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第五十六話 歩む者



 「そうか、最悪の事態は避けられそうだな…」


 部下の報告を受けたメーガン伯爵は、その細い顎を撫でながら考え込む。


 「あの、実はもう一つご報告がありまして…」


 有能な部下の躊躇うような声に眉を顰め、伯爵は部下を見る。


 「実は…敵陣本隊にリーデンス・オルタニウスの姿があったと報告がありまして……」

 「何?……リーデンスとはあのリーデンスか?」

 「はい。私も初めは信じられなかったので、直接確認しようと潜入したところ、普通にリーデンス本人が出歩いてました…ザイルバーン王子と血風と一緒にでしたが…」

 「成る程……リーデンス本人に間違いないのか?」

 「多分…間違い無いと思われます。血風やザイルバーン王子からリーデンスと呼ばれていました」

 

 メーガン伯爵は目を瞑り考え込む。


 ある意味伝説的な…偉人とも言わる人物が何故マーレ王国の前線に居るのか?

 リーデンスの過去の逸話に、戦に

加担した事実は無いのだ。 


 「魔笛を使った作戦を中止した原因に、リーデンス殿が関わっているとなると、何が目的であろうな……」

 

 モンタスの街に変化があった訳では無い…………いや、まて。

 あるではないか、ユーリヒ殿の訪問と言う要因が。

 元を辿ればモーズラント家の馬車襲撃からだが、ユーリヒ殿の考え(メルカス伯爵の)通り政治的行動だろう。

 だが、政治的な事象にリーデンス殿が関わるとも思えない。

 

 「しかし、そもそも何者であろうなリーデンス殿は」

 

 伯爵の疑問に答えるように部下が口を開いた。


 「私の見た感じ……人間種と変わりはありませんでした。見た目の歳は40歳程でしょうか……かと言って妖精族や魔人族のような特徴も有りませんでした」


 伝説的な男は不死者なのだろうか?


 リーデンス・オルタニウスがこの世に生を受けたのは今から数百年も前の話だ。


 「……いづれにせよ、リーデンス殿が敵に与してるとなると色々面倒だな……」

 「……我々はあのリーデンス・オルタニウスと戦う事になるのでしょうか?」


 戦功が有るわけでは無い男…だが、数々の偉大な逸話を残す天才……


 「…さてな……だとしても負ける訳にもいかんだろうよ。ユーリヒ殿とも

話さねばならんな……」


 メーガン伯爵は窓辺から街の灯りを見て目を細める。


 (この灯りを途絶えさす訳には決してせぬぞ)





 「ねえ、今更なんだけど…あんた自身が戦場に出る必要あるの?」


 血風の顔を不思議そうな顔でリーデンスは眺める。


 「…お前さん、前からそんな性格だったか?」

 「?」

 「いやなに…どちらかと言えば、他人の心配などする人間には見えなかったからな…」


 リーデンスの疑問にイネイラは言葉を詰まらせた。


 「心配などしてはいないわよ…ただ、あんたの考えが理解できないだけよ。」

 

 イネイラの言葉にリーデンスは少し考え込む。


 「以前お主から聞かされた、儂と似た名前の少年の事が気になってな…ひょっとしたら儂と同郷…同じ境遇なのかも知れんからな……」

 「……別にあんた自身に興味がある訳じゃ無いんだけど…あんた本当に何者なの?」


 イネイラの質問にリーデンスは目を閉じた。


 「先程話したであろう。異邦人…いや、異世界人と」


 後方から声が聞こえ、慌てて振り返ると、そこにはザイルバーン王子が立っていた。


 「いきなり話に割り込んですまんな血風よ」

 「……いえ…王子はリーデンスの事をどの程度知ってるんですか?」

 「リーデンスが俺に話した事が真実なら、彼は間違いなくこの世界の人間ではない」

 

 イネイラが首を横に振る。


 「よく分からないわ。さっきの会議では突っ込まなかったけど……転生は分かるけど異世界って何?」

 「元々お前は教会で育てられたんだよな?神が居るのが前提なのなら、神の住む世界があって当然だとは思わんか?」


 ザイルバーンの言葉にイネイラは溜息を吐く。


 「あのね……そりゃあ教会の一番偉いやつは神が実存すると本当に信じてるかもしれないけど、私の育った教会では神が本当にいるなんて誰も信じてはいなかったわよ?」


 イネイラの言葉にザイルバーンが逆に驚く。


 「なんだと………では奴らは何を主張しているのだ?」

 「理想じゃないの?」

 

 ザイルバーンの狼狽える姿にリーデンスが笑みを浮かべる。


 「ザイルバーン。お主はそれで良い……それこそがお主の良い所だからな」

 「ちっ、お前に言われても嬉しくねーや。」


 (この二人…随分仲が良いわね…)


