第六十八話 旅路
群青色
一面群青色だった。
「ばっかやろー!タートルレイブを切り裂いてんじゃねーよ!」
巨大な亀の魔物の首筋から大量の体液が吹き出し、あたり一面群青色に染まっていた。
「勘弁してくれよ…ああ…この色と匂い、なかなか落ちねーんだよな…」
タートルレイブの首筋を切り裂いた本人は啞然として立っていた。
「…ユウジさん…余り気にしないでね…」
はい、首筋を切り裂いたのは俺で
す。
知らない事とは言え酷い有り様になっていた。
チラリとロゼを見ると、もはやホラー映画のゾンビのように顔が斑に群青色に染まっていた。
体液に染まった冒険者達に謝りまくっていたユウジのもとにジャンが近付いて来た。
(…何でこの人は無事なんだ?)
ジャンを見ると体液が付着した場所が見当たらないのだ。
「ユウジ、派手にやらかしたな」
「……ええ、勉強になりましたよ…」
体液の被害は冒険者のみならず、商隊の一部にも及んでいる。
「…ロゼ、これって水で落ちるかな?」
「色は直ぐにおちますよ……ただ、臭いは暫く…」
タートルレイブの体液の臭いは吐瀉物のように、ちょっと酸味がかった臭いがして、かなり気になる。
ロゼ曰く、消臭魔法等無いらしい…
「少し時間くうが川まで行った方が良いな。このままじゃ気分だだ下がりだからな」
ジャンのアドバイスを取り入れ、商隊は川沿いの道に進路を変更する事になった。
二時間程時間が無駄になるわけだが、色と臭いを少しでも落としたい冒険者の面々に異論など無かった。
元々、此処まで順調過ぎる程順調だったので、少しの時間ロス等問題無い…とユウジ以外の方々が言ってくれた。
有り難いお気遣いに恐縮しつつ、連続ミスをしないようにユウジは気を張る。
そんなユウジを見てジャンはニヤニヤとしていたし、ロゼはロゼで心配そうにしていた。
商隊の少し前を進んでいた偵察隊が戻って来てユウジに報告する。
「川迄のルートに問題はありませんね。魔獣の気配も無かったんですが、少し静かすぎますね」
静か過ぎとはどう言う意味かと尋ねるユウジ。
「うーん…何と言うか、静か過ぎるんですよ。今でもそうですが、ちょっと探れば色々と生き物の気配がわかるじゃないですか。それが、途中の林じゃ何の気配も無かったんですよ」
一緒に聞いていたジャンの眉間にしわが浮く。
「そりゃおかしいな。生き物の気配が無いってのは異常だな…」
この場合どう考えたら良いのだろうか?
何かしら強大な力を持った者が居着いた為、他の生き物が移動した…のならば、そんな強大な力を持った奴の気配、偵察を得意とする彼等が見落すとは思えない。
「…アンデッドが湧いてるのか?」
ジャンの呟きにユウジは目を光らせた。
アンデッド。異世界物では定番のそのミステリアスな存在に、ユウジはまだ遭遇していなかったのだ。
いや、何もアンデッドだけがミステリアスな訳ではないが、アビラスやスケルトン、リッチや吸血鬼等は異世界のお約束の筈だ。
「下級アンデッドなら手持ちの聖水で何とかなるだろ?」
「……いや、偵察隊が感知出来ないアンデッドが下級とは思えん…ここは臭いを我慢して元の道を行った方が良いんじゃ無いかな?」
確かに元の道を進めば後二日程で交易都市カナンに辿り着く筈だ。
商隊の護衛者を纏める立場のユウジ
としては、できるだけ早く商隊の進路を決めねばならなかった。
この商隊はグレイヤード王国復興に関わる任務を託されている。
普通に考えれば寄り道などしてる場合では無いのだ。
ユウジがあれこれ悩んでいる最中それは起きた。
〈ボヴァッ!!〉
前方の土が捲り上がり、スローモーションのように砂塵と砂礫が舞い上がる。
「彎月の隊形、ロゼ!商隊を中央に。防御は頼む!」
「はい」
どうやら敵は地中を移動出来るようだ。
「地中を移動出来るアンデッドとかいるんですか?」
"見たことねーが、世の中何が起きるかわからねーからなー"等とシレッと言うジャンが地中を指差す。
どうやら地中の敵は馬車を狙って移動しているようだ。
馬車を護るロゼに手合図で地中の存在を知らせる。
細かな地鳴りが研ぎ澄まされた冒険者達の感覚を刺激する。
(流石…もっともこれが分からないでは話にはならないからな)
馬車の馭者達は無闇に辺りをキョロキョロと見渡し、身を震わせている。
緊張感が最大になった辺りでユウジは自身に身体能力向上の魔法を掛ける。
神経伝達速度さえ早まったユウジの目に、ハイスピードカメラで撮った映像のように馬車の手前の地面が盛り上がる姿が見て取れる。
(何なのか知らんが、死ね!)
