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N44D4a あやの居場所 1

 蓮堂の車に戻った。乗る前に土やダニを落とす。まずは靴磨き用のブラシで、次に衣類用で。ひと通り汚れを落としたら後部席で寛ぐ。


 二人分と最後に蓮堂自身を掃除したら、もうこの地に用はない。車は愉快に走り出す。


「これで彩の仕事は完了だ。よくやった。緩めていいぞ」

「やたっ。向こうのチームもいい感じ?」

「こっちでできることは何もない。海にいる」

「了解、そりゃあたしも無理だ」


 緩んだ二人がいると、まだ緊張気味のリティスが目立つ。目立てば話題が向く。運転席の後ろにいる。蓮堂の車にはいつも左から入る。今日はあやが先に入って奥へ行った。斜めに助手席が見える位置なので、置かれた機材が目に入る。かけ布で隠してもきっと予想がつく。


「おさらいをするぞ。二人、特にリティス。私は盗聴器をすべて壊した所までは知ってる。その後で何があったかを全て言え」


 なぜ知ってるかも、きっと予想がついている。あやはお菓子を求めて、蓮堂が指す場所から取った。誰が答えるかをポテトの香りと音で主張した。


「実のところ、うちはわからないっす。彩さんが秘密の方法で何かをして、信じろって言うから、うちは信じてます。あとは積もるお喋りとかも」

「そうか。なら彩、秘密の方法は、私が知ってるやつか?」


 意図がある言い方だ。ポテトは名指しに勝てないが時間稼ぎならできる。飲み込むまでに答えを選ぶ。


「多分そうだよ」


 まだリティスを疑っているか、少なくとも信用しきってはいない。蓮堂は言外にそう伝えている。だから、蓮堂が知っていると彩は知っているのに、不確定に見せた。


「答え合わせはそのうちでいい。私が聞きたいのはこれだけだ」

「じゃああたしの番。もう分かってる範囲の動向を聞いときたいな」


 オオヤ(ブラボー)オオヤの部下(エコー)岩谷(フォクス)の三人が近くに来ている。あやはそう聞いていたが、それ以降を何も知らない。


 話が早いほうからと言って、蓮堂の話が始まる。ちょうど信号に引っかかった。


 まず岩谷(フォクス)が取り逃がしたのが二人。黒田凛丹くろだ・りんに茸竹清羅きのたけ・せいらだ。こいつらはホテルの一室にいると調べがついていたが、乗り込んだ時にはもぬけの殻だった。その後の追跡でトラックの荷台を移動拠点にしているらしいとまではわかったが、追うには人手が足りない。補佐に回した。


「彩さんは面識ありましたよね。両方とも」

「そうだね。凛丹先輩は優しそうだったけど恐ろしい人だった。キノ先輩は、メカに強いみたいだから、その二人がいるなら、ドローンもそこから操作してた?」

「察しがいいな。さすが愛娘」

「吹っ切れたね。今まで照れ臭かったんだ?」

「次いくぞ」


 席位置がいい。あやのにやけ顔がルームミラーの特等席に映った。無視しようにもアクセルを踏む前は周囲を確認する都合でどうしても視界の隅に入り込む。蓮堂は笑ってごまかした。他になにもできない。


 オオヤの部下(エコー)が追うのは海岸の四人。室月むろつきるる、根雨椎奈ねう・しいな雨宮鼓あめみや・つづみ鈴林春花すずばやし・はるかに対して、部下たちは十五人で向かった。四人チームを三つと、残り三人が連絡や指揮とドローンの扱いを担った。


 受け渡すはずの品を破壊する。障害を制圧する。やってくる船を追跡か破壊する。そのための人員を豪華に使ったが、結果は芳しくない。


 品は持ち逃げされた。追うべき敵の一人が水死体で見つかった。今は残り三人を追っている。


「その一人って、誰?」

「わからん。奴らは名前までは知らない。ただ長身ではないから室月るるではない。残りのどんぐり体格の誰かだな」


 道が都市の様相になった。この地域には馴染みないが、この雰囲気には馴染みある。


「最後にオオヤ(ブラボー)は、親玉らしき船のほうを張っているが」

「が?」


 蓮堂が勿体ぶるときはいつもしょうもない話が続く。


「カツオが釣れたらしい」

「わーすごい」

「あいつなら捌けるぞ」

「そうなんだ。やったー!」

「こっちに来るかは微妙だが」

「そうなんだ。わーすごい」

「現金なやつめ」


 仕事の話からいきなり呑気な話に移る。横文字で言うとシームレスに。あやはもう終わりだと思ったからそうしたが、蓮堂からはまだあった。


「さて、最後に彩の仕事の話も必要になる」

「お、なんだろ」

「クビだ」

「はぁ!?」


 曲がり道の遠心力が抗議の出鼻を挫く。車の中では運転手が一方的に偉くなる。


「最初からわかっていたが、その手足で探偵は無理だ。目立ちすぎる」

「えーっ、かっこいいのに」

「かっこいいからだ。探偵はもっと地味でダサくて芋臭い奴のほうが向いてる。とあるオバチャンとかな」

「蓮堂だってかっこいいくせに」

「実のところ、芋臭い服もある」


 話は終わりだ。とりつく島もなく蓮堂は黙った。ここからはあやが、主役を担う練習が始まる。


 小難しく考えても話は進まない。とりあえず動いて、反応を見て、覚えておく。仮説を積み重ねて、成功か失敗かの法則を探す。小さな情報の積み重ねがやがて大きな情報への足掛かりになる。


 車の中に娯楽は少ない。景色とおしゃべりが関の山だ。その景色も、そろそろ見知った地域が近い。


 ならばこの後を考えた。車を降りて最初にやるのは、もちろん風呂だ。蓮堂ほど衛生にうるさくなくても野を駆けた後は土と汗でひどい体になっている。ただ三人だ。全員で一度に入るには蓮堂邸の風呂は狭すぎるし、待たせる間が退屈になる。


 そこあやは閃いた。


「ねー蓮堂、庭の湯いこうよ」


 事務所の近所の銭湯に。ハリーポッターから橋を渡ってすぐの巨大な看板をこれまでは眺めるばかりだった。相手が友達ならこの手足を「かっこいいでしょ」と言えるが、偶然にも居合わせただけの他人に言って回るのは無理があった。


 今は隣にリティスがいる。接合部を初めて見せられるし、そうなれば違和感なくかっこいいと示せる。


「いいぞ。リティスもいいな。着替えは用意してやる」

「あ、ども。いいんすか」

「私はお前を信用してないが、彩を信用してる。お前も信用に値すると示す機会だ」

「本当にうちも、混ざれるんすか」

「もしお前を見捨てたら今以上の結果にできるか。答えは否だ。誇るといい。完全勝利を」


 リティスの涙目にウィンクで返した。危ないご家庭から逃げたがる友達を助け出した。あやは満足だ。


 体を洗って、ピザパへ備える。

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