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第四十六話 エンチャント


 エンチャント。


 "魔法に掛ける" "魅了する" 等の意味を持つ。


 I was enchanted by the movie[私はその映画に魅了された」とかの文に使われる一般的な言葉だ。


 フィクション物の中では武器や防具、道具等に何らかの効果を持たせる魔法にエンチャントと言う言葉が使われ、その魔法を行使する者を指してエンチャンターと呼ぶ事も有る。

 人間に掛ける支援魔法にエンチャントを使わないのは何故なのかわからないが、大抵の場合バフとか支援魔法と呼ばれる。元はあるオンラインゲームの体力増大魔法をバッファー(緩衝材(衝撃を和らげる者))と言ったのが始まりだと言う者もいるが、定かではない。

 勿論この世界にエンチャントと言う言葉は存在しない。

 数少ない古代異物にしか魔法の効果が付いた物が無く、ましてや人の手によって物に魔法効果を付けれた例が無いのだから、エンチャントと言う言葉が無いのも当然だろう。

 

 モンタスの宿の一室に蒼白い燐光の様な光が舞い踊っていた。

 燐光はテーブルの上に置かれた剣の刃に吸い込まれ吐き出される。

 燐光が、吐き出される度に光の明度が落ちてゆく。

 光の欠片が刃に付着し刀身自体の色合いを変えていった。

 どのくらいの時が過ぎたのか、燐光が消えた後にはテーブルの上にある刀身の色が蒼白く変化した一振りの剣があるだけだった。

 

 ロゼの喉がなる。


 「……ユウジさん…まさか……」


 ユウジはテーブルの上の剣をロゼの前に差し出す。

 

 「ロゼさん鑑定してみてくれますか?

…」


 ロゼは深く行きを吸い込み吐き出す。


 「…はい」


 ロゼは恐る恐るユウジの剣を取り鑑定の魔法を使った。


 「な!なんですかこれ…素材は変わって無いですが…切断A、頑強C……魔法効果が付与されてます…」

 「あー…そう言う感じになりましたか…素材にも影響するみたいだしな…まぁ出来たから良しとするか…」

 「ユウジさん何冷静に言ってるんですか!こんなの国宝ですよ……」


 ユウジがロゼから剣を受け取り、剣の刃を陶器のカップに当てそっと押し込むと、抵抗もなく陶器のカップが上下に分断された。


 「うんうん、○鉄剣に近付いてる気がする」

 

 余りの光景にロゼは呆然としている。


 「ユウジさんその剣どうするんですか?」

 「どうするって…普通に使うけど…」

 「……国宝級ですよそれ……」

 「でもまた作れば良いし…」

 「………ですか…」


 ユウジは剣を鞘に収めテーブルの上に置くとソファーに寝転がりロゼの膝に頭を乗せた。


 「あの…ユウジさん何を…」

 「膝枕…」

 「ですね…」

 

 暫くユウジはロゼの太腿の感触を堪能する。


 「もしこの国を出る事になったら魔法付与で財を成して平穏に暮らすかなー」


 ユウジが笑いながら言うとロゼが首を傾げる。


 「今の所ユウジさんしか魔法付与出来ないでしょうから、ユウジさんが作ったのがバレたら大変な騒ぎになると思うわよ?」

 「あー…そりゃそうだな……あ、そうだ。ロゼさん明日俺とまた街に行かない?靴も出来上がるし、ロゼさんに選んで貰う物も有るんだ」

 「はい、良いですけど…何です私が選ぶ物って?」

 「まぁ行ってからだね」


 そう言うとロゼの腰に手を回し、ユウジは暖かなロゼの下腹に顔を埋め目を閉じ、ロゼの体温を感じながら甘い感覚に浸っていた。

 

 

 翌朝 朝食を摂るため一階に設置されている食堂へ向かう。

 ユウジがサージュで泊まっている宿屋の食堂はリーズナブルな価格で量も多い為、朝から混雑していたのだが、この宿屋自体かなり高級な為食堂は静かなものだ。

 

 「ようユウジこっちに座れよ」


 ユウジを見るなり声を掛けて来たのはジャン。

 テーブルにはジャンの他にバロンドとロゼが座っている。


 ユウジはテーブルに近付きロゼの横の椅子に座る。


 「バロンドさん換えの盾手配出来たんですか?」

 

 ユウジが聞くとバロンドが大きく肯いた。

 