ユウジは地面の下の何かが存在すると思われる場所の全てを圧縮する。
これはイメージだ。
ブラックホールとかではなく、巨大な手で握るようなイメージ…
"ギーーーー"
その瞬間、川へ続く道に広がる林全体が揺れ動いた。
……まさか…
「……ジャン…あれって…」
「……ああ…理由は分からんが、林全体が魔物的な感じだな…」
ユウジが声をかけずとも、護衛の冒険者達がユウジの下に集まり対策を練る…のだが…
「あれだけ広範囲に広がってる木が魔物化してるんじゃお手上げだろ?」
「根が何処までのびてるやら…」
「大体あれはトレント的なやつなのか?」
色々雑談風味な会話をユウジの一言が止めた。
「…魔法等で全て燃やせば良いんじゃ無いかな?」
「……いや、あれ魔物だろ?…燃えるのか?」
「え?だって所詮木でしょ?生木だから燃えにくいかも知れないけど、高い熱なら岩でも燃えますよ?」
「…………………そ、そうだが…」
冒険者達の理解不能の躊躇いにユウジは首を捻るのだが、ロゼがそんなユウジに説明をする。
要するにこの世界では自然信仰が根強く残っているらしく、無闇に自然破壊する行為に抵抗があるそうなのだ。
(………まったく意味がわからん…)
人間視点だけならあり得るだろうが、この世界では人族、エルフ族、ドワーフ族、竜族……多種多様な種族が入り乱れている。
ユウジの認識では、ドワーフ等は自然信仰と言うより、たんに物を大切に尚且つ有益に使おう!って感じの種族と捉えている。
エルフと言えど、自分達の守る領域以外の事には全く無関心だ。
自然信仰とは言えない気がする。
商隊の護衛をしている冒険者は全て人族……
(…自然を大切になんて思想は人族独自の物かもしれんな…いや、そうでもないのか?……わからんな…)
「ロゼは林を燃やすの反対か?」
「私は反対しないわよ。大体畑なんて山や森を切り開いて作ったわけだし…無闇に破壊する気にはならないけど、あれは魔物ですからね」
「だよなー…」
色々考えた結果…
「撃てーーーー!!」
魔法を使える冒険者全員が遠距離から一斉に火炎系の魔法をぶっ放す。
魔物の断末魔の叫びが木魂する。
灼熱の風が去り、今は涼しい風が冒険者達を包んでいたが、やはり木々を焼き払うのに抵抗がある冒険者はかなりの数いたようだ。
ジャンがユウジの横で呟くように質問する。
「なぁユウジ。お前の故郷では、こう言う事を普通にやってたのか?」
「ジャンもですか?」
「俺自身自然崇拝とかあるわけじゃ無いが、山火事以外にこういった事に慣れて無くてな…」
この世界では自然に対して何かしらの枷のような物が有るのかもしれない。
いつの時代か分からぬ遺跡や、世界共通の貨幣等、まるで誰かが人の頭に刻み込んだような統一感がある。
ユウジは"神たま"に、こうした疑問を訪ねた事があったのだが、"神たま"達は何らこの世界の創生に纏わる事には干渉していないと返信があった。
火炎系の魔法を持った冒険者が一斉に撃ち込んだお陰で林は全焼した。
魔物の正体は分からずじまいだが、問題はないだろう。
ユウジの生きて来た世界でも、地球全体の何割の生き物をどれ程把握出来ていたのか怪しいものだ。
消し炭となった林を抜け商隊は川辺に到着する。
