く引いていた。
「ほら、行くよ!」
「……おう。」
二人の足音が、静かな廊下に優しく響く。
「ねえ、ダルク──私、ワクワクしてる!」
手を繋いでいることにも気づかず、リリアーナが顔を向けて言う。
「お前と一緒なら、どんな場所でも怖くねぇよ。」
返されたその一言に、リリアーナの胸はきゅっと締めつけられる。
この旅は、もう“ひとり”じゃない。
⸻
玄関に近づくと、家族が静かに待っていた。
父・エルディス、母・マリアーナ、弟・セルディス、そして執事を越えて旅の指南役となる“オルじぃ”。
誰もが言葉に出さず、けれど深い想いをその目に宿している。
先に口を開いたのはオルじぃだった。
「リリア様、準備は整っております。…いつでも参りましょう。」
冒険者としての装いに身を包んだ彼は、これまでの執事とはまったく違う──旅路の戦士の顔をしていた。
──だがそのとき、
「待ちなさい。」
父・エルディスの声が響いた。
「お父様……?」
リリアーナは足を止め、彼の方へと視線を向ける。
「旅に出るなら、一つだけ約束しなさい。定期的に手紙を出し、必ず無事を知らせること。それが……私の条件だ。」
「……うん、わかったわ。」
彼は深く頷くと、腰に帯びていた一本の剣を手に取り、リリアーナへと差し出した。
「……これを持っていけ。フローレン家に代々伝わる剣だ。
お前の力に、必ずなる。」
その剣に触れた瞬間、手のひらがずしりと重く、そして熱を帯びた。
まるで家族の想いと伝統が宿っているかのようだった。
「ありがとう、お父様。……必ず、無事で帰ってきます。」
その言葉に、エルディスは静かに頷く。
母・マリアーナは微笑みながら娘の手を握りしめ、
「信じてるわ、リア。あなたの歩む道が、きっと誰かの光になる。」
弟・セルディスは言葉を発さない。
だが、その手には“龍の涙”──姉への願いを込めたブレスレットが光っていた。
それだけで、すべてが伝わっていた。
⸻
リリアーナは深く息を吸い、空を見上げた。
そして、玄関の扉の前に立ち──はっきりと口にする。
「行ってきます!」
その瞬間、扉がゆっくりと開かれた。
眩しい朝の光が差し込み、未来への旅路を照らしていく。
オルじぃが軽く一礼し、静かに言った。
「では──新たなる一歩を、共に参りましょう。リリア様。」
少女の旅立ちは、今──未来へと続く物語の幕を開けた。




