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第五十七話 前日


 「……俺たちゃ土竜(もぐら)かよ…」

 

 若い兵士が呟く。


 「仕方無いだろ……まぁ確かに騎士の俺達がこんな穴蔵に潜んでるこの状況には、俺も思うところがある…」

 「だろ?………でも、まぁ仕方ないんだろうな」


 そんな若い兵士のやり取りを聞いていたロワンも溜息を吐いた。


 王都マリに近いロシャは、どんな事情か、領地を護るための騎士の数が圧倒的に少ない。

 多分に前(十二年前)の反乱の教訓を踏まえ、近くの直轄領以外には、大きな軍事力を置くのを恐れた国王の策であろうが……

 

 ロシャ領は八年前に起きた戦火で首都そのものが壊滅し、領主も戦いで命を落としていた。

 現在はトーンヘルブ領主、ジグスタン伯爵がロシャ領を管理しているものの、現在のロシャ領に住む領民はごく僅か、と言う有様だった。


 (あれから八年も経ってんだから何とかしろよ……)


 軍事力強化に躍起になっている、国王に思うところがあるロワンが顔を(しか)めるのは、当然と言えば当然だろう。


 ロワンは目を瞑り腰に下げた何の変哲も無い剣に手をやる。


 覚悟を決め、メルカス伯爵に自分自身の進退を委ねたのだが、何の処罰も言い渡されない代わりに今回の任務だ……

 八年前の再現を危惧したメルカス伯爵から、侵攻してくるであろう敵を食い止めるのが、伯爵から受けた任務だった。

 ただ、今回の侵攻にはサルモン辺境伯が関わっているのは、偵察隊の報告からわかっていた。

 現在サルモン辺境伯率いる軍勢は、ロシャ北西 シュプダ丘陵を超えた辺りを首都を目指して進軍している。


 メルカス伯爵から預かった約三千の騎士と、トーンヘルブ領主ジグスタン伯爵から預かった騎士八千。

 サルモン辺境伯率いる軍は約二万五千……


 (……分が悪いな……後はこの剣頼みか……)


 倍する戦力を引っくり返すであろう力が、ロワンの下げている何の変哲も無い剣に込められている……はずだ…


 メルカス伯爵に今回の任務を受けた際、戦力差があった場合の切り札として授かったのが、腰に下げた剣だった。

 

 任務を受けた際、その少年は静かな佇まいで、メルカス伯爵の横にいた。

 一見して冒険者と分かる外見をしていたが、この状況で伯爵の傍らに居るのだから、只者では無いだろうとロワンは推測した。

 

 「さてロワン。任務に割ける人数が、今回圧倒的に少ない。それに加え、サルモン辺境伯が指揮を取っている可能性が高い」

 「………………」

 「兵数、サルモン辺境伯の白麗の衣……厳しい状況だが、その状況を引っくり返す事が可能……らしい」

 「らしい……とは?」

 

 ロワンの疑問を当然と肯いたメルカス伯爵が、隣に立つ少年をロワンに紹介する。


 「儂の横に立つ彼は、ユウジ・タカシナと言う冒険者だ」


 伯爵はロワンが肯くのを確認して、話を続ける。


 「彼は少し特殊な能力を持っている」

 「特殊……」


 ロワンの眉間に、皺が寄るのを見た伯爵が溜息を吐いた。


 「うむ……いや、この際はっきり言うと異常な能力の持ち主じゃ」

 「…………」


 メルカス伯爵から紹介されたその少年こそが、(ひが)の戦力を覆す切り札だった。

 

 付与術(エンチャント)…と、その少年は自分のその能力を説明した。

 剣や盾、その他の道具に魔法の効果を付与する能力らしい。

 道具に魔法効果を付与する技術は、天才リーデンス・オルタニウスが発明した文様術式が有名なのだが、この少年は紋章や文様を刻まずに、物に魔法の効果を与える事が出来る。

 それも、メルカス伯爵が説明するには想像を絶する程の威力の魔法を、複合的に付与出来ると言う。

 ロワンの背筋が凍る。

 紋章の発見によって、道具に様々な魔法効果を持たせる事が出来たが、攻撃魔法のような複雑で強力な術式は不可能だったのだが、リーデンスと言う天才によって、第三位魔法程の攻撃魔法を紋様と言う技術によって可能とした……のだが、大群を蹂躙(じゅうりん)するような……例えば王宮魔道士だったキュイラスが得意としたグルジアスや、他の範囲魔法のような第四位を超える術式を刻む事は出来ない筈だった。

 

 (…それが可能なら……)


 元々戦闘に役立つ魔法を行使出来る者の数が、圧倒的に少ない。

 ゆえに、国に高待遇で迎えられるのが一般的だ。

 リーデンス・オルタニウスの業績によって、ぎりぎり中級魔法を実戦で使えるようになったのだが、伯爵の話をそのまま信じるなら……


 

 