商談を担当する男がユウジのもとに来て、今日は川辺で一泊しませんか?と提案してきた。
ユウジが何故か?と問うと、どうやら馬車を引く騎獣が予想以上に疲れている、との事だった。
ユウジが素早くジャンを見ると肯いたので、川辺での一泊を了承した。
ユウジがロゼの下へ行くと"御苦労さまでした"と、迎えてくれた。
「人を纏めるのには慣れていると思っていたんだが…なかなか勝手が違うな…」
サラリーの部下と冒険者や商人を同列に並べるのはナンセンス(死語?)とは思うが、兎にも角にもユウジは苦戦している。
ジャンやロゼは、おいおい慣れると言ってくれるが、余り時間を掛ける訳にもいかない。
(何せ命がかかってるからな…)
河沿いに各々が張った簡易テントが張られる。
冒険者のグループ毎に特徴があり、ユウジとしては勉強になる。
冒険者達はテントに入り、新しい着替えに着替えて、川で汚れた衣類や、体液がこびり付いた防具を洗いながしている。
ユウジが張ったテントに入り、着替えたロゼが出てくると、ユウジにも着替えるように勧められた。
ユウジは着替えながらふと思う。
(…自分なら汚れを落とす魔法使えるんじゃないか?)
タートルレイブの体液で染まった脱いだ衣服を手に取り、ユウジはイメージを試みる……
汚れが付く前の状態を思い浮かべるべきか、それとも材質的な物で汚れを分離するのか?
材質的な物の場合、専門的な知識が必要になりそうなので、汚れが付く前の状態を思い浮かべる方が簡単そうだ。
ユウジは出来る限り元の状態を明確にイメージする…
手に持った衣服が淡い光に包まれる。いや、包まれたのでは無く、衣服自体が淡く発光したようだ。
徐々にその光は消え、それと共にタートルレイブの体液の色じみも、見た限り消えていた。
衣服を広げ隅々まで確認するが、何処にも汚れが見当たらなかった。
(…一応…成功だよな?…)
ユウジが成功したと確信出来ない理由がある。
つまり、今手にしている衣服が本当に元の衣服なのか判断出来なかったからなのだが、それを同じ物だと証明出来る根拠が無いのだ。
肌触りも同じで、機能も一緒なら同じで良いと言う考えもあるのだが、どうもユウジには一抹の不安を拭い去れなかった。
(………この汚れを落とす魔法は人間に使わない方が良いよな…)
人間の精神(心?)とやらが、身体の何処に宿っているのかわからない限り無闇に生物に使って良い魔法では無い気がする。
例えば事故で体のどこかしらが欠損した場合、ユウジが思うに欠損する以前の精神とは別の精神に変化してるのでは無かろうか?
変化自体が悪いのでは無いし、変化しない物を見たことも聞いた事も無いのだが、魔法と言うはっきり言ってわけわからない力で作り変えられた場合……そこまで考えたユウジは背筋に悪寒が走ったのだ。
(……魔法か、色々考える事が増えるよな……)
「ユウジさんお茶にしませんか?」
ロゼの声でユウジは手にした衣服を置いて振り返る。
優しい笑みを浮かべ、ユウジを見るロゼを見た自分のこの感覚こそが間違い無いこの世界そのものなのだろう。
考えれば考える程世界は複雑で、さりとて考えねば何も進まない…
ユウジは、まだ良い塩梅と言うスタンスに到達出来ないでいたのだ。




