第五十五話 望む者
らしくない。
全く"らしくない"とイネイラは目の前のザイルバーンを見詰める。
彼女が知るザイルバーンと言う男は、智略と勇を兼ね備えた男で、ホイホイとその場の気分で一度決めた事を変える男では無いはずだった。
どうやらその認識は、老将軍ランテレスも、苦虫を噛み潰した様に腕を組んでる事で分かる。
イネイラはチラリとザイルバーンの隣に立つ人物を睨む。
一体いつ王子と懇意になったのか。
そこに立つ人物は、小綺麗になったリーデンス・オルタニウスだったのだ。
ランテレス将軍が閉じた目を開け、ザイルバーン王子に疑問をぶつける。
「ところで王子、王子の横に立つ御仁は何者ですかな?」
ザイルバーンはニヤリと笑う。
「リーデンス・オルタニウス…お主もこの名は聞き及びあろう」
「……王子……御冗談を…」
「ランテレス、何をそんなに驚く」
ザイルバーンの言葉に、言い返そうとしたランテレスは"はっ"としてイネイラを見て押し黙る。
「そう言う事だランテレス。不死であるか分からぬが、長寿で有ることは間違いない。この世には"エルフ"などと言う種族もおるからな」
「…………………」
ザイルバーンはぶっきらぼうに頭を掻き説明を続けた。
「まぁ、ぶっちゃけ言うと、リーデンスには以前からちょいちょい知恵を借りててな」
「成る程……王子の知恵の秘密は理解した。だが、一度決めた作戦を変更する理由が解りませぬな…」
ザイルバーンは少し目を閉じた後、口元を歪める。
「まぁ、興味さ…本当は俺自身が確かめに行きたいんだがな…」
「興味……それはイネイラが報告した冒険者ですかな?」
ああ、とザイルバーンが肯く。
(……わからんでもないが…お立場があろうに…)
自身の性格がザイルバーンに似てる為に、王子に対する思いは自身に言う言葉なのは、十分理解しているランテレスだった。
王子の作戦変更は老将軍にとっては願っても無いのだが、魔笛を使った作戦を部下に公示した手前、はいそうですか と、唯々諾々受け入れては、部下の信頼を損なうと言うものだ。
「オルタニウスが言うには……少し信じ難い話だが、冒険者の一人、そいつは我々を一瞬で滅ぼしかねない力を持っている可能性がある……らしい」
ランテレスとイネイラがアングリと口を開いて驚愕する。
「ば、ばかな!」
ランテレスは、吐き捨てる様に言ってはみたが冷や汗が背中を伝っていた。
「………ねぇリーデンス。あなたそれ本当なの?」
イネイラは直接リーデンスの顔を見て、質問していた。
リーデンスがチラリとザイルバーンを見、王子が肯くのを確認すると、その口を開く。
「流石にこれから話すことは、ここだけの物にしたいからね…」
リーデンスは素早く音だけを遮断する結界を張る。
それを見たランテレスが驚く。
「お主……魔法を使えるのか!聞いた話では…」
リーデンスが少し照れた様に笑う。
「ええ、僕にはガナ操作の才能なんて有りませんよ……残念ですが」
「?………そう…やっぱり流精虫使ってたんだ……」
イネイラは同類相憐れむといった目をリーデンスに向ける。
「止めてくださいよイネイラさん」
「……さん?」
余りの驚きにイネイラは、膝の力が抜けそうになり蹌踉めく。
自分の事を、"僕"と言った時に違和感を感じでいたのだが、いよいよ持って気持ちが悪い程、紳士的なリーデンスなのだ。
「一応断っとくが、オルタニウスがこれから話す事は他言無用だ」
ザイルバーンが厳しい顔をするのを見て老将軍とイネイラが肯いた。
「僕の本名は長峰雅史……この世界の人間では無い」
オルタニウスの事を、化物呼ばわりしていたイネイラでさえ、予想出来ない一言からリーデンスは切り出した。
