第三話 俗に言う賊
読書の絶対量が圧倒的に少ない俺であっても、ネット投稿小説のかなりのウエイトを占めている転生物には傾向と言うか、お約束的な展開と言う物があるようだ。
例を上げれば。
1 死んだ後に神様的な存在に合って転生する。(バリエーション多数あり)
2 転生後いきなりピンチになり冒険者等に助けられる。(バリエーション多数あり)
3 馬車または女性がならず者等に襲われてる場面に遭遇する。
4 町に入る際、門番と揉める。
5 冒険者ギルドでガラの悪い奴に絡まれる。
並べればまだまだ有るが、定番はこんな所だろう。
そして、今俺の視線の100メートル先に3の事態が起きていた。
(勘弁してくれよ…)と思う。
夜の繁華街で荒事に巻き込まれた事は有るにはあるが、流石に弓や長剣等を持ち出された事等無かった。
襲撃者の姿形から文明レベルを推し量ると、中世ヨーロッパ時代、鉄と鋼の時代辺りと推測する。
決して銃火器が優しい武器では無いのだが、今目の前で起きている蛮行は、人が人を殺す生々しさが銃火器よりも生々しく現れている。
「!ガッ」
馬車を守る様に戦っていた男の頭を矢が貫いた。
男はストンと膝を落としゆっくりと崩れ落ちる。
「ダイノ!」
仲間が殺られたのを見た一人が、倒れた仲間の下に駆け寄ろうとした所を軽鎧の隙間を狙う様に賊の一人が刺突。
脇腹の継ぎ目から肺に達したのか胸を押さえ、屈み込んだ所を別の賊の一人が首筋目掛け、剣を振り降ろしたが、鈍らなのか賊の剣の腕が悪いのか護衛の首は落ちず、半場まで食い込んだ剣の切断面から噴水のように血が吹き出した。
余りの壮絶な現場を目撃した俺は叢に隠れる様にして吐き気を抑えるのに必死だった。
賊達は護衛を一掃すると馬車の扉を蹴破り、中に乗車していた男女を引きずり出すと、男をあっさりと斬り殺し、泣き叫ぶ女を馬に乗せるとあっさりと撤収して行った。
(いきなりこの惨状は無いだろう…)
世の中何もせずに自分に都合の良くなる事など滅多に起きないのはわかってはいたが、転生後直ぐにこれは無いだろうと、自称神の采配に文句を付けたい気分だった。
まだ微かに震える体を奮い立たせ、襲撃された馬車の現場に向かう。
生きている者がいるとは思えなかったが、せめて形見くらいは持ち帰ってあげたかった。
この世界の常識等まだ俺には判らないが、どんな世界だろうが待つ人間がいるならば生死が判らない事がどれ程人を不安にするかは想像に難くない。
馬車はドアが剥されていたが奇麗なままだった。
俺は頭を矢に貫かれた男の首筋に手を当てたが脈は無かった。
そのまま半場まで首を切られた者の側に寄ってその者が女性であった事に驚く。
(女も護衛任務とかやるのか)
現代でこんな言葉を出せば一悶着あるだろうが、見れば中世辺りの時代であろうから、女性がこの手の職業に付くとは思って無かったのだ。
女冒険者等、作り物の世界なら履くほど出てくるが、現実の歴史において女性が戦闘が主の職業を選ぶ例は極稀だったのだ。
どうやら護衛で雇われたのは二人だけだったのか、馬車の後方に馭者の遺体が道の脇に転がっていた。
(護衛が二人だって事はそれ程危険な道中と認識してなかったか、それともこの二人がかなりの手練だったって事だが…)
この二人の素性が分からないのだから安易に判断出来ない、故にこれ以上あれこれ考えるのを中断した。
最後に切られた男を含め生きている者は一人もいない。
カタン
微かな音に俺は咄嗟に地面に落ちていた剣を拾い上げ辺りを見渡す。
心臓がバクバクしていたが、パニックにはなっていないと自覚できた。
周りに人気が無いのを確認した俺は、ドアの無い馬車の中をそっと覗き込む。
カサッ
先程よりは僅かな音だが間違いなく馬車の中から音がした。
足音を消しゆっくりと観察すると、座席の天板に僅かな隙間があるのを発見して、上のクッションを除き一気に座板を跳ね上げた。
「………………………………」
「………………………………」
座席の下の空洞に居たのは俺と余り年の違わないであろう少女だった。
少女は目を見開き俺の顔を怯えた目で見つめていたが次第に身体が震えだした。
「い………………」
「…い?」
次の瞬間少女の悲鳴が辺りに響き渡る。
「いやー!いやー!助けてー!助けてー!」
俺が生きてきた人生の中で、これ程女性に怯えられた経験は無い。
過去に自意識過剰の女性に夜道で悲鳴を上げて逃げられた経験はあるものの…ふと俺は右手に持っていた剣に気付いて慌てて少女の目に入らないよう背後に隠す。
「殺さないで!お願い殺さないで!」
俺は少女から少し距離を置き、怯える少女を落ち着かせる事にした。
「大丈夫!危害を加えるつもりはない。俺は君の敵ではない」
「…………ほ、本当に……」
「本当だ。俺は襲撃者じゃない」
「……………」
「……………」
やっと安心できた表情をした瞬間少女がシクシクと泣き出す。
俺は僅かにアンモニアの香りを拾い少女が安心した瞬間に失禁したのを知ったのだった。