第六十四話 加持①
化け物の放つエネルギーは今や空間を歪ます程だった。
(どうなってるんだあれ?)
魔法が化け物の体表面で消滅するのを見て首を捻る。
(重力的な物なのか?)
商社勤めを三十年もしていれば、それなりにキャッチーな話題にも対応を余儀なくされる場面もある。
ある…のだが、流石に重力やらなんたら理論等を、披露する程の情報をユウジは取り込んでいなかったし、その様な場面に遭遇して来なかった。
《ユウジ行けー行けー!》
フェニルがユウジに発破をかける。
(うーん……フェニルの言う通り理論どうこうじゃないよな。…為せば成る!)
ユウジはリーマンレーザーを避ける為に、以前試して意識を失った思考スピードの強化を少しづつ試している。
とは言えリーマンレーザーを転移移動無しで避けるのは不可能だった。
(……時間的に避難出来た頃だよな…)
ユウジは町を一望する。
少し前迄活気が有ったであろう町は、今やゴーストタウンと化している。
(これなら思いっきり戦える。フェニル行くぞ!)
《やれー!》
ユウジは化け物の至近にマイクロブラックホールを現出させた。
化け物を覆う奇妙な構造体がマイクロブラックホールに僅かに反応したように見えた直後にマイクロブラックホールが消滅した。
(……ブラックホールでも駄目なのか…)
この世界にあって、現代知識こそがユウジ最大の切り札でもあるのだが、ブラックホールを無効にするような知識をユウジは持っていなかった。
「……興味深い…」
フェルニエルの報告を受けたヴァルディが遠見の鏡を覗き込んで唸る。
「…ヴァルディ様、感心している場合では無いと思いますが…」
遠見の鏡の間に集まっていたキクニスが言う。
「興味深いのは分かりますが、アレは危険です。最悪我々の世界に干渉を及ぼす可能性があります」
「確かにキクニスの言う通りだが、あの者の変化のあり様は停滞した我々にとって希望でもある」
魂の形の変化は、天界に住む者にそれ程の衝撃を与えたのだ。
「しかしキクニス様。今の我々にアレを止める程の力は有りませんが…」
フェルニエルの突っ込みにキクニスは詰まる。
自分の補佐役であるフェルニエルの言葉通り現在の我々にアレを止める力は無い。
此方の手違いで魂の消滅を食い止める為に、天界に存在する全ての神力を使いレガリアの地に高階雄二の身体を作り出したからだ。
我々と言えど、一から身体を作るのは至難の業だった。
元々別の世界から魂の召喚をする為に大量の神力を使っていたので、身体を作り出した時には天界の神力は殆ど尽きていたのだ。
最近になって神力が少しづつ戻りはじめたので、短時間だけ遠見の鏡を使い、レガリアの様子を観察する事が可能になっていた。
「フェルニエルの言う通り我々には何も出来んよ…」
遠見の鏡の間に集まった者はヴァルディの言葉に肯く事しか出来ないでいた。
(…面白い事になってきたのー。停滞が続くよりは余程ましじゃ)
ヴァルディはほとほと今の停滞に飽き飽きしていたのだ。
"ブォッ"
強烈な熱が一瞬判断に遅れた雄二の左手を炭化させていた。
《グッ》
ユウジは歯を食いしばり、炭化した左手を抑えイメージすると秒で元の左手に修復される。
(不味いな…手足なら修復出来そうだが…)
もしも頭をやられたら思考が出来るとは思えない…
ユウジの中に初めて恐怖心が湧き上がった。
その恐怖心を感じたフェニルがユウジを叱咤する。
「ユウジ!気持を強く!気持ちが挫けたら終わりよ!」
フェニルの叱咤にユウジは苦笑する。
【どうした小僧。その程度で我に挑むのか?】
化け物の突然の言葉にユウジは動きを止めた。
「……お前、話せるのか…」
【何故話せぬと思う】
化け物の理知的な言葉にユウジは迷う。もしかしたら辺境伯の意識が…
「…サルモン辺境伯の意識は在るのか?…」
【我の中に記憶としては有る。しかし、魂は我としてだけ存在している】
(……つまり辺境伯は別の存在になったと言うことなのか?…わからないな…)
「…お前は一体何者だ?何がしたい?サルモン辺境伯を元に戻すことは可能なのか?」
【幾つもの質問を同時にするのは坊主の国の流儀か?】
