現代知識
「どうも、こんにちは」
そう言って入ってきたのはいつものような恰好、初期装備のお客様。
なにか自信のある笑みを浮かべていて、薄気味悪いと感じられるかもしれません。
「いらっしゃいませー♪」
いつも通りのサンディの反応が良かったのか、笑みを深めながら早速お客様は要件を切り出します。
「こちらは情報の買い取りも行っているのですよね?」
「はい、行っていますよ!」
「では早速お伝えしたいのですが、かなり複雑なものもありますので十分なメモ用紙の用意をお願いします。
あと、信じられないような情報もあるかもしれませんが全て事実ですので、いずれその素晴らしさに驚くとかと思います。相応の値段を付けて頂くようお願いします」
よほど自信があるのか、正当な評価と報酬を何度も念押しします。
「もちろん情報を売買する以上、信用が第一ですので正当な評価を致しますのでご安心ください」
安心させる優しい口調でサンディはそう言った後、すぐに言葉を付け足し始めます。
「因みに、元世界の情報はいりません。科学や料理などの情報を売ろうとする方が何故かたくさんいらっしゃいますが、何の役にも立ちませんので」
諭すような話に、少しだけ表情を歪ませながらもまだ笑みを保ったまま、お客様は手を広げながらやれやれといった雰囲気で返答します。
「確かに、それらの情報を既に持ち込んだ方もいるでしょう。ですが私はいわゆる専門家というものでして。少し齧った程度の知識と比べられるのは些か不満ですね」
「残念ながらそうじゃないのです。勘違いしていらっしゃるようなので再度言わせてもらいますが、私は"役に立たない"と言ったのです。専門家とのことなので、科学方面に明るい方でしょうか?
えっと……『原理は世界毎に異なり一定ではない』らしいですよ。言い回しはよく分かりませんが、何にせよ他世界の科学は意味がありません」
「ほ、ほう。しかしそれは世界が異なれば物質の組成などが大きく異なり、再現が難しいというだけでは?」
「あの、申し訳ありませんが私に問答や討論をする気はありません。売りたいという情報が元の世界の科学に関することならばやはり買い取りは不可ですので、ご用件がそれだけならお帰り下さい。
一応お伝えしておきますと、化学なら北西、工学なら南西に研究拠点の町があります。どちらも一旦は北の『ヴォーヨン』を経由することをお勧めしますので、そちらで詳細はお調べ下さい」
「確かに興味のない方と話を続けても仕様がないですな。然るべき機関にて私の評価をしてもらうとしましょう」
そう残して大人しく出ていきます。
「他に御用がありましたら、是非またお越しくださいね!」
自身で追い出しつつも少し名残惜しそうに、またの来店を希望しました。
店を出て行った後しばらく歩いてから、ようやく笑みを消し、眉間に皺を寄せ頭を抱えました。
この方は、察しが悪いわけではありません。ただ、それでも諦めるわけにはいかないのです。
自身の知識を最大限生かし異世界で活躍しようと思っていたのに、その知識全ての価値が全くないなんてこと、認めたくないのです。
世界が違うならば原理も違う。言われてみれば当たり前な気もしますが、考えもしませんでした。
異世界についてのあれこれが公表されたとき、そのことについての科学的考察も始まりましたが、そもそも超常の力を扱う者たちが公表したこと。基本的には科学と関係のないこととして、すぐ棚上げされました。
超常の力と、科学は全くの別物。
多くのファンタジーでも大体はそうであったし、ずっとその認識でいたから大して気にしませんでした。おまけに新しく作られた世界だという話で、科学が発達しているはずもありません。
だからこそ、それまでの人生を捨てる選択をして転生することができたのです。今までよりも更に活躍できると思ったのです。
とりあえず、北西にあるという町を目指すことにしました。まだ、情報屋で語られた話が真実だとは限りません。仮に真実だとしても、なんらかの類似性があり役に立つという可能性もあります。
「まずは北か……あぁ」
博識を自称していた元科学者はここで一つ納得をしました。
「この世界の北とはどっちで、どこを指すのだろう」
私は何も知らないじゃないかと。
「本物の元科学者って、結構珍しいよね」
「ほう、そんな奴が来たのか。確かにそうだな」
この店で情報を売ろうとする方のほとんどは、元の世界の浅い知識でどや顔をする意味の分からない人たちです。本物の科学者にはガラディも対応した覚えがないようです。
「元の世界でしっかりした人生送ってるなら、転生なんてしなきゃいいのに。というか、実際元科学者って何かの役に立ったりするのかな?」
「ゼロからスタートするとはいえ、工房で似たようなことをするなら役に立つんじゃないか?探求心とか忍耐力とかはあるだろ」
「精神面だけ?」
「まあ、詳しくはないがそうだろうな」
北西や南西の研究所についての情報はあまりありません。研究についての情報があったところで、個人の能力によるところが大きく他者による再現は期待できないのです。
「結局あんまりだねぇ」
「そりゃそうだ。じゃなきゃ謳い文句の『平等な世界』じゃないし、転生してもしょうがないだろ」
元の世界の能力に分かりやすく比例してしまうなら、転生する意味も薄くなります。
「現地民のくせに」
「お前もな。情報屋をやる以上散々あちらさんの考え方も学んだんだから、なんとなくは分かるさ」
「まあね……あ、噂の人がまた来たみたい」
すりガラスの窓越しに、見覚えのある姿が映ったようです。
「嬉しそうだな」
ガラディが、自然と少し笑顔になっているサンディに気が付きました。
「そりゃあ、冒険者を目指してないなら死なないじゃん?」