 「流石は港街だ。防具や武器の店の品揃いは圧巻だったな。値段もなかなか安くてな…まぁ他国の物が大量に流通してるから自国製の物をそんなに高く売れないって理由もあるだろうがな」

 

 バロンドは満足そうな顔だ。

 ジャンの話に関しては……やめておこう。


 注文の食事がテーブルに並び四人は朝食を取りながら今日の予定を確認する。

 

 ジャンは街中を探検…する予定で、バロンドは買った大盾の調整に出掛ける。

 ユウジも靴の受け取りにロゼさんと出掛ける旨を伝えると、ジャンとバロンドがニヤリと笑いながら"ゆっくりモンタス見学でもしてこい"と親指を立てる。


 朝食を終えユウジとロゼは一度部屋に戻り外出の用意をした。

 ユウジ自身普段通りの身形で出掛けるつもりだが、ロゼさんには女性としての身嗜み等、男には分からぬ準備があるようだ。

 

 時間的に現在午前十時位だから、ユウジの靴の手直しが済む午後迄まだ時間的には余裕があるのだが、靴の引き渡し前にロゼさんには昨日の店で指輪を選んで貰う予定だった。

 昨夜、自室に戻る前に指輪の話をロゼさんには伝えてある。

 勿論その指輪にユウジがエンチャントする予定だと話すとびっくりしていたが…

 昨夜のエンチャントの実験で感触は掴めたので、もう少し練習をしてから指輪をはじめ、他の装備品にも順次施していくつもりだ。


 

 「メーガン伯爵とはどんな人ですか?」


 モンタスの大通りをロゼと歩いていたユウジが尋ねる。


 「そうね…メルカス伯と同じく国の安定を望んでいる方ね。十三年前の内乱時では中立を保った一人よ。メルカス伯爵も表面上中立だったけどね」


 「成程……ユーリヒ君がモーズラント家絡みの、きな臭い一件の協力を頼むとして…メーガン伯爵は受けると思う?」

 「…今回の事件の背後に隣国の関与が有れば間違いなく動くと思うわね…メルカス伯爵がどの程度真相を掴んでいるかにかかっていると思うわ…臆測だけでは多分メーガン伯爵は動かないと思う…」

 「慎重な人なんですね」

 「ええ」


  (メーガン伯爵との会談…結果次第で護衛任務の内容変更もありそうだな……と言うかあの"血風"って呼ばれる女の動向が気になる……街中で襲撃は有りえないだろうが、気を付けておくに越したことは無いか…)


 賑わうモンタスの大通りを歩き、昨日訪ねた宝飾店の前迄着くとロゼさんが辺りをキョロキョロと見渡す。


 「…どうしたんですか?」

 「いえ何となく…ジャンに見られでもしたら後で絶対ひやかされるかな…と」

 「あー…でもロゼさんにプレゼントくらいしろって勧めたのはジャンさんですから平気だと思いますよ?」

 「…そうなんだ。ジャンがねー…」


 何やら関心したようなロゼさんを連れ、宝飾店のドアを開け中に入った。


 「いらっしゃいませ」


 昨日応対してくれた女性が俺と隣のロゼさんを見て息を呑む。

 普通に町中で見るロゼさんは"戦闘"とは縁程遠いビジュアルだろうから、昨日話した"戦闘状態でも外れないような髪飾り"を必要な女性には見えなかったのだろう。


 「……お客様、どのような品をお探しでしょうか…」

 「うん、この女性に似合う指輪をプレゼントしたいんだが」

 「承りました…」


 そう言うと店員が俺の横に立ち小声で予算を聞いて来たので"白金貨十枚位"と答えると店員の女性が驚いた顔をする。

 店員が元の位置に戻るとロゼさんに声を掛け棚に並ぶ指輪を見ていく。


 「ユウジさん…薬指につける指輪で良いのよね?」


 突然のロゼさんの言葉に俺は深く肯く。

この世界でも、薬指につける指輪の意味は現代と変わらないとロゼさんに教えて貰っていたので今更あたふたしない。

 店の奥から別の店員がカップをトレーに乗せて出てきた。


 「お客様。お時間かかると思いますのでそちらのテーブルでお待ち下さい」

 

 ユウジがテーブルの椅子に座るとトレーの上のカップと小皿に乗った焼菓子的な物をテーブルに置く。


 「どうぞお飲み下さい。女性の買い物は時間がかかりますから」


 そう言いお辞儀をして店の奥に消えていった。

 ユウジの人生で、女性に指輪を贈った事は無い。当然宝飾品を扱う店に入った事も無いし、店内で飲み物とお菓子を出された経験も無いので、これが普通なのかさえ判断出来ないのだ。