「む……すまん…」
ジャンが隣にいれば"何化け物相手に詫びてんだ!"と、突っ込まれそうだが、礼を失したら詫びるのは俺の仕様だった。
【……まぁ良い。我が何者なのかは坊主が決めれば良いことだ。仮に我が空気だと言っても坊主は納得せぬであろう?】
「むっ…………」
「まぁ良い。次の質問の答えは、この国に蔓延る屑を消滅させるのが我の望み」
(何かもう、神に抗う人間の構図に見えなくもないな…)
特に西洋の神が人間に与える神罰を彷彿させる。
「物の良し悪しを決めるのはお前だと?神にでもなったつもりか?」
「坊主の言う神と言うのが分からんが、力あるものがそれを成すのに問題が有るのか?坊主等も魔物を殺すであろう?」
「それは……人に害を及ぼすから…」
「つまり、我が害と受け止めれば殺すのは道理であろう?」
五十年以上も生きてきて、化け物の問に答えられない悔しさに包まれていた。
中高生迄は色々な疑問等を友人達と議論してきた…答えに辿り着かない事は先送りにして、時だけは過ぎて行く。
大学では遊び回り、就職してからは仕事を趣味と言わんばかりに働いてきた。
学生時代の疑問等思い出した事等なかった。
(まさかこうなるとはな…)
【さて、最後の問に答えよう。サルモン辺境伯の魂は我と融合して、一つになっている。つまり、元の形に戻る事は無い】
「…そうか。…王は死んだんだろう?これ以上何を望む?この国は新たな者を王に据えて再建するだけだろ?」
「王だけ変わっても、屑が周りに居ては浄化したとは言えんだろう?」
(確かに…御尤も……)
【だから、こうするのよ!】
化け物の体が一際光り輝き、町並みの一部をリーマンレーザーで薙ぎ払った。
王都の町並みの中でも特に立派な屋敷が集中している区域だったようだ。
「なっ……お前の認識では貴族は全て屑なのか?」
「あの愚かな王を諌める事もせず、ただいたずらに民に苦痛を与え続けていたではないか」
「そのような貴族ばかりではないだろう!お前は力が有るからそれを成すことが出来るかもしれないが、力が足り無いものは力を蓄える時が必要だと思わないのか!」
「思わんな。力無き者がその立場にいる事自体が罪だ!」
仕事が出来ない者を重要なポストに任命するのは、確かに任命した者の責任だろう。
だがこれは、人間一人の能力云々の話ではなかろう。
王の治世の内で武力(人材、装備)や糧食、金等を揃えるだけでも長い時が必要なのだ。
ユウジの生きて来た世界では、民衆によって倒れた国もあるが、この世界では、民衆や一部の貴族が立ち上がろうと、王の武力の前では一蹴される。
国が管理する魔法師の殆どが、王宮勤めなのが武力の決定的な差だったからだ。
【さて、お喋りもこのくらいにしておこうか。坊主の中に我の同類がいたので、少し気になっただけのこと】
《あら。やっぱりバレてたのね》
フェニルの言葉と共にユウジの内部に高揚感が湧き上がってくる。
《ユウジ!こいつの言う通り、辺境伯を元に戻す事は出来ないわ。完全に一体化してる》
(そうか………仕方ないな)
ユウジの意識の切り替わりを察した化け物が再び動き出す。
会話と言うインターバルを挟んだ化け物は一段とギヤを上げユウジに迫って来る。
(外部からの攻撃は全て無効なら…)
マルガリ大坑道で流精虫に乗っ取られた騎士を葬った方法をイメージする。
突如として化け物の中心に数千度の熱が発生し、化け物を焼き尽くす…かに見えたが、なんと化け物はユウジのイメージ攻撃を避けたのだ。
(……どうやって避けたんだ…)
《ユウジ、あいつガナの揺らぎを感知してる》
(揺らぎ?)
《ユウジのイメージ魔法でも魔法が現れる前にガナの凝縮が発生するの。魔法がガナを使用してる限り凝縮は必ず起きるわ》
(……さてどうしたものか…ガナの不自然な凝縮を感知して避けたなら何回やっても結果は同じだよな…)
《フェニル、あの化け物の力の源はガナではないんだな?》
《違う。ガナとは別のもの……敢えて近いのは"血風"と言う女が使ったユウジを切り裂いたあの力かな?》
ユウジが張ったシールドを"血風"に謎の力で打ち破られた経験が蘇る。
あれは一体何なのか?
