第五十八話 邂逅
激しい雨音に重なるように地鳴りのような音がする。
「ロワン隊長。本当に来ましたね……メルカス様の読みが当たりました」
部下の言葉に肯きながら、ロワンは直ぐに指示を出す。
(出来れば降伏して欲しいが……無理か……)
兵数で有利な軍が降伏をする等有り得ないからだ。
ましてや兵を率いるのがサルモン辺境伯なら尚更だろう。
ここで食い止めなければ、首都マリ迄数日…。
(首都の奴ら……この状況に気付いて無いとは……)
メルカス伯爵やジグスタン伯爵が、隣国の侵攻を首都に報告していない可能性が多分にある。
間違いなく何かしらの政治的思案が働いて居るのは間違い無いだろう。
(……サルモン……別にお前が動かなくても王家は滅びるかもしれんぞ?)
「ロワン隊長……」
青銅騎士団で、長くロワンの副官を努めていた騎士がロワンに報告する。
「近付いてくる敵の数が少なすぎます」
「なに!どう言う事だ」
「事前の斥候の報告では、二万五千強だと聞いていましたが、どう見ても…一万位かと……」
ロワンは息を呑む。
「まさか……兵を分けたのか?」
「多分……近付く集団の中にサルモン辺境伯の姿は、見当たらないそうです……」
(やられた!…どうする?…流石に自軍を分けるわけにはいかない……か)
ならば…あの冒険者が付与した武器の魔法で……素早く殲滅するしかない…
【ロワン隊長。この剣に付与する魔法はかなり危険な魔法です。使う場合、相手との距離に注意して下さい…】
その冒険者の少年は、厳しい表情を浮かべながら、ロワンに説明した。
【出来れば使わないで勝てれば良いのですが…】
地上に堕ちる太陽の様な魔法……
誰も見たことがない様な狂える魔法だと少年は言った。
「全軍密集体形!防御魔法を付与された盾を掲げろ!今から極大魔法を撃つ!」
魔法付与された騎士が全面に立ち、盾を掲げ魔法を発動すると、巨大なシールドが構築された。
「全軍目を閉じろ!」
ロワンは腰に吊った剣を抜いて天に掲げる。
敵軍との距離は1キロメートにも満たない近さだ。
(すまん!俺が死んだら地獄で詫びよう)
ロワンがガナを剣に流し込む…
近付く敵軍の頭上に太陽が現れた。
それと同時に、ロワン率いる軍を覆っていたシールドが暗く遮光する。
それは正しく太陽だった。
暗く遮光したシールドのお陰でロワンはそれを見る事が出来たのだ。
全てが消えてゆく…死者を天に送る炎等、歯牙にかけない光景だった。
シールドを僅かに貫通した予熱がロワンの頬に微かな痛みを与えたが、火傷になる程では無い。
シールドの外側に生い茂っていた木々も消し飛び、広大な土地がむき出していた。
中心となった場所は、地面が抉られたように数百メートルの幅の窪みができ、溶岩のように真っ赤に溶けている。
若い兵士が嘔吐している。
(あれでは遺品も残らんな……あの少年、なんて魔法を……いや、それを聞かされていて使った俺の責任だな…)
湧き上がる嘔吐を抑え込み、ロワンは全軍に指示を飛ばす。
首都マリへ!
