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第五十九話 激突


 「ユウジ!何してる!ボサッとするな!」


 ジャンの怒鳴り声で止まっていた俺の時間が流れ出した。


 俺は数歩下がりながらロゼさんを護る位置に立つ。


 (あの男…本当に長峰なのか…何百年も生きてるって話が本当なら…)


 俺と長峰が転生した時代自体違う事になる。

 この世界で、リーデンス・オルタニウスとして長い時を生きて来た彼には、俺が想像もできない程の苦労もあっただろう。

 だが、もしも彼が俺達の敵になったなら俺はどうする…


 (……話し合いが出来る状況か?…)


 「…長峰!今は引いてくれないか?」


 ユウジの提案。…長峰の表情に一瞬悩む色が見えた。


 「………残念ですがそれは出来ませんな。…部長こそこちら側に来ませんか?」

 「……………………」


 長峰は暫し天を仰ぎ見る。


 「儂にとってこの戦い、マーレの勝利に終わって貰わねば困るんじゃ」

 「……何故だ?」

 「……帰るんですよ元の世界に」

 「まさか……出来るのか?…いや…しかし、仮に戻れたとしても長峰雅史は死んだことになってる筈だろ?」


 ユウジの疑問に長峰が薄く笑った。


 「何故死んだと断定出来るんじゃ?行方不明かも知れんだろ?それに、こちらの時間と元の世界の時間の差等、分からぬであろう?」


 長峰の言うことは正しい。


 「……何故マーレに味方する、長峰…」

 「元の世界に帰る為に、ガナに一時的な負荷が必要なんじゃよ…簡単に言えば数万単位で死者が出る事象じゃ」

 「なんだと……長峰…正気か!」


 長峰はゆっくり瞼を閉じる。


 「部長。貴方は元の世界に帰りたく無いのか?…儂は帰りたい!」

 「だからと言って……」

 「部長……儂にとってはこの世界、夢幻と変わらんよ」

 「……………………」


 ユウジの事情を知っているロゼが、心配そうな表情を見せる。


 俺はロゼさんに視線を移し、笑みを見せる。


 (……長峰…お前の気持ちわからんでもないが、俺にとってこの世界は夢幻ではないぞ!)


 「……長峰。お前の望みはわかった……だが、今引くわけにはいかないな」


 リーデンス・オルタニウスの表情が強張った。


 「そうですか……ならばあなたは儂の敵じゃな!」


 リーデンスの体から強力なガナの圧力が、四方に放たれる。


 「リーデンスの相手は俺がします。他の方は血風を留めておいて下さい」

 「わかった!任せろ」


 (!上か!)


 ユウジが防御壁を張るのと同時に、大気を震わし幾筋もの雷が降り注いだのだった。



 

 「バロンド!ロゼ!波状攻撃を血風にかけるぞ!奴に技を出させるな!」


 バロンドは血風の視線を大盾で隠すように突進していた。

 血風の技の本質を理解出来てはいないが、前回の経験から血風が認識したものしか被害が出ないのに気づいたバロンドは、視線を大盾で隠す事にしたのだ。

 特に今回の盾は、ユウジが謎の魔法付与を施した謎盾だ。

 謎の魔法故、一抹の不安が付き纏ってはいるが、前回のようにボロボロにはならない公算が高い…気がする。

 バロンドの後方からジャンが左右にブレるような動きで血風に向かい鋭い針を投げつける。


 「嫌ね、性急な男は嫌われるわよ?私くらい良い女だから相手してあげ!!」


 強大な圧力を感じた血風が横に素早く移動すると、血風が立っていた大地がべコリと円形に凹んだ。


 「厄介よねその魔法……」


 血風がジャンの針を避けながらロゼを睨む。

 チラリと視線をリーデンスに向けると、そのリーデンスは青白い光を纏いながら全身から雷を放っていた。

 それを受ける冒険者の少年の体の周りには、真っ黒な何かが幾つも漂い、リーデンスの雷を呑み込んでいた。

 

 自分も大概化け物の自覚はあるが、リーデンスと少年程人外では無い気がしてならないのだ。

 特にあの少年が発している、気分が悪くなるような、ガナの高密度な圧力は、少年本人から発している。


 つまり、少年が内包しているガナの量が人の領域を遥かに超えているとしか思えないのだ。


 (……リーデンス…その辺りの事ちゃんと理解出来てるんでしょうね…)


 血風から見て、あの少年の異常さはリーデンスを超えている。

 次第に激しくなるリーデンスの雷撃に対して、少年の表情が次第に無表情になって行くのを見て血風は胸騒ぎを覚えるのだ。


 

 紋様を刻み込んだだけの流精虫の能力では、扱えるガナの量に限界がある。

 元々ガナ操作が出来ないリーデンスにとって、魔法を使う唯一の手段を自ら開発したが、完成形には至っていなかったのだ…が、眼の前に立つ少年(部長)の中にいる流精虫は血風の言う通り、完成形なのかもしれなかった。


 それにしても…例え流精虫が完成形だとしても何かがおかしい。

 それはガナの流れが少年の中から湧き出しているようなのだ。

 リーデンスが知る限り、人が体内に保有できるガナの量はそれ程多くは無いのだ。

 故に大きな魔法を使う為に、体外のガナを使う技術が必要なのだ。


 だが、どうだ。眼の前いる少年はどう見ても体内ガナだけでリーデンス(長峰)の魔法を防いでいる。


 (部長…あなた何をした?)


