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第六十話 輪舞曲


 何万と言う馬蹄(ばてい)の重々しい地響きが、明け始めた農村に響き渡る。

 首都マリを中心に、放射状に整理された外周の農村地帯の住人達は、その音に驚き、木窓を薄く開け外を伺う。

 街道を疾風の如く駆け抜ける騎士の軍勢を見て不安になるも、領旗がサルモン辺境伯の物とわかるとホッと胸を撫で下ろした。

 サルモン辺境伯は、謀反を起こし、国を混乱に陥らせた王弟ジェラードを討ち取った英雄。

 その話は広く大衆に広がっている。


 「はて?それにしてもサルモン辺境伯様は何を急いでおられるのだろう?」


 東雲(しののめ)に染まる街道を急ぐ騎士を見た領民は、ただ首を撚るだけだった。

 


 

 サルモン辺境伯率いる騎士団に遅れる事四時間。

 ロワンを先頭に、サルモン辺境伯の軍勢に追い付かんと疾走していた。


 「隊長!追い付くと思いますか?」

 「………多分無理だな…」

 「そうですか……また国が荒れますね」

 

 若い副官の言った言葉は、間違いなく起きるであろうこの国の未来だろう。

 サルモン辺境伯の軍勢が強襲すれば、首都マリに駐留する御飾り騎士団等 何の役にも立たないのは、ロワンが実際自分の目で見た印象だった。

 

 サルモン辺境伯の今の行動も、ひょっとするとジグスタン伯爵やメルカス伯爵の手の平の可能性にロワンは思い立った。

 サルモン辺境伯によって国を解体させた後シレミナ様…もしくはアネリア穣を立てて王国を立て直す……だとしたら、ロワンに与えられた軍勢や、腰の剣を託された意味が分からない。

 ひょっとすると、サルモン辺境伯が軍勢を分ける事も伯爵等の読みの範囲なのかもしれない。

 

 (だとしたらサルモン……お前の私怨…利用されてるかも知れんぞ…)


 サルモンの剣が国王の首を刎ねる前にロワンが阻止した場合、メルカス伯爵やジグスタン伯爵からロワン自身が疎まれる可能性もある。

 

 (………宮仕えは宮仕え…だ…な)


 ロワンの脳裏にメルカス伯爵の横に立つ少年の冒険者の姿が浮かぶ。


 (……冒険者か………俺にも出来るかな……)


 長年自分に付いてきてくれた部下をほっぽりだし、嫌になったから辞めるとは言えない自分の性格をロワンは自覚している。

 それは精神的な疲れから来る弱音だと自ら叱咤し、サルモン辺境伯を追うのだった。

 

 

 「やはりサルモン伯は軍を分けたか……」

 

 執務室の椅子に座り、部下から報告を受けたメルカス伯爵は深い溜め息を一つ吐いた。

 十三年前。サルモン辺境伯がジェラード王子を裏切ったあの日から、メルカスはサルモン辺境伯の過去を事細かく調べ尽くした。

 王弟への恨み、元来サルモン伯に身に付いていた正義感……

 其れ等を精査すれば、今回の事態は予想範囲だった。

 この国を変える為に、サルモン辺境伯には踊って貰うしか無い…。

 

 「…シレミナ様。宜しいのですね?」


 執務室のソファーに座るシレミナにメルカスが確認する。


 「構いません。サルモン伯がマーレ軍を引き込んだのは事実です。……サルモン伯も、生き残る気が有るとは思えませんし…」

 

 実際シレミナ様の心境は複雑であろう。

 それは十三年に起きた事件とは、また違った心境なのだろうとメルカスは察する。

 サルモン伯の過去を調べれば、シレミナ様との関係は露わになる。

 当時のジェラード王子の苛烈な罵倒…その後のサルモン伯爵家への嫌がらせはジェラード王子が仕込んだのは明白だった。

 ジェラード王子の為人はともかく、現国王の圧政よりはましな統治をするだろうと、当時のメルカスを含む諸侯は、ジェラード王子に陰ながら支援していたのだ。

 

 (……サルモン伯の心境はわからんでも無いが、マーレを引き込んだのは悪手だ…お主の真意何処に有るのだ?サルモン…)