(多分間に合わんだろう……だがサルモン。私怨の始末はつけなきゃな…せめて顔馴染の俺が……)
俺もお前もどうせ地獄行きだろうよ…
ロワン率いる軍はサルモン辺境伯を追い、首都マリを目指し進軍するのだった。
「どうしたロゼ?」
ロゼは立ち止まり東の空を見つめている。
「今、東の空が光ったの……同時に多くの命が消えたわ…」
「……つまり伯爵の予想通り二面作戦って事か。サルモンの野郎は山脈ルートで首都を落とすつもりだな」
ジャンの言葉にロゼが首を振る。
「私が気になったのはそこじゃ無いの。一瞬、一瞬で多くの人が亡くなったのよ…」
二人の会話を聞いていた俺が軽く咳をする。
「あー……それは多分、ロワンさんが極大魔法を使ったんだと思う…」
「え?ロワンってあの青銅騎士団のロワンだろ?そいつ魔法使えるのか??」
「いえ……実は…」
俺はユーリヒ様の依頼でサージュの町に戻った際、兵力差がある戦いを余儀無くされるロワンに、魔法付与した武器や防具をメルカス伯爵の許可を得て授けた事を話した。
「……どんな魔法を付与したんだよ…」
ジャンの目が鋭い。
「……盾にはシールド系の魔法を付与して……一部の剣にファイヤーボム系の魔法を…」
「それだけじゃねーだろ」
「………ロワンさんの剣だけに強力な攻撃魔法を…」
「……何の魔法を付与したの?」
ロゼが恐る恐る聞いてくる。
「何の…と言われても困るんだが、……地上に太陽に匹敵する熱を発生するって魔法だけど…」
「太陽って……じゃあ東の空が光ったのって、その魔法…」
「多分ロワンさん、使ったんだろうね。ロワンさんには、その魔法が発現した場合の被害も説明してある…」
ジャンが腕を組みながらユウジに質問する。
「どの程度の威力なんだ?」
「…中心から1キロメート四方は熱によって完全に消滅します…溶けた大地が広がるだけです」
ジャンの顔がひきつる。
「…じゃあ敵は骨も残さず全滅か…」
「でしょうね……メルカス伯爵から聞いたロワンと言う人物の為人を聞いた限りでは……多分使わないんじゃ無いかと思ってたんです」
「…そうか……その魔法を使わなければならない事情があったんだろうな。自ら大量殺戮を好む奴なんて、そうはいないからな…」
俺には日本と言う国に使われた、ある兵器の知識がある。
敵国は、その兵器が及ぼす被害を承知で使ったのだ。
兵器を使った理由が"大量殺戮が好きだから"だとは思いたく無い。
「その魔法は何回も使えるのかしら?」
ロゼの質問に俺は首を横に振る。
「いや、極大魔法は一回限りだよ。ロワンさんに渡した剣には複数の魔法の効果を付与してあるんだ。サルモン辺境伯の持つ白麗の衣に対抗する為の魔法もね」
ジャンが呆れた顔をする。
「あの白麗の衣に対抗できるってか……」
「…防御にせよ攻撃にせよ、ガナを使用した作用なら多分無効化出来ます」
「…それって…魔法が意味をなさなくなるって事じゃ……」
ロゼが厳しい顔で俺に尋ねる。
彼女の心配は当然だろう。魔法使いが、魔法を無効化されたら用無しになりかねない。
「無効化出来るのはガナ操作力が相手の力を上回っている場合だけだから、ロゼさんが心配する必要は無いと思う。……ただ、ガナ操作力が低い魔法職の人には……」
「……ユウジさんは魔法無効化を広めるつもり?」
俺は首を横に振りながら笑う。
「無い無い。人の取り柄をわざわざ潰す仕組みを広げるつもりは無いよ。……ただね、技術はいづれ誰かが考えつくからね」
「……そうよ…ね…」
"おめえは心配はねーよ。将来ある若者が助けてくれるって"等と言うジャンを軽く睨むロゼ。
ユウジがユーリヒ・ラジェ・メルカスに提案した作戦はメーガン伯爵によって了承された。
伯爵自身、敵へ夜襲をかける用意をしていたようで、ユウジの作戦が失敗する事も考慮し、待機していた兵員から六百名を引き連れる事になったのだ。
【……敵軍だって偵察隊を出してるだろうに…気付きますよね?】
【まぁ、そうだな(笑)だが、こんなもんだよ貴族ってのは。この夜襲だって、戦力差があるから実行しただけだぞ?】
【そうなんですか?】
【当然だろ。あいつら騎士なんだから、正々堂々が奴等の矜持だからな】
【…………成る程…】
先頭を歩くユウジが歩みを止めるのを見た後続の兵士が、一斉に歩みを止めた。
隣国の兵とモンタスの町の中間。
ユウジは振り返りロゼさんに合図を送る。
「魔法を使います。騎士の方々は頭を低くして盾を構えて下さい」
ロゼの言葉に騎士達は素直に従う。
シールドの魔法をロゼが掛けるのを見たユウジは精神を集中する。
(フェニル。良いか?)