 ロワンの頬を撫でる風に、雨の香りが混じっている。


 「ロワン隊長。こりゃ、一雨きますね」

 「ああ、嫌な感じだな」


 (……サルモン……お前にとっては、これが必要なんだろうな……だが悪い。お前の目的が何であろうが、俺は潰す)


 メルカス伯爵から紹介された冒険者によって、ロワン率いる騎士達の装備には魔法効果が付与されている。

 その多くは防御に特化した魔法なのだが、ロワンを含め数名の騎士の剣には、馬鹿げた威力の魔法が付与されている。


 (下手したら、俺達だけで国を落とせそうだな…)


 ポツリポツリと雨が降り出す。


 (これから起きる惨劇を雨が洗い流してくれると良いんだが…)


 ロワンは薄暗い天を仰ぎ見るのだった。




 「そうですか。貴方がたが力を貸して頂けるなら、とても心強い限りです」

 

 ユーリヒ・ラジェ・メルカスはユウジ達に頭を下げる。

 それを見たロゼが慌てたのは当然だろう。


 「頭をお上げ下さいユーリヒ様。我々は冒険者です、いちいち貴族が頭を下げていては…」

 「いや、貴方がたの力を借りられるのは、万の兵を得たも同然ですから」


 それを聞いたジャンが意地の悪い笑みを浮かべる。


 「だがよ、俺達はロゼが言ったように冒険者だ。騎士と違って勝手に動くから、余り期待はしないでもらいたいな」


 ジャンの言葉にユーリヒは深く肯く。


 「了解しています。我々も冒険者にあれこれと命令する気など有りませんし…大体命令を聞くとも思っていません」

 「あっはっはっは。分かってれば結構結構」

 「……しかし、わざわざそれを言いに来ただけとは思えませんが…何か別の要件がおありですか?」


 ユーリヒの疑問にユウジが口を開く。


 「ユーリヒ様。今回の敵国の侵攻に対して、俺が初手を勝手にうっても良いですか?」

 「……それは、ユウジ殿がマルガリ大坑道で使ったような魔法をうつと言う事ですか?」

 「全く同じ魔法では無いのですが、敵の侵攻を止める事が出来るかもしれません」

 「………そんな事が…」


 ユーリヒが息を呑む。


 「マルガリ大坑道で使った魔法を撃てば、確かに敵を殲滅する事は可能でしょうが、俺は進んで大量虐殺をしたいとは思いません…」


 ユーリヒが慎重に肯く。


 「ですから、敵軍と我々の間に魔法で巨大な亀裂を作ろうと思ってます。マルガリ大坑道へ続くあの峡谷程の」


 それを聞いたユーリヒの表情が強ばる。


 「……そんな事が可能なのですか?…」


 いきなりユウジの体からヒョイと流精虫が飛び出し、例の妖精の姿になりながらユーリヒの眼前に浮かぶ。


 「可能も可能。ユウジに出来ないことは無いわよ!」

 

 ドヤ顔の流精虫の言葉を聞いて、何か疲れたようにユーリヒが溜息を吐いた。


 「…なにか……もう魔法とかのレベルではない気がするのは、私だけでしょうか…」

 「あー……それは多分誰もがそう思うから気にしない事だな!」

 

 ジャンの言葉にロゼとバロンドが何回も肯く。


 「……そうですね……峡谷程の亀裂を作るとなると、メーガン伯爵と話をしなければなりませんね…わかりました。直ぐにメーガン伯爵に話を通します。この場でお待ち頂けますか?」


 ユウジ達は肯く。


 「あー、出来れば茶とかじゃ無くて、もう少し気の利いた飲み物が欲しいな」


 ジャンの軽口にユーリヒが微笑む。


 「分かりました。用意させましょう」


 そう言うとユーリヒは立ち上がり、部屋を後にした。

 

 

 部屋を後にしたユーリヒは後に付き従うグレイズに顔を向ける。


 「グレイズはどう思う?」


 ユーリヒの言葉にグレイズは素直に答える。


 「ユウジ殿なら可能でしょうな……まぁメーガン伯爵様が信じるかどうかはわかりませんが……」

 「……………………」

 「ユーリヒ様がお気になさるのはユウジ殿の力の事ですかな?」

 「……………………」

 「前にも話しましたが、ユウジ殿の力は異常です。ですが私供ではどうにも出来ませんな」

 「そう、我々はあの大坑道でユウジ殿の魔法の痕跡を直に見たから納得もする……だが、他の者はどうだろう?」


 ゴツい顎に手をやりグレイズが少し思案する。


 「あの場にもし私がいなければ、俄には信じないでしょうな……」

 「だろうね。そういった者が悪戯にユウジ殿にちょっかいを出さねば良いのだが」

 「メーガン伯爵がそうすると?」

 「………どうかな…そうならねば良いが……」

 「ですな……下手をしたら国が無くなりますから…」


 ユーリヒは憂鬱な気分のままメーガン伯爵の執務室へ向かうのだった。

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