第六十一話 暴走
王都マリ
最外周の農村部の内側に、巨大な壁が立っている。
壁の内側は商業施設等が建ち並び、その中心に外周部の壁の半分程の高さの壁が王城を囲っていた。
外周壁の見張り台の騎士が王都に迫る軍勢を確認したのが八時頃だ。
外壁守備の指揮をとっているロイドが、視界に兵団を捉えた。
「メイヤース!団長に連絡。多数の兵装をした一団が接近中……いや、待て………あの領旗はサルモン辺境伯の領旗……はて?何の連絡も無かった筈だが……とりあえず団長にサルモン辺境伯の領旗を掲げた一団が接近したことを報告してこい」
"わかりました"と返事をした騎士が石造りの階段を駆け下りていった。
少しするとでっぷりと太った赤銅騎士団長レクスターが現れ"見張り台に登るのは疲れる"等とブツブツと呟くのを見た若い騎士等が顔を歪める。
(ブクブク肥るからだろ!貴様を見てるとボールベン宰相の姿と重なって気分が悪くなる)
そう言いたくなる言葉を飲み込み、ロイドが対応を覗う。
「これは訓練の一環である。正門を直ちに開門しろ」
「わかりました……しかし、何故事前に連絡無かったのでしょうか?」
「それでは訓練にはならんだろ!緊急時の貴様らの対応も訓練のうちだ」
「了解しました!」
実際は数日前にボールベン宰相から連絡が来ていたのだが、サルモン辺境伯が来るのを直前迄漏らすのをボールベン宰相から禁じられていた…と言うのが真実だった。
流精虫
優秀な魔法師の育成の手助けをする為の道具であったが、ルーデンス・オルタニウスと言う天才によって改良された流精虫は、魔法の才能が低い人間でも超魔法師に変貌出来るのだ。
(門が開かれなくとも、門ごと魔法で吹き飛ばせば良いだけのこと)
サルモン麾下の騎士一団はマリ外周門を通り抜けていった。
外周門から続く大通りは直線の構造をしておらず、曲がりくねる様な構造をしている。
これは、当然といえば当然な道の作りだ。
町中を疾走するサルモン辺境伯は、王城を囲む壁が視認出来た時点で、自分の内に住む流精虫を活性化させはじめたのだった。
「隊長!マリが見えて来ました」
「ああ……」
副官の言葉に応えるロワンは、先程から久しく忘れていた不安感に襲われていた。
それは、初めて戦場に立った時の様な不安感……
その懐かしい不安感が蘇って来たのには意味が有るのだろうか?
「……隊長……マリから煙が……」
王都マリの中心辺りから煙は上がっていた。
(やはり間に合わんよな……)
目視出来たとはいえ、騎獣の脚を持ってしても一時間以上はかかる距離だった。
(ボンクラ共、少しは耐えてみせろよな…)
マリに駐留する騎士団には余り期待はできないが、王直轄の近衛師団はそのプライドに見合った腕前が確かにある。
だが、それでもサルモンの白麗の衣を貫く事は出来ないだろう。
近衛師団が何れ程時間を稼げるかは不明だが、おそらく王はサルモンによって弑されるだろう。
ことが及んだ後、サルモンがどの様な行動をするかロワンには読み切れていない。
(……今の不安感は多分それだな…)
敵対国マーレを引き込んだ時点で、国を思っての行動等と言う抗弁は受け容れられない。
(自害するか、誰かに討たれるか…か…)
ならばせめて旧知の俺が… ロワンは胸の内で覚悟をするのだった。
内壁の扉は閉じていた。
壁上には右往左往する見張りの騎士が見て取れ、サルモンはその滑稽さに笑いが込み上げていた。
(さて、終幕だ)
自らの指先をナイフで切り、フェイスガードを上げ、額に血を塗りつける。
ルーデンスから受け取った流精虫の封印をサルモンはついに解いた。
腹の奥から湧き上がる力。
目も眩むほどの高揚感にサルモンは包まれていた。
(……そんな門が何の役に立つか!)