 長峰は、過去に経験したことがない焦りに包まれていた。



 

 リーデンスの雷撃を受けながらユウジは考えていた。

 

 (何となく分かる。長峰の力の限界が…)


 フェニルが教えてくれる。

 長峰の身体の中にいる流精虫の存在…

 それは、ゲダの中にいた流精虫に似た波動を発してはいたが、憎しみや怒りの様な感情は一切感じられないとフェニルは言う。

 

 (…多分…流精虫に複雑な紋様を刻み込んでるんだろうね…)


 僅かにだが、同類を憐れむような感情が感じられ、ユウジは唇を噛む。


 「……今はこの場をどうするか…だな…」


 姿形は変わったが、間違い無くリーデンス・オルタニウスは転生した長峰雅史だろう。


 血気盛んな三十代の自分なら、敵対する者に対しては容赦無くやり返したし、場合によっては二度と反撃出来ない状況に相手を追い込んだ事もあった。

 長峰雅史と言う人間の性格にもよるが、転生前の記憶を持ちながら、別の世界で生きるのを苦痛と感じる人間もいるだろう。

 ユウジの場合それを苦痛と感じなかっただけで、長峰雅史と言う男は果たしてどうなのか?

 元の世界に帰る為なら、どんな犠牲も厭わない心境に、ユウジは程遠かったのだ。

 

 (……だがな長峰……俺もお前同様我が儘なんだよ)


 ここで引くわけにはいかないし、当然知った人間に傷ついて欲しくはなかった。


 (だからよ長峰……すまない!)


 俺はフェニルにイメージを与えながら、自分自身でガナ操作を行う。


 (ガナ操作のやり方は分かっている。後はぶっつけ本番で出来るかどうか…)


 ユウジの周りに浮かんでいた幾つもの吸収体は突然リーデンスの雷を跳ね返した。


 「ぬう!」


 跳ね返された雷をリーデンスは避けながら自身の周りにシールドを張る。

 その直後リーデンスの直上から巨大な口径の光の柱が突き立った。


 リーデンスのシールドは光の柱が発する熱を何とか防いでいた。だが、ユウジの周りに展開していた吸収体が、間髪入れずにリーデンスのシールドに張り付く。


 リーデンスは、同時に二つの魔法を繰り出したユウジの力に悪寒が走った。


 (ぐっ……部長…ズルいですよ………何で儂には……)


 リーデンスは自分のシールドを爆発させる様に消滅させた瞬間、数十メートル後方に転移した。


 光の柱は、リーデンスが立っていた地面を瞬間に蒸発させ、巨大な火柱が天高く立った。

 降り注ぐ溶解した瓦礫がロゼが張ったシールドに当たり弾かる。


 直ぐ様ユウジは、リーデンスが転移した方向にマルガリ大坑道で放った波○砲をイメージした攻撃をする。


 強力なガナの集中がユウジの全面に現れた瞬間、リーデンスは咄嗟に上空に転移。


 ユウジの全面から伸びるその巨大なエネルギー波は、長峰の記憶にもある昔のアニメのそれに似ていた。


 (何てことしやがる!現代兵器じゃ無くアニメですか!)


 はるか彼方まで伸びる光の渦は上空に転移した長峰目掛け振り上げられた。


 (ま、まさか!波○砲じゃなくてイ○オンソードか!)


 長峰雅史には到底真似できないフィクション物のオンパレードだ。


 エネルギー波を操作しながらユウジは、フェニルに当初放つ予定の魔法のイメージを渡す(・ ・ ・)

 

 フェニルは大気中のガナを集約させ始める。


 「ジャンさんバロンドさん下がって下さい!」


 ユウジに言われるまでもなく、ジャンとバロンドは後方に下がった。

 相手をしていた血風もユウジに集まるガナの圧力に身の危険を感じ後方に転移した。


 フェニルが操作したガナ集中の圧力は実際目で見える程に高密度になっている。


 大地と大気が振動する。

 上空にあった雨雲はその圧力で霧散していた。


 チリチリと大気が音を発した瞬間、空間が断裂した。

 それは刹那の出来事だった。


 ユウジ達の前方に巨大な破れ目が現れ、その底は視認できない程だ。

 出来上がった割れ目は、その始まりさえ分からぬ程彼方まで続いていた。


 何とか空間の断裂から逃れた血風の横にリーデンスが上空から降り立つ。


 「…ねえ…あの坊やあんたの知り合いだったの?」

 「……うむ…」

 「あんたも大概だと思ってたけど、あの坊やは更におかしいわ…」

 「……うむ……まさか部長がアニメ好きとは想像出来なかった…いや…最後のあれはあのゲームの技では…」


 アニメとは何だ、ゲームとは何だと突っ込む気力も、今の血風には無かった。

 長大な割れ目の上空に色とりどりのオーロラが現れる。


 それはユウジ達とマーレ軍を分け隔てる壁のようだった。




 モンタスの街の住人は東の空に浮かぶオーロラを見てどよめいていた。

 ガナ操作の得意な人間は、少し前に感じたガナの圧力をモロに受け、未だに冷や汗をかいていた。

 


 「……お父様。先程のガナの圧力を感じましたか?」

 

 真青な顔色のユフェリアがドアを開け、執務室に入って来るなり言う。


 「……ああ、わかっておる…」


 執務室には父親のメーガン伯爵の他に、ユーリヒと護衛のグレイズがいた。


 ユフェリアは少し顎を引いて父親に尋ねる。

 

 「……あのガナの圧力に心当が有るのでしょうか?」


 ユフェリアの質問にユーリヒが答えた。


 「……多分……いや、間違いなくあのガナの圧力は、私の護衛をしていたユウジ・タカシナが発した物でしょう…」

 「………あれを人が起こしたと?…」

 

 ユーリヒがゆっくりと肯いた。


 その後暫くメーガン伯爵の執務室は沈黙が漂うのだ。

 誰もが想像出来ぬ、そして想像を遥かに凌駕した力に、言い表せぬ恐怖のような感情を湧き上がらせていたのだった。

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