ロゼさんは血風を評して化け物と呼んだ。
あの時ユウジは血風の力をひょっとすると神の恩寵ではないか?と疑った。
神の力が使えるならば人が使う魔法の障壁くらい打ち破ると考えるのは自然だろう。
《元聖女なら神の力くらい使えるか……》
化け物の攻略にてこずるユウジは焦り始めていた。
首都マリを見渡せる丘陵の上に陣を張り、避難民の対応に追われていたメルカス伯爵が厳しい顔でマリの町を見渡す。
「伯爵、少しテントでお休みなさったほうが宜しいのでは…」
女性特有の柔らかい声に振り向くと、アネリアが心配そうな顔でメルカスを見ていた。
「いや、この程度平気じゃよ。……今マリで戦っておられるユウジ殿の事を思えば」
「……辺境伯の変わり様は聞き及んでいます。……メルカス様、実際ユウジ様は勝てますでしょうか?」
アネリアの質問にメルカスは目を閉じる。
「ユウジ殿の力は我々の想像の及ばぬ程です。…必ずや良い結果を齎してくださるかと…」
言ったメルカスの不安を如実に受け取ったアネリアはマリの町を見渡し、今尚戦っているユウジの為に祈る事しか出来なかった。
一方同性のロゼは、パーティーメンバーや騎士、マリの冒険者を集めユウジの助けになる方法を探っていた。
ロワンの率いた騎士達は無傷だが、マリの冒険者達はかなりの被害を受けていたので、回復魔法を使える者が撤退中にかわるがわる治療を続けた結果、かなりの人数が戦闘に絶えられる迄になっていた。
マリの冒険者達が現在の状況をロゼから聞いて驚いている。
「ありゃあサルモンだったのか…」
「お前、あの鎧見れば分かるだろ…」
「しかし、サルモンの野郎何であんな化け物になったんだ?」
メルカス伯爵やシレミナは、ユーリヒからの書状で流精虫の事はある程度掌握していた。
サルモン辺境伯の状況を騎士やマリの冒険者に説明するにあたってメルカス伯爵からの要望で、暫くは流精虫の事は伏せてロゼが説明をした。
魔法に造詣の深い者はロゼの説明に首を捻る者もいたが、天才リーデンス・オルタニウスの関与を匂わせた事で納得するしかなかったようだ。
「今辺境伯と戦っているのはロゼ様のお仲間なのですね?」
ゴツい体躯をしたマリのギルドマスターがロゼに尋ねる。
「はい…」 と、ロゼが静かに答える。
そのロゼの表情をじっとみてギルドマスターは深く肯くと周りにいる冒険者達に激を飛ばした。
「野郎共!今一度マリの冒険者の意地を見せる時だ!サージュの冒険者に良い所を持っていかせる訳にはいかねーと思うだろう!」
周りの冒険者が当然と言わんばかりに、ニヤニヤとしてギルドマスターを見る。
「守りは俺達に任せて貰おうか」
そう言うロワンを筆頭に騎士の一団が近付いてくる。
「だが無闇に突っ込んでも後世の笑い者だわな。その辺りギルマスに何か考えがあるのか?」
冒険者の一人がそう言うとギルドマスターは"バカを言うな"と笑う。
「そんな都合のよい策があるなら一時引くなどせんわ!」
「だろうと思ったぜ」
「集団行動は騎士の旦那達に任せりゃ良い。俺たちゃ只ひたすらに攻撃あるのみ!」
そんなマリの冒険者を見てジャンがゲラゲラと笑っている。
「いやいや、何処の冒険者もおんなじだなー」
「冒険者だしな」ボソリとバロンドが呟く。
ギルドマスターが吠える。
「防御魔法、回復の魔法を使える者は其れだけに集中しろ!防御は騎士の旦那等に任せりゃ良い。出し惜しみはするな!」
戦闘や救援に必要な物資はモーズラント商会が用意してあったので、糧食や薬の心配は何も無い。
騎士や冒険者が各々装備を整え終わっていた。
小高い丘から数千にも及ぶ混成部隊がマリを目指し歩き出す。
「我らの町を取り戻すぞ!」
戦に赴く者を見送る人々の頭は垂れ、一心に願う。
誰に? 誰にでもない。
何処に? 何処にでもない。
しかし、その思いにガナが応えるかのように勇気ある者達を包み込んでいた。




