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第二十六話 精霊




 岩場の陰に張ったテントの中で、俺は冷や汗を垂らしながら、自分の中にいる流精虫に意識を向ける。

 明確なイメージは湧かないが、ロゼさんの説明だと流精虫は精霊のような物だと言う。

 俺の精霊のイメージは漫画やイラスト、映画等で表現されて来たものが根本にあるが、今俺の身体の中にいる物が精霊だと思えないのは、一重に気分が悪いからだ。

 発熱と悪寒が交互に襲って来る。

 

 意識をそれに向けると僅かに反応があるのは、交互に襲って来る間隔が変化するからだが、俺の意識に流精虫が応えてくれたのかは疑問だ。

 

 「ユウジ君。流精虫は人の意思に応えてくれるわ。精霊の一種だけど意思が希薄なガナよりも簡単よ。ガナと言う物も基本的に流精虫と同じ存在なのよ」

 

 流精虫にちゃんと意思を伝える手段、それがガナ操作の第一歩だとロゼさんは言う。

 精霊だろうが人だろうが意思を伝えるには先ずは言葉だろう。


 「もしもし…流精虫さんですか?……」 

 

 傍から見れば完全に電波男に見えなくも無いこの状況に、俺は涙が溢れそうになる。

 

 (自分の身体の中にいるんだから言葉にせんでも良いのだろうか?)


 襲い来る発熱と悪寒に耐えつつ、俺は流精虫にアプローチを続けて行く。

 下痢に見舞われた時に"耐えろ俺の腸!"みたいな感じで内臓を励ます事があるが(俺だけか?)それと似たような方法でコミュニケーションを取ろうとする。

 暫くそうしていると明らかに流精虫の動き?に変化が生じて来た。

 発熱と悪寒が弱まってきたのだ。

 

 《…なに…なに…なに?》

 

 俺の頭の中に言葉が浮かぶ…いや、間違いなく俺じゃない別の意思を持った言葉が聞こえて来たのだ。

 

 (…これは…)

 

 精霊に似たような物と聞いていたが、まさか言葉が返って来ると予想もしていなかった。


 《君は誰だ…》

 《私は私よ?》

 

 当然と言えば当然の答えが返って来たが、卵から孵って直ぐに俺に理解できる言葉を発せられるのは、流石異世界スペックと感心する。


 《君は俺の身体の中にいて、そのお陰で俺は非常に体調が悪いんだが、外に出てくれないか?》


 何かもう、ロゼさんの言うガナ操作と別物の様な気がしていた。

 一方的な利用、操作じゃ無ければ素早い魔法等無理だろう。

 

 《痛いの?》

 《痛いと言うより苦しいかな…》


 暫く流精虫が沈黙する。


 《じゃあじゃあ、あなた私に名前を付けてくれないかしら?》

 《…俺が名前を付けるとどうなるんだ?》

 《あなたと私の間に道が繋がるの》

 《…そうなるとどうなるんだ?》

 《私が私のままいられるの》

 

 どうも俺の理解力が足りないのか全く意味が分からない。


 《すまんがもう少し分かりやすく説明してくれないか?》


 流精虫が言うには、流精虫が孵った場所(俺の体内)から離れた場合、完全にガナと一体化してしまうらしい。

 産まれたばかりの流精虫が、それらの知識があるのも不思議だが、生物が生きる為の必須知識だとすれば、知識とて何らかの遺伝なりをしなければならないのも道理だろう。

 どちらにせよ俺の体内ガナを使うらしいのだが、体外のガナに直接触れている分俺のガナの消費は少なくて済むらしい。

 そしてこれは朗報なのだが流精虫と道を繋いだ場合魔法を俺が使う事が容易になると言う。

 

 《あなたが私と道で繋がった場合、あなたの意思は私の意志となり私が魔法を具現する事になるの》

 《俺の意思は絶対なのか?》

 《あなたが私に名前をつけた瞬間からあなたは私の主人となるわ。勿論私にも意思は今迄どうりあるのだけど、あなたの意思が優先されるわ》

 

 これはどう理解すれば良いのか悩む。流精虫の助けを借りた魔法はロゼさんの使う魔法と同じものだろうか?