 幾つかの商品に絞れたのか女性店員とロゼさんがカウンター横にある小さめのテーブルに移り、幾つかの指輪を並べ最終選考に移っているようだ。

 

 "カラン"


 ドアベルの音が響き客が店内に入って来た。

 店の奥から素早く店員が現れ客の対応に応るのを横目で捉えた瞬間、俺の身体が一瞬にして戦闘態勢に入っていた。


 客が俺の顔を捉え口角を釣り上げた。


 「あらあら、あの時の坊やじゃない。意外な所で出会うわね」

 「………………何しに来た…」

 「…何って…宝飾品を買いに来る以外にあるのかしら?」


 ロゼさんも椅子から立ち上がり手に短めの杖を持ち"血風"を睨みつけていた。


 「そんなにピリピリしないでよ。私だって宝飾品くらい着けるわよ?……でも偶然って有るのね」


 どうやらややこしい間柄だと推測した店員が気を利かせ、ユウジとロゼに声を掛けてきた。

 

 「お客様、指輪も大体絞れたので店の奥で調整をしたいと思います…こちらへどうぞ」


 店員が店の奥のドアを開けてロゼとユウジを招く。

 それを見た"血風"がフッと笑う。


 「ねえ貴女、それって祝環(婚約or結婚)よね?この坊やからかしら?」

 「……それが何?」

 「別に深い意味は無いのよ?…あのキュイラスの娘がねーって…記憶にある人間が移り変わるのを見るのは結構感慨深い物ね…まぁ"おめでとう"と言っておくわ」

 「………………………」

 

 "血風"が俺の顔に視線を移す。


 「ねぇ坊や、悪い事言わないわ…冒険者早くやめなさいな。キュイラスの娘と別の大陸に移住する事を勧めるわ」

 「……そりゃどうも。でも今の依頼を投げ出すつもりは無いよ…」

 「そう…か…」


 "血風"の表情に一瞬影が落ちたのをユウジは見逃さなかった。

 店員に案内されたドアにロゼさんを連れて入った所で戦闘態勢を緩める。


 「こちらのテーブルでお待ち下さい。お飲み物をお持ちいたします」


 店員がドアを開け部屋を出て行く。


 「……偶然かな?」

 「どうかしら…同じ街にいるなら出会う事もあるでしょうが、あの女は真っ当な宿には泊まれないから…」

 「パレモラから手配書回ってるから?」

 「ええ……ねぇユウジさん、買い物済んだら直ぐに宿に戻りましょう。"血風"の私が知る限りの情報ユウジさんに話しておくわ」

 「わかった……ジャン達はいいのか?」

 「ジャンやバロンドクラスの冒険者は知ってるわ…」

 「そうなんだ……」


 どうやらあの女には一般的に伝えられる噂以上の何かがあるようだ。

 革張りのソファーに腰を下ろした所で店員が入ってくる。ユウジとロゼは"血風"の気配に気を配りながら指輪の最終選考に入った。




 一騎の馬がサージュの門の前で立ち止まる。

 見た目に騎士の装いをしていたのでメルカス伯爵の騎士が応対をしている。


 「ボールベン宰相の命を受け我々青銅騎士団百五十名サージュの街へ駐留致します。こちらが命令書です。メルカス伯へのお取次ぎお願いいたします」

 

 青銅騎士団の相手をしている騎士はグレイズの副官のレスターだった。

 

 「……わかりました。メルカス伯にお伝え致します。ところで青銅騎士団本隊はどの位で到着されるでしょうか?」

 「はい、本隊は明日の10時程に到着する予定です」

 「了解しました。貴殿は本隊にお戻りでしょうか?」

 「はい。命令書をお渡しした事を伝えねばなりませんので」

 

 レスターが肯き後ろの騎士に命令する。


 「こちらの騎士に水と食料の補給を、換えの馬を用意しろ」

 

 レスターの命令を受けた騎士が走り出す。


 「換え馬助かります。早馬でしたのでこいつも疲れたでしょう」

 

 横に立つ馬の首を撫でる若い騎士を見ながらレスターはグレイズ隊長が留守中に起きるであろう様々な事柄への対処を思い巡らす。


 (はてさて…どうでるか…)


 世界は動く、人の営みは一瞬たりとも足踏み等してはくれない。

 

 レスターは少し陽の傾いた空に浮かぶ雲を見ながらゆっくりと目を閉じるのだった。

 

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