今から約二百六十年前にリーデンス・オルタニウスは別の世界から転生した。
転生は、元々この世界に生きていた少年の体に、意識が定着したかたちらしい。
体の弱いリーデンスは、何等かの事情で死ぬ運命だったのだろう。
自称神と名乗る者に、別の世界から意識だけを死んだリーデンス・オルタニウスと言う少年に定着させたのだ。
「…………………………………」二人は沈黙して聞いている。
リーデンスが、元いた世界の詳しい話をするごとに"この男、気狂いでは"と言う不安が胸に去来していた。
数百メートルもある建物が立ち並び、空を飛ぶ鉄の乗り物や一撃で数百万人を殺せる武器……
誰がそんな妄想を信じるのか。
「……王子はオルタニウス殿の話を信じられたのか?」
「私とて、ある意味凡庸な人間よ。芸術等も理解出来ぬ程にな……だがなランテレス。オルタニウスの知識は間違いなくこの世の知識では無い……」
ザイルバーンが世界を知るために、父王からの指示で様々な国を見て回っていた少年期に、パレモラ神聖国で出会ったのだ。
野心持つ少年と化物……
「二人が僕の事を信じるかどうかは問題では無いんだ。……問題はイネイラの言っていた冒険者の一人…流精虫を身に宿した少年」
「……何者ですかな?」
ランテレスの問にリーデンスがニヤリと口角を吊り上げた。
「多分……僕と同じ世界から来た転生者だよ」
(!…そう……あの子、こいつと同じ化物だったんだ……)
イネイラは対峙した記憶にある、少年の姿を思い浮かべる。
(モンタスの街でも出会ったわね…ふふっ、何かキュイラスの娘とおままごとみたいな事してるみたいだったけど……)
リーデンスの話を全部信じたわけでは無いが、ある程度の信憑性は有るだろうとイネイラは思っていた。
(権力欲も無い様なこの男が、嘘をつく理由が思い浮かばない……と、なると…)
「イネイラは理解してるだろうが、ガナ操作が出来ない人間でも、流精虫を体に埋め込めば、魔法を使う事が出来る…完全に流精虫と人間の共生が出来たなら、人間の想像力そのものが、魔法と言う形で発現することになる」
「……それはつまり、考えただけでその通りの魔法が撃てるわけか?」
ランテレスの質問にリーデンスは静かに肯く。
「問題は冒険者のその少年が、僕のいた世界の人間であった場合、さっき話した一撃で数百万人を殺せる魔法を、イメージ出来る可能性があるってことなんだ」
「……それは…恐ろしいな…」
ランテレス腕を組んで渋い顔をする。
「その少年を追い詰めては危険だと言う事だよ…もっとも、元の世界でどの程度知識があったか?ってのにもよるけど、何れにしろ危険は犯したくないだろ?」
「そういう事…一つ聞くけど…あなたの中の流精虫は完全体なの?」
「残念だが、君と同じ刻印を刻んだ流精虫だよ。君のよりは進化した程度だけどね。何れ完全体を作るつもりだけどね…」
「………結局、あなたの目的は何なの」
イネイラの言葉にリーデンスは静かに答える。
「当然……元の世界に帰るんだよ」
ああ…何となく分かっていた。リーデンスの望みに、イネイラは自身の過去を思い出し目を伏せた。
(帰るべき場所か……)
ザイルバーンが椅子から立ち上がる。
「魔笛を使わないのは以上の理由からだが、リーデンス自身が、その冒険者に会ってみたいらしい。私としても物騒な人間が、この世界でウロウロされては、きがきでは無いからな。まぁリーデンス個人には、何も思う所がないが、危険なのは事実だ」
「まぁそうだろうな」
ザイルバーンとリーデンスが笑う。
そんな二人を見てランテレスは肯き、イネイラは目を伏せ、何事かを考えているのだった。