 グレイヤードと言う国を、再び覆うで有ろう混乱を素早く納めなければ他国の介入を許しかねない。


 「ではシレミナ様。アネリア穣と共に王都マリへと向かいましょうか」


 サルモン伯爵の言葉にシレミナは静かに肯いた。



 

 「俺達と一緒に来た騎士達は、ユウジの作った亀裂の近くに簡易砦を建設中だ。俺等は勝手に戻ってきたが、良かったのか?」

 

 ジャンの報告を聞いたメーガン伯爵やユーリヒは複雑な表情をしていた。

 この場の誰もが感じた巨大なガナの圧力。

 そして、ユウジ・タカシナと言う冒険者が作った、巨大な亀裂の詳細を聞くに及んで、言い様のない恐怖のようなものを感じていたのだ。


 それはユウジ自身、ユーリヒやメーガン伯爵の表情を見れば読み取れる程だった。


 巨大な力を持つ者はその力故に恐れられるのは、ユウジの生きて来た世界でも同様だ。

 人は力に憧れ、力に恐怖する…


 「ユーリヒ殿」

 「は、はい」


 ユウジの言葉にユーリヒが慌てて返す。


 「今回のゴタゴタ、モーズラント家に関わる様なので俺は手伝いました」

 

 ユーリヒはゆっくりと肯く。


 「モーズラント家の一件が落ち着けば、俺とロゼさんはシレミナ様が提案してくれた隣国、タティラ共和国へ向かいます」

 「あ、俺も行くぜ」

 「え!ジャンさんも来るんですか?」

 「何だ?俺がいちゃあ邪魔か?」

 「いえ…」

 「まぁ別にお前等の邪魔をしよーって訳じゃ無いが、ユウジのパーティーだと結構面白い事が起きそうだしな……調べるんだろ?リーデンスの事を」

 「……ええ…」

 「バロンドは……無理だよな(笑)」

 

 ジャンの言葉にボリボリ掻きながらニヤリと笑う。


 「女房はともかく、ガキが未だ小せーからな。確かにユウジと組むのは魅力的だが、すまんな」


 ジャンが手をヒラヒラと振る。


 「つー事だユウジ」

 「多分血風やリーデンス本人が絡んで来る可能性有りますよ?」

 「そんな事は重々承知だ。俺自身タティラ共和国に行って見たいと思ってたからな」

 

 ユウジがロゼを見るとロゼが微笑みながら肯く。

 

 「メーガン伯爵。あの亀裂は簡単に渡る事は出来ないと思います。俺達は自由に動きますが、構いませんね?」

 

 メーガン伯爵は肯く。


 「君等のお蔭で血が無駄に流れず感謝しておる。君等は冒険者だ、当然自由に動けば良い。君等への報奨は最大限出すとしよう」

 「では、一つ教えて欲しい事が」

 

 ユウジの目はメーガン伯爵を射貫くように鋭く輝く。


 「……何かな?」

 「今回のシナリオの事です」

 「むっ………それはどう言う意味かね…」


 隣に座るロゼが心配そうにユウジを見つめる。


 「俺が遭遇したモーズラント家の馬車襲撃、それに連なる数々の流れを見れば、あまりにも出来すぎてる。…と言うより、俺からしたら下手な三文芝居程度のシナリオだと感じてるんですよ」

 「…………………………」

 「まぁ、俺は冒険者ですから政治的な事に首を突っ込む気は無いんですが、……一つ伺いたいのは、メルカス伯爵はともかく、シレミナ様はこの三文芝居を初めから知っていたんですか?」

 

 余りにストレートな質問にメーガン伯爵は狼狽えている。


 「………ユウジ殿。その質問には私が答えましょう」

 

 声を発したのはユーリヒだった。


 「お祖父様から、もしもユウジ殿から今の様な質問が有れば、包み隠さず話して良いと言われていました」

 

 どうやらメルカス伯は、今回の事件についてユウジが疑問を持つと読んでいたようだ。


 「今から話す事は、貴方がたから見れば下らない事かも知れませんが…」


 十三年前に起きた王弟の反乱は、王子ジェラードが矢面に立たずとも、何れは起きる反乱だった。

 現王の治世の在り方には大貴族からも不平不満が上がる程だった。

 