 どのような経緯で、この二人が出会ったのか…


 「……先程話した事が儂の全てだよ。儂はこの世界とは別の世界で生活をしていた。婚約者がいて、結婚式の日取りまで決めていた……儂の上司と務め帰りに酒を飲みながら、上司に結婚式の仲人を頼んでいた途中どうやら意識を失い、気付けば少年の体になっていた…それも、見知らぬ場所でな」

 「…………………………」

 「お主等には信じられんだろうが、儂の住んでいた世界は魔法や魔獣等いない世界だったんじゃ。お主等のように剣を振り、戦っていた時代も昔はあったが、儂の生きていた時代ではもっと厄介な武器が発明されていたんじゃ。人が瞬く間に数千の鉛の玉を発射する武器や、それ一つで街が消滅する武器とかな…」

 「……なにそれ……頭おかしい世界ね……」

 「……儂もそう思ってたんだが、この世界の魔法も、大概頭がおかしいと思うぞ?」

 「言っておくけど、街を消し去る様な魔法なんて、御伽話くらにしか無いわよ?」


 イネイラの言葉にリーデンスが首を振る。


 「いやいや、確かに今までは無かったのかもしれんが、ギリヤ王国は一夜にして消滅したじゃろ?」

 「あれは原因不明でしょ?あれが魔法のせいだと…………あんた何か知ってるの?…」

 

 イネイラの厳しい視線を浴び、リーデンスが頭をかく。


 「うーむ…あれは儂の魔法の失敗じゃ。ちょっと実験がてら、紋章術式に流精虫からの力を流し込んだら吹っ飛んでしまったんじゃ。」

 「!…………信じられない男ね…」

 「魔法なんて物がある限り、元の世界もこの世界も余り変わらんよ…」


 「それで、あんたと同じ境遇かもしれないあの子を、気にしてるって訳ね……流精虫も定着してるし……確かに危険ね……」

 「俺もリーデンスの話を聞くまで攻める気満々だったんだがな…」

 「今回の遠征…お主は乗り気では無かったのじゃろ?」


 リーデンスの言葉にザイルバーンは腕を組み、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


 「まぁな……国内情勢の問題もまだ解決せねばならんことが多い。……父上がサルモンの甘言等に耳を傾けなければ……」

 「大変よね王族も。私みたいにフリーなら気が楽で良いわよ?」

 

 イネイラの言葉にザイルバーンが鼻白む。


 「確かにお前のように生きるのも良い。しかし、お前一人で何か大きな事を成すことが出来るのか?」

 「……さぁね……男の夢とやらには余り興味無いわね。基本的に男と女の目指す所って違う気がするわ」


 リーデンスがイネイラの顔を見ながらニヤリと笑う。


 「ひょっとしてお主、子を産みたいとかの願望があるのか?」

 「な!……」

 

 珍しく狼狽えるイネイラの表情を見た二人の男は、互いに顔を見合わせ、込み上げる笑いに堪えていた。

 


 

 (フム……長峰雅史と高階雄司。この二人が出会う事で、世界が変わるのか変わらぬのか興味深いの…)

 

 ヴァルディは、先程報告に来たキクニスの報告内容に注目していた。


 彼等が存在していた元の世界にガナの反応が……


 流精虫と言う予想外の存在が影響しているのだろうか?

 レダイアと言う世界に、長峰雅史を送り込んだのは我々の勝手な都合だ。

 進化も退化も無い、思考の迷宮から我々が抜け出す為のちょっとした試し……

 

 (……長峰雅史や高階雄司が我々の身勝手な行いを知ったら……)


 ヴァルディの波動が震える。

 それは恐怖なのか歓喜なのか? 肉体を持たぬ彼等の内面など知る由もない。


 ヴァルディは思い馳せる。

 長峰雅史と高階雄司の邂逅を。

 我々にも想像出来ぬ、真なる神への手掛かりを……




 

 「……ねぇ…それは何?」


 倒木の上に腰を下ろしているリーデンスが、右手に持った小さな金属板を触ってる。


 「これか?……これは神と連絡出来る魔導具じゃ」


 リーデンスの人を馬鹿にした答えにムッとするイネイラ。


 「あのねぇ、答える気が無いなら、そう言ってよね」

 「別にお主を馬鹿にしたわけでは無い……正確に言えば神を名乗る者と連絡可能な魔導具じゃよ」

 「………本気なの?」

 「いたって本気じゃし、正気じゃな」

 「………あんたって本当に何でも有りよね…」

 

 イネイラの正直な感想を聞いたリーデンスは、目を閉じ首を横に振った。


 「そうならば、何れ程良かったか……さて、儂も明日に備えて体を休めるか」


 そう言い残し、リーデンスはあてがわれたテントに戻って行った。

 

 イネイラの頬に生暖かい風が触れる。


 (いやな風ね……)


 突如湧き上がる不安感にイネイラは包まれ、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。


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