サルモンの意志に応える様に流精虫が踊り狂う。
それは、魔法と言う形を取り、サルモンの前方に巨大な魔法陣を形成した。
その魔法陣を知るものが見れば一目散に逃げ出しただろう。
最高位の貫通火属性魔法ベルガ。
本来なら数名の魔法師が協力して作り出す魔法陣を、サルモンは詠唱もせずに現出させた
。
魔法陣から放たれた炎は内壁門をやすやすと貫通し、城の外壁に触れた瞬間爆発するように四方に飛び散り炎上した。
ロゼが使ったファイヤーボムの上位版と言った所だ。
「!…サルモン伯。炎の勢いで騎獣が怯えています!」
その言葉に振り返ったサルモンの顔を見た騎士達は息を呑んだ。
額に塗った血が蜘蛛の巣の様にサルモンの顔を飾っている。
「サ…サルモン伯…」
「王の首を取るのだ……騎獣等捨てて…突入!」
サルモンは騎獣から降り、崩れ落ち燃え盛る内壁門目掛け駆け出した。
サルモン麾下の騎士達も慌ててサルモンの後を追い燃え盛る炎に突入していく。
それは無限の如く湧き上がる力
万能感
何と形容しようがしきれぬ高揚感に、サルモンは自身の意志も明確に制御出来ないでいた。
"サルモン"
ああ……シレミナ…そこにいるのか?
サルモンの記憶の一部を映すように、体内の流精虫はその記憶を己の物にしながら一つの人格を形成していく。
殺す!
殺す!
殺す!
家族を崩壊させた奴
国を蝕む奴
俺を俺を俺を見下し、指さした奴
そして……俺に歯向かうお前等!
突入してきたサルモンを止めようとした近衛師団の騎士の一人が、サルモンの剣の一振りで両断され吹き飛んだ。
「!サルモン伯!これは何事ですか!」
近衛師団を率いる男が声を張り上げる。
「何事かだと?見て分からぬのか?害虫駆除をしておるのよ」
「が、害虫…我等を害虫だと言われるか!」
「いや、少し違うか…害虫の親玉に群がる羽虫か…」
「貴様!例え救国の英雄と言われる公と言えど、それ以上の侮辱は許さん!」
男の言葉にサルモンは笑い出す。
「許さぬならどうする!俺を止められるのか?」
尊大な言い様に激昂した近衛師団の騎士がサルモンに斬りかかる。
サルモン麾下の騎士達も近衛師団に向け剣を抜き放ち前進していく。
「サンジェル!直ぐに各騎士団に連絡!」
「わかりました」
近衛師団を束ねる男の命令を受けた騎士が直ぐに走り出し、緊急用の魔導具を作動。
城を囲む様に幾つもの青白い光の柱が立ち、シールドの魔法が張られた。
それを見たサルモンがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「馬鹿共が…そんなシールドが何の役に立つ……ん?」
何かに気付いたサルモンがそれに視線を向けると、視線の先に人影が現れた。
漆黒の鎧の騎士。
「ほう…竜星衣か、王自ら先陣に立つか…面白い!」
「ほう、この場が先陣とな?お主如きが儂に歯向かうと?辺境暮らしが長くて頭が腐ったかサルモン!」
視界から突如として消えた王が、サルモンの背後に現れ剣を薙ぎ払う。
サルモンは真横に吹き飛ぶが、膝を着くことも無く体制を整えた。
「ほう…流石白麗の衣じゃ。この剣では傷もつかんか」
王は手にした剣を投げ捨て、その両手を天に翳す。
「万物を統べる我が神 その偉大な御心をして我に破壊の剣を与え給え」
身に纏った竜星衣から黒い炎の様な靄が吹き出し、天に翳した王の両手の間に剣の形をとる。
「成る程……噂には聞いてはいたが、それが龍神刀か…」
竜星衣は龍神ドーラが脱皮した殻から作られたと言う逸話がある。
この地に昔から信仰される龍神ドーラを崇めたドーラ教の教本の中に記された逸話。
今では龍神ドーラを崇める者は少数だが、今でも残る古い信仰の一つだ。
竜神刀は、その一振りで山をも断ち切ると言う。
「……くっくっくっ…その様な物で我を傷付けられると?」
「……お主、本当にサルモン伯か?」
近衛師団とサルモン配下の騎士達の乱戦の中、ガナの圧力がサルモンを中心に巨大な渦状に広がりはじめていた。
メーガン伯爵邸の中庭にユウジ達はいた。