 「ユウジ殿はサージュの町や、このモンタスの街しか見ていませんよね?」


 ユーリヒの質問にユウジは肯く。


 「このモンタスの街の様に、他国と交易が有るような所は別ですが、お祖父様が治める領地等は、国へ納める税を払えば飢餓寸前になります…」

 「それ程の重税か……」

 「はい。先代のアトール王の時代は良かったのですが……」

 「だが、実際サージュの町は見た限り苦しい暮らしをしてはいないよな?」


 今まで黙っていたメーガン伯爵が口を開く。


 「モーズラント家のおかげじゃよ……国へ納める税の半分をモーズラント家が担っているんじゃ」

 「は?……モーズラント家って商会ですよね?…いくらなんでも…」

 「…モーズラント商会は税を免除されておる」

 「…………何故です?シレミナ様が元王族だからですか?」

 「……シレミナ様の二女であらせられるアネリア様は、ベルモンド王とシレミナ様の間に出来た御子だと噂されておる」


 ユウジは頭痛を覚えた。

 ライトノベルにも書かれないドロドロ展開過ぎないか?

 いや、もしかしたら腐女子を自称する女性の愛読書にはありふれた展開なのかもしれないが、あまりにも生臭い話だ。

 確かに、貴族や王族の間で近親婚があるのはユウジが生きて来た世界でもあった事だし、神話の中にもゴロゴロと書かれている。

 だが、アネリアの年齢から逆算すると……


 ユーリヒが一つ咳をする。


 「……実際そのモーズラント家の財力によって、辛うじて各領地は生き延びているんです」

 「つまり、昔も今もいつ反乱が起きてもおかしく無い状況って理由か…」

 「はい、十三年前に起きたジェラード王子の反乱を阻止したサルモン伯は、窮地に立つ貴族からは…と言うより全貴族からは迷惑を通り越して害悪でした」

 

 だろうな……

 

 「そもそもサルモン辺境伯は何故ジェラード王子を裏切ったんだ?」


 ユウジの質問にロゼやジャン、バロンドもユーリヒの返答に注文する。

 ユーリヒは少し躊躇いながらもサルモン伯とシレミナ王女の過去の経緯を話した。


 話を聞いたロゼは静かに目を伏せ、バロンドも口を真一文字にして腕を組んだ。


 「だがよ、サルモンの野郎が過去の復讐を十三年前に果たしたとして、今回マーレを引き込んで騒動を起こす理由が分からねーな」


 ジャンの当然な質問を受けユーリヒが躊躇いながらも応える。


 「…これはあくまで私個人の考えなのですが…サルモン伯はマーレと何らかの取引をしたんだと思います…」


 「そりゃあ何だい?」

 「例えば、国土の一部移譲とか」

 「で、サルモンの目的は?」

 「現王の排斥…と、……あくまで想像ですが、シレミナ様…と、言うよりアネリア様の即位かと…」


 だろうな… ユウジにもサルモン伯の過去を知った時点で、想像出来たシナリオだった。

 だとすれば、サルモン伯の目的を推測した時点で伯と共闘出来たのではないだろうか?

 

 「共闘は出来なかったのか?」

 「サルモン伯とですか?…無理ですよ。十三年前のあの裏切りは諸侯の記憶に新しい出来事ですから……何万と言う兵士が亡くなったんですよ?今更サルモン辺境伯と共闘とかあり得ません!」


 メーガン伯爵の目にも鎮痛な想いの影がよぎっていた。


 「……なるほどな。何となく事の流れは理解した。んじゃ王の首が落ちた時点でサルモン辺境伯を討つのが理想的な流れなんだな?」


 ジャンの言葉にメーガン伯爵が慎重に肯いた。


 「ユウジ、どうする?貴族のシナリオに乗って俺達も踊るか?」

 「……そうですね…長引けば被害が拡大するだけでしょうし……少し気になる事も有るので我々もマリへ向かいましょうか」

 「間に合わない気もするけど…」


 ロゼの言葉にユウジはニヤリと笑う。


 「大丈夫。モーズラント家の馬車襲撃場所迄は一瞬で転移出来るし、そこからは方向さえ教えてくれれば見える範囲まで転移して進めるよ」

 「………そうね、ユウジさんなら出来るわね……」

 「出来るってんなら良いじゃないかロゼ。転移とか御伽話的魔法を体験出来るんだぜ?」

 「確かにそうだな」


 バロンドが肯く。


 ユウジはメーガン伯爵とユーリヒを見て口をひらいた。


 「俺達はマリへ向かいます」と。


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