(大丈夫よ!ユウジのイメージは間違いなく現出するわよ)
片手を高く上げユウジはイメージ通りゆっくりと手を下ろす……
その瞬間。ユウジに向かい、何らかの圧力が襲った。
「な!何だ!」
(ユウジ!ガナの流れを妨害されたわ!)
(何!)
ユウジは辺りを素早く見渡すと、前方に広がる低い丘陵の頂きに、雨曇の暗い空よりも真っ黒な影が立っていた。
「どうしたユウジ?」
異常に気付いたジャンが低い声で聞いてくる。
「……魔法発動を邪魔されました……どうやらあの方のようですね」
ジャンとロゼは、ユウジの指し示した丘陵の頂きを見た。
「いやいや、余りにデカいガナ圧を感じて見にきたのじゃが……」
年齢不詳の声がユウジ等に届く。
雨雲が切れたのか、先程まで降っていた雨も上り、ムッとした草木の香りが辺りに充満している。
「…案外アッサリと出会えるものよねー。あんたの悪運って尋常じゃ無いわよね」
丘陵の頂にもう一つ影が現れ、先に立っていた影に語りかけたその声は、ユウジの記憶にある声だった。
"血風"
厚い雲間から僅かに差し込んだ月明かりに照らされ、ユウジ達の目に映ったのは妖艶な女と、少し痩せ型の三十代後半位の男だった。
「珍しい所で出会ったな血風。逢引中かい?」
ジャンがゆっくりとロゼさんを護る位置に移動しながら、軽口を投げ掛ける。
「あらあら誰かと思えば……そちらこそ大勢引き連れて…夜半のピクニックにしては少し物騒な物ぶら下げてるわね」
ジャンと血風の探り合いを尻目に、血風の横に居た男がユウジを見ながら口を開く。
「おぬし。……そこの少年。お主の名前は何と言う」
「……人に名を尋ねる前に自身の名を名乗るのが礼儀だと、誰からも教わらなかったのか?」
ユウジの返答に男は喉を鳴らして笑う。
「おお、これは失礼した。儂の名はリーデンス・オルタニウスと言う商人じゃ」
リーデンス・オルタニウス
「まさか!……本物か……」
「……本当に本人なのですか?」
ジャンの呟きとロゼさんの質問を聞いたその男は深く肯く。
「まぁ、にわかには信じて貰えんだろうがな……そこにおるのはキュイラスの娘じゃろ?お主がまだ四歳頃にお主の自宅で顔を合わせた事があるのだが、覚えておるか?」
「……確かにリーデンス・オルタニウスに会ってるわ……でもその時のオルタニウスは……」
ロゼの戸惑いにその男が笑う。
「おお、そう言えばあの時は七十辺りの姿形をしておったから戸惑うか?」
男はまた喉を鳴らして笑った。
「姿形などいくらでも変えられるわい。……さて、少年。そろそろお主の名を聞かせてくれぬか?儂は名乗ったぞ?」
何か危険な感覚にユウジは囚われていた。
果たして自分の名を告げて良いものなのか……
「……ユウジ…」
ユウジの名を聞いた男は小首を傾げた。
「ユウジ……珍しい名だが、姓は無いのか?」
「……ユウジ・タカシナだ」
男の表情が固まった。
「ま……まさか!……ユウジ・タカシナだと……」
何だ? この男は俺を知ってるのか?
男は額に手を宛て少しの間沈黙する。
「驚いた……長く生きてきて、これ程驚いたのは初めての経験じゃよ……のう、高階部長」
久しく聴いていなかった自分の呼称に俺は息を呑む。
(何だ?……何故こいつは俺を部長と呼ぶ?)
「部長。私です……長峰雅史です」
その男の言葉に、俺はただ絶句するのだった。