「メーガン伯爵。ユーリヒ様。私達はこれで御暇します。ユフェリア様、余り時間を取れなくて御免なさい」
ロゼの言葉にユフェリアはゆっくりと首を振る。
「そんな事は気になさらないで…それより…ご無理なさらずに…」
そう言ったユフェリアがユウジを睨みつける。
「…今ひとつ納得行きませんが、ロゼお姉様が選んだ殿方……絶対ロゼお姉様を御守りしなさい」
なかなか高圧的な物言いだが、サラリーを長年勤め上げてきた経験上、この手の物言いに免疫ができている。
「当然守りますよ。ユフェリア様には貴族として、この国の行く末をお気になされたほうが良いかと。王都は多分酷い有り様になっていると思いますから」
ユウジの言葉にメーガン伯爵とユーリヒが息を呑む。
「マルガリ大坑道での一件で、特殊な流精虫の使い方をマーレ軍は試してきた……予想ですが、サルモン辺境伯も流精虫を宿している可能性があるでしょう。メルカス伯爵から聞いた白麗の衣だけなら現地に向かったロワンと言う騎士に渡した剣で対応可能だったのですが…」
「ユウジ殿の見立てでは王都の状況はまずいと?」
ユーリヒが真剣な眼差しでユウジに質問する。
「流精虫が宿主の意思を飲み込んだ場合……破壊しか無いでしょうね。俺も、あの流精虫の事を把握しきれていないので、どう言う行動をするかは不明なのですが、人間に気遣う流精虫では無いと思いますよ」
「……最悪王都が消え去る事態もあり得るのかな?」
メーガン伯爵の言葉にユウジは肯いた。
「…メーガン伯爵。仮に王都が瓦解したとして、速やかに国を建て直す算段は出来ていますよね?」
「………準備は出来ておる…隣国に付け入る暇など与えんよ」
ユウジが肯きロゼ達を見渡す。
「さて、行きましょうか。最悪の場合ロワンさん達だけでは荷が重すぎでしょうからね」
「おお。伝説の転移魔法を経験出来るんだ、期待しか無いな」
ジャンの言葉にユウジは苦笑いを浮かべた。
「それ程特別な感覚は無いですよ?」
最後に伯爵やユーリヒ達に一礼して、ユウジはイメージを固めて行く。
忽然と消えたユウジ達を見送ったメーガン伯爵が、深い溜め息を吐いたのだった。
オオオオオーー
王都マリの中心から獣のような雄叫びがあがった。
脂ぎった顔に玉の汗を垂らしながら、その男が振り返る。
「な…何だ今の雄叫びは…」
外壁を守護するレクスターは王都中心に立ち上がった魔法障壁を唖然として見上げる。
「あのよ……王城を護る障壁が起動してんだから緊急事態なのは分かるだろ?早く門を開け!」
ようやく到着したロワン一行は外壁で足止めされていたのだ。
「し、しかし……軍隊をマリへ入れるにはボールベン宰相の許可が…」
(どうしてこんな無能に権限を与えるんだ?見て緊急事態だと、わからないのかこいつは?)
「時間がない!押し通るぞ」
ロワンの怒号に顔を青くするレクスター。
「な、何をする気か!反逆罪になるぞ」
「喧しい!何をするかだと? こうするんだよ!」
ロワンは腰の剣を抜き放ち、ガナを剣に流し込み下段から振り上げる。
巨大な光刃が放たれ、分厚い外壁門を消し飛ばしたのだった。
「な!」
レクスターはその光景に腰を抜かし、逃げるようにジタバタと短い手足を動かしている。
(……こりゃあ…一度大掃除しなきゃこの国は駄目かもな……)
ロワン一行は外壁門を突破してガナの渦巻く王城へと突き進むのだった。
「お主……サルモン伯か?…」
青黒い体毛で覆われた巨大な猿人の口元がニヤリと釣り上がる。
濃厚なガナの影響か、周りの騎士達は誰一人立ってはいられなかった。
竜星衣の能力か、唯一人化け物の前に立つ王に向かい化け物はゆっくりと近づいて行く。
(滅べ!滅べ!滅べ!)
サルモン辺境伯の意識は化け物の中に有るのだろうか?
人工流精虫を作り出したルーデンスでさえ、明確には答えられなかっただろう。
「化け物になってまで王位が欲しいかサルモン!」
王の怒声を無視するかのように近づく化け物に向かい、王は竜神刀を振り上げるのだった。




