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第五十四話 過去


 巨大な(そり)の長い列が雪原を進んでいる。

 巨大な橇を引いているのはローゾと言う象の様な生き物だ。

 

 「このまま進めば午後には雪原を超えられます」


 狐顔の男が鎧の男に報告すると、蒼白い鎧の男が肯く。

 白麗の衣と呼ばれるフルプレートアーマーを着込んだ男が、フェイスガードを跳ね上げ前方を睨む。


 視線の先には丘陵があり、そこを超えればロシャの西北にある、タクラの町が見えるはずだ。


 ジグスタン領とサルモン領の間には、巨大な山が立ち並んでいたが、サルモンは雪が残る山を越え、ジグスタン領のタクラに、あと一歩の所まで迫っていた。


 そのタクラからグレイヤード王国のマリ迄二日で侵攻可能だ。

 王都に駐留する騎士団八万の半数は、ボールベンの策略で北方のカナンに訓練と称して王都を離れている。

 

 (……王都の腑抜けた騎士等恐るるに足りぬ)


 サルモン辺境伯の目には既に勝利が見えていたのだった。サルモンの目にはだが……




 (勘弁してくれ……)


 王都マリからサージュに進軍した青銅騎士団は、今はロシャを目指して進軍していた。

 青銅騎士団を率いるロワンは、何故か三千の騎士を引き連れ進軍をしていたのだ。

 

 ボールベン宰相の命令を無視して、ロワンはメルカス伯爵に今迄の経緯を話した。

 ボールベンの下に居ても、何れ破滅しか待っていない予感がしたロワンは、公明正大なメルカス伯爵に、自身の命と引き換えにしても、部下の命と名誉だけは保証して貰うつもりだったのだが……


 メルカス伯爵もシレミナ様もロワンの責任を不問とした。


 (王家縁の者を、命令とは言え襲った俺が、お咎めなしとは…)

 

 だが、ロワンにすれば、余りにも早い事態の流れに、ただ流されている己が滑稽に見えるのだ。

 マーレ王国の侵攻が、近々あるだろうと予想はしていた。

 

 (だからって…敵にも等しい俺に三千近い騎士を預けるかね…)

 

 ロシャに援軍を送るのはわかる。モンタスの状況を説明されたロワンは、八年前に起きたシュプタ丘陵の戦いを思い起こしていた。

 マーレ王国は厳しい山岳を乗り越え手薄なタラクへ攻め込んで来たのだ。

 戦火の爪痕は重くタクラは今でも廃墟の町である。

 

 (…仮にマーレが八年前と同じような二面作戦をするなら…)


 だが、しかしとロワンは考える。

 モンタスに集結しているマーレ王国の軍には、錚々たる名の通った将軍がいるというのだ。

 

 (…だとしたら誰が山越えの指揮を取っているんだ…)


 まさか……


 まさか、あのサルモン辺境伯が自ら……


 (有り得ない話じゃない…奴なら王位簒奪を通り越して、グレイヤード王国自体滅ぼしかねない…)




 サルモンが、地方の小さな町を統治する貧乏貴族だった頃の思い出。


 ロワンとサルモンは同郷の出であり、顔馴染の間柄だった。

 当時のサルモンは貧乏貴族ではあったが、貴族然とした公明正大を絵にしたような若者だった。

 一方ロワンの家は、父親の働きによって騎士爵を賜った、一代限りの貴族だったのだが、十三年前の戦いでロワン自身が、騎士爵を賜り永世騎士爵を叙勲する事になった経緯があった。

 当時、サルモン家の騎士として警備任務を任されていて、度々サルモンと顔を合わせていた…


 (……あいつが変わったのは、やっぱりシレミナ様の事があったからだよな…)

 

 王家の別邸があるロワンの故郷リンドは、幼少のシレミナ様のお気に入りの環境だったようで、月に七日程逗留していた。

 当然と言えば当然だが、領主の長子であったサルモンと、直ぐに仲良くなったようだ。

 幼いとはいえ、王族や貴族の責務は五歳の頃から叩き込まれていた筈の二人は、恋に落ちた。

 地方貧乏貴族のサルモンと、王族の王女では、余りにも身分の差があるのは、当人達にも分かっていたはずだ。

 サルモンの護衛を任されていた父親が、食事の度に"困ったものだ"と溢していたのを聞くのが、ロワンの日常だったのだ。

 事件が起きたのはサルモンが成人の儀を受ける前年、十四歳の時だった。

 父親から聞いていた、サルモンの性格からは到底予想も付かない事件。二人は駆け落ちをした。

 準貴族だったロワンには思いも及ばない行動に、ロワンは感心したものだ、

 二人の駆け落ち騒動は騎士の捜索によって直ぐに解決された。

 シレミナ王女の必死の懇願によって、サルモンの家に罰は下されなかったものの、父親からの激しい叱責があり、半年程自宅から出る事を禁止されたようだ。

 ロワンの父親から聞いた話によると、当時シレミナ様と一緒に別邸に来ていた第二王子に、サルモンは口汚く罵られたと言う。

 

 どのような誹りを受けたのか、父親は話してくれなかったが、苦々しい父親の顔を見て、相当酷い言葉を投げかけられたのだろう。

 直接の罰は無かったものの、当然噂は広まり、サルモンの家は他貴族から疎遠にされ、厳しい状況に陥ったのは仕方のない事だった。


 シレミナ王女と第二王子の婚約が発表されたのは、その半年後。

 謹慎明けに久しぶりに会ったサルモンの顔つきは、以前の彼ではなくなっていた…

 

 サルモン家はその後、自主的に貴族の称号を王家に返還し、北方の地へ移り住んだという。

 どのような生活を送っていたのか分からないが、サルモンは兵士として名を挙げ、その地位を積み上げ、今の爵位まで登り詰めたのだ。

 ここ迄の話なら、美談として思うのだが、十三年前…王弟反乱時のサルモン辺境伯の裏切りを、目の当たりにしたロワンは"やっぱり"と言う思いが湧き上がった。

 

 (……もっと親父からあの時の事を聞いておけば良かった…)


 後三時間程でロシャの街に到着する。

 馬上でメルカル伯から預かった書状が入った革鞄を、そっと抑えロワンは馬を走らせる。

 ジグスタン伯爵に会い、メルカル伯からの書状を渡さなければならない。

 ロワンの予想では……いや、多分間違いなく、ジグスタン伯爵の騎士達に協力してサルモン伯と相対する事になるだろう。

 

 (…あのサルモンとやるのか…)


 剣技には自信がある。

 同等の装備なら負けない自負がロワンにはあった。


 (…問題はあの白麗の衣だな…)


 砂煙を上げ三千の騎士を従え、ロワンは戦いに身を投じる事になるのだった。

 

 腰に吊った剣に手をやり、ロワンは険しい表情を浮かべた。



 (…本当に勘弁してくれ……)


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