欲望が迷子
「こんにちはー」
「あら、こんにちはー」
お店にやってきたのは、冒険者……を一旦諦めて働いている女性。いくらか前から大通りの屋台で軽食を販売している方です。サンディとも顔見知りです。
冒険者を目指し狩りをながらバイトをしている方々と違い収入が多く、一日の宿代と食費で稼いだお金の大半が消えてなくなることもないので生活が安定しており余裕もあります。
休日には実益と娯楽を兼ねて、情報屋に足を運んでいるのです。
始まりの町であるここ『コーメンツ』には娯楽があまりありません。施設としてはバーのような小さな酒場が一つあるくらい。住人達は自宅に友人を招きテーブルゲームをするのがお決まりです。
贅沢をしようとするならば、素直に隣町へと出かけます。
「本日はどのようなものをお求めですか?」
「面白くてためになる話が良い―」
これといった目的もなく訪れているために要求は雑です。
グリンピッグに歯が立たず仲間を置いて逃げ帰り、大人しくバイトを始めそのまま就職。なんのために転生したのか全く分からなくなっている今日この頃なのです。
「面白いかどうかは好みですし。ためになる話は……大体話したと思うんですよね」
冒険者として最初に必要なグリンピッグとの戦いで必要な情報は全て話してあります。この世界の最低限の常識も教えてあるし身に付いた頃でしょう。そうなるとこの方にとってためになる話はなんなのか、難しいところです。
「じゃあ面白いの。ほら、サンディさんにとって面白いやつでいいから」
「私にとって……面白さだけなら、本格的な冒険者向けのものになるのでとても高額ですよ?」
ある種の冒険譚だったり、検証結果、ダンジョンや異界の話が頭に浮かんでいます。成功している冒険者向けの情報なので、値段も桁違いです。
「こっちの財布事情の情報もサンディさんなら知ってるでしょうよー。もっとお手頃な、最近盛り上がった話とかでいいのよ」
「最近盛り上がったお話ですか」
すぐに脳裏に浮かんだのは、一つです。
「ハーレムの話、ですかね」
サンディ自身が直接関わったわけではありませんが、盛り上がっていたのは間違いないでしょう。個室に入ってからの発言内容は分からないものの、大声を上げていたことはサンディにも聞こえていました。
「ハーレム!なにそれ、めちゃ面白そうやん!」
「でもこちらも別に安くありませんよ?直接冒険家業に関係ないのに五万もします」
毎日フルタイムで働いている方々にとっては払えない値段ではありませんが、無駄遣いにしては思い切った金額です。
「うぐぐ、雑談のために五万。ホストかなんかか……いや、恒久的なホストを手に入れると考えたらむしろお得?」
「そこまで具体的な話じゃありませんし、作れるかどうかは別の話ですけど……」
「いや、いっとこう。今のあたしには明るい話題が必要なはず!」
「えっと、一応個室行っときましょうか」
サンディもまた、父親がいる場所で話したい話題ではありませんでした。
「まず最初に、ハーレムパーティは作らないでください。入るのも止めてください」
サンディはお決まりの注意点から始めました。
犠牲になるのは男性側ですが、無意味に死人を出すのは褒められたことではありません。また、そうした歪なパーティでは得るものもどうせないのです。また、犠牲者が出ればパーティは不安定になり丸ごと壊滅する可能性も増えます。
そしてこれは、女性にとってのハーレムでも変わりありません。
男同士がプライドのため張り合ったり、逆にいじめのような形で役割を偏らせたりということが起き、犠牲が出ます。
男性のためのハーレムはこういった問題が起こる前にハーレムの主である男が死ぬことになりますが、女性側だともう少しだけ長続きしてこのような結果になってしまうのです。
「ほえー。大変なんだね」
自分にそのつもりは全く無かったのか、他人事な反応です。
特に問題が無さそうなのでサンディは続けて金銭事情によるハーレムの自然生成を話します。
「ほう、ほうほうほう!なるほど金があれば難しいことではないと。冒険者なら中級までなれればわりと現実的だと!」
「ええ、そうです。ただ……えっと、これは個人的な趣味の話も少し入るんですが」
「お、なになに?」
「それで集まる男性に魅力を感じられるんですか?自分よりあからさまに貧弱なんですよ?」
中級冒険者としてやっていける者ならば、一般人なんて平気で投げ飛ばせます。
立場も純粋な力も格下の異性を侍らせて、何が楽しいのかとサンディは疑問を呈します。
『平等で公平な世界に転生しよう!』と謳うこの世界では、男女に能力差はありません。純粋に努力の多寡で変わってきます。
男だから強くあるべき、女は優しくあるべき、なんて思想はもともとありません。でも、だからこそ配偶者に対しては男女平等に能力を求めます。"強さ"はそれだけで魅力的なのです。
しかも、転生者達が女性をお姫様扱いしたり、お姫様願望を持った女性がその思想を広めたりした結果。ますます女性は相手に強さを求めることが増えました。
「……まあ、自分より腕相撲が弱い男って少し萎えるわね」
別に筋肉ダルマを求めているわけではないのです。ただ、有事の際に自分を盾にしそうな男と一緒にいたいかというと、それは少し違うのです。
「なんかそれなら、可愛い女の子を養う方が楽しそうに思えてきたわ……そんな趣味別にないんだけど」
「実際に、そういう方もいます。……えっと、一応続き話しますね」
モンスターやクエストについての話はほとんど聞き流し、その間も女性はなにか自問自答しているようでした。
「なんにせよ、力とお金があれば大体のことを解決できるで、それを増やしておけば目標が定まったときに後悔しないかと思いますよ」
「それは転生する前からそうなのよ……」
「えと、面白い話じゃなくてすいませんでした」
「いえ……」
女性はトボトボと帰っていきました。