 違うとしてどちらが俺にとって良い事なのかも不明だ。

 

 《君はどんな魔法を使えるんだ?》

 《私自身魔法は知らないわよ?ただ、あなたが思い描く物を私が発現するだけ》 

 《つまりそれは…どんな物でもって事か?》

 《ええ、でもイメージが明確でなければ形作れないわよ?》

 

 つまり、俺のビジョンがキモと言うことになる。実際やってみないと分からないがやる価値はあるようだ。

 一瞬ロゼさんに相談しようかと考えたが俺は俺なりの決断をする事にした。

 

 《分かった。君に名前をつける》

 《うんうん。可愛い名前お願いねー》

 《………可愛い名前…だと……まて…君に性別はあるのか?》

 《?性別ってなぁに?》

 

 俺は人間の性別の違いを説明するが

、流精虫にはどうも理解できないようだった。

 

 (…どちらでもいい名前にするしかないな)

 

 我が子に名前を付けた経験等無いが俺は一生懸命考えた。

 

 《フェニル。君の名前はフェニルだ》

 《フェニル……そう、私の名前はフェニル…いいわ、私は今からフェニルよ!》

 

 ゆっくりと膨れ上がる力は、俺の肉体と外気の間に暫く留まりながら、じわじわと身体の外へと移動し、ついには完全に俺の肉体から離れた。

 それは小指の先程の光の玉でフワフワと俺の周りを周っている。

 

 (フェニル話せるか?)

 (話せるわよー。今私はあなたからガナを吸い取っているけど身体の調子はどう?)

 (うん、問題ない。それと俺の名前はユウジだ)

 (わかったわユウジ)

  

 「少し試してみようか…」

 

 俺は右手を掲げ炎のイメージを描くと掌の上、十センチ程に火の玉が現れた。

 それはイメージ道理真っ赤な火の玉…

 

 《どうユウジ?イメージ道理の魔法でしょ?》

 俺は肯き炎を消し去った。


 (しかし、これじゃ訓練して魔法を覚えた事にはならないが、良いのだろうか?)


 選んだ事とは言え、余りにも安直に魔法を使える様になった事に本当に良かったのかと思わなくもない。

 一生懸命魔法を覚えたであろう、ロゼさんに対しても申し訳無い気持ちがわく。

 

 「ねぇねぇユウジ。普段はユウジの中にいても良いんだよね?」

 「それだと今迄と同じなんじゃないのか?」

 「あーそれは大丈夫。ユウジと繋がったお陰で、外のガナをユウジ自体が吸収してる形になってるから、体内ガナは一定に保持されるのよ。だからユウジの体調が悪くなる事は無いわ」

 

 どうやら苦痛の種は取り除かれたようだが、この事態をロゼさんに話して良い物か不安がよぎる。


 《フェニル。聞きたい事が有るんだが、君と同じ存在はこの世界に居ると思うか?》


 フワフワと俺の周りを周っているフェニルがその動きを止める。

 

 《いーっぱいいるわよ? んーでも今みたいにユウジと会話出来る存在はどうも居ないみたいなのよ》

 

 (おいおいおい…これまたとんでも無い事が起きてんじゃないのか…)


 そもそもフェニルが精霊と定義出来るのか?だが、何かしらの(人も含む)物に霊的な物が宿ると言う考えは、日本であろうが他の国でもまま有ることで、古代日本では霊的な物を"チ"を語尾に付ける事で表していた。

 水の精を水虬(ミヅチ)、火の精を軻遇突智(カグツチ)と表したように。

 西洋では四大精霊とかが有名だが…はたしてフェニルは精霊のカテゴリーに入れて良いのか…

 

 《ねえねえ、ユウジは何か小難しいこと考えてるみたいだけど、もっと肩の力抜いて気楽に考える方が良いわよ?》

 《……気楽にか…》

 

 (気楽に…それは無責任と違うのだろうか…)

 《違う違う。考える事は大切だけど考え過ぎるのはきっとユウジにとって良くない影響があるの。それにね、無責任と言っても際限なく無責任になれないし、責任の範囲も受け取る側の裁量にもよるでしょ?。仮に際限無く無責任な者がいたとしたら、それはもう一つの才能だわ》

 (……………何か俺…生まれたばかりの精霊にアドバイス受けてる…)

 《あ…それと私、ユウジがイメージしてる精霊とは多分違うと思うわよ?多分精霊とユウジのイメージしてる妖精の中間くらいの存在みたいね。でもそんな事どうでも良いわね!私はフェニルなんだから》


 なる程と俺は肯く。

 

 (そうだな…俺も少し肩の力抜いて楽しむかな…サラリーマンじゃ無いんだし…)


 今更な考えに笑いが湧き上がる。何も怖く無かったあの十代の熱い感覚を思い出す。

 久しく忘れていたその無謀とも言える活力が、フェニルの一言で俺の身体を駆け巡ってゆくのを俺は感じていた。

 

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