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第二十四話 思惑


 「あら、お出かけですか?」


 階段を降りた所で宿屋の娘のリラが声を掛けてきた。


 「ああ、冒険者ギルドにね」

 「そうですか、今日はモーズラント家のアリサお嬢様の葬儀でしたから、お店は余り開いて無いと思います、夕食はこちらでとりますか?」


 どうやらサージュの町全体に、モーズラント家の悲劇は影響を与えてるようだ。


 「いや、大丈夫 遅くなるかもしれないし、そうなったらギルドで済ますよ」


 それを聞いた彼女がクスクスと笑う。


 「ユウジさんって何だかおじさんみたいな話し方するんですね」

 「そ、そうかな…」

 「そうですよ。んーでもわかりました、お父さんに言っておきますね」


 そう言うとリラはテーブル席に座る宿泊客にお茶を出しに向う。


 (そんなにオヤジっぽいかな俺…)

 

 午前中に降っていた雨も上り雲間から日が差し込んでいたが、町の通りには余り人影が無い。

 大通りを進み冒険者ギルドへ入ると、直ぐに受付のタイナ嬢が近付いてきた。


 「皆さんお待ちかねですよユウジ君」

 「え?ジャンさんとバロンドさんも居るんですか?」

 「ええ、昨日からギルド酒場で飲み明かしてましたから、そのまま拉致りました」

 「…………………そうですか…」


 タイナ嬢の後について向かったのは、ギルドマスターの部屋ではなく、その向いの部屋だった。

 タイナ嬢が声をかけると中からギルドマスターのエティナが"入れ"と応えると分厚い扉が開いた。

 部屋の中に入った瞬間、ゾクリとする殺気を感じ咄嗟に腰に挿した剣に手をかけ、殺気の方向に目を向ける。

 そこに立っていたのは、見覚えの有る顔だった。


 「グレイズ殿、ユウジ・タカシナは合格かい?」


 扉に近い部屋の角に立っていたのはグレイズだった。

 グレイズはエティナを見たあと、俺に顔を向け一つ頷く。


 「ユウジ君、いきなり済まなかった。一度兵舎で合ったとは思うが正式に名乗ってはいなかったね。 私はグレイズ・シェ・バルハード。メルカス伯爵様に仕える騎士団長をしている」

 「……そうですか。お久しぶり…ですが、なかなか面白い趣向ですね」


 エティナが笑いながら説明する。


 「いや、ユウジ君悪い悪い。今回の事で君の事を話したら例の如く、グレイズ殿が君の力量に疑問を持ってね…まぁ私が自分で確かめてみろと焚き付けたわけだ」

 「……………なる程」


 部屋の中央に大きめのテーブルがあり、中央奥側の椅子にエティナが腰を下ろしている。片側の椅子にはジャンさん、ロゼさんバロンドさんが座っていた。

 テーブルの反対側には金髪の男が座っていた。

 (何処かで見た気が……ああ、兵舎で部屋に入ってきた人か…)


 「まぁユウジ君座ってくれ。グレイズ殿も」

 

 エティナの言う通り、バロンドさんの隣に座ると、向いの席にグレイズが座った。

 タイナ嬢が飲み物を配り終え部屋を出て行くと、エティナが一つ咳払いをして話を始めた。


 「今回ギルドにメルカス伯爵からの依頼があった。依頼内容は護衛なんだが…ゴブリンキング討伐をした君等四人を直接指名してきたわけだ」

 「何故我々なんですか?」


 バロンドが質問をするとグレイズがそれに答えた。


 「今回の依頼は万が一にも失敗する訳には行かないのです。護衛対象はメルカス伯爵のお孫であらせますユーリヒ様です」


 バロンドが少し眉を顰める。


 「…なる程…確か兵の護衛人数に制限があるのでしたね」


 グレイズが肯く。


 「今回の護衛には私も出ますが、それでも二十名だけでは…」

 「ユーリヒ様の任務内容がそれ程重要で、何かしらの妨害が予想されるって事か?」

 「……そうだ」


 ジャンさんの質問にグレイズが肯いた。


 「今現在この町にいる冒険者で、お前等四人以外に推薦できる冒険者はいないからな…メルカス伯の指名は当然の指名だと私も思う…」


 エティナの言にジャンが質問する。


 「ゴブリンキングの時はまぁ、国が動く程の案件だったから俺も動いたが、今回は事情が違うよな? ギルドが俺達に指名依頼をするのは問題が有るんじゃ無いのか?」

 「確かにジャンの言う通りギルドから君等に指名依頼をする権限は無い…が、依頼内容をメルカス伯から、私が直接聞いた時点で私はゴブリンキングの案件と同等と判断した…」

 「ほー……その内容は俺達に話せるものなのか?」


 エティナが首を振る。


 「すまんが依頼内容を話す訳にはいかないんだ」


 ジャンさんは腕を組み目を瞑る。


 「何処迄(どこまで)の護衛だ?」

 「メーガン領モンタス」


 "そりゃあ長旅だな"とジャンさんが笑う。


 「ジャン、私とユウジ君は午前中アリサ嬢の葬儀の後、メルカス伯爵に直接会って依頼をギルドに頼んだことを聞かされたのよ」

 「…で?」

 「私とユウジ君は依頼を受けるつもりです」


 ジャンが天井を仰ぎ溜め息を吐く。


 「なる程…バロンドはどうする?」

 「俺は受ける。断っても伯爵は圧力を掛ける様な人では無い事は俺は知っている…そんな伯爵からの指名だからな」

 「分かったわかった俺も参加するよ。だがよ、この依頼…俺の感がヤバいと警告してる…覚悟はしとけよ?」

 

 出発は五日後、報酬額が提示されジャンさんの顔が厳しくなる。

 一人辺り金貨五百枚と言う破格の報酬はこの護衛の厳しさを表していた…




 ギルド酒場のテーブルに苦虫を噛み潰したような顔で酒を飲み干すジャンが重々しく呟く。


 「間違いなく碌でもない依頼だぞ?大体グレイズが護衛に付くのが怪しいだろ?」


 騎士団長が領主の側を離れる事自体異常事態なのだそうだ。


 「モーズラント家絡みの可能性がどう考えてもある…」

 「まぁ有るだろうな、メルカス伯爵自身が動かぬのは…やはりサルモン辺境伯の動向が気になるからだと思うが…」


 どうやらジャンさんも、バロンドさんも貴族間のいざこざを、有る程度分かっているようだが、俺にはチンプンカンプンだった。

 この世界に来てから間もない俺には政争構造を知る時間的余裕もないし、大体理想を言えば冒険活劇的生き方を期待していたのだ。

 精神年齢的に恥ずかしいが、「〇〇滅殺剣!」やら「ファイ〇〇バースト!」とか叫びながらモンスターに突撃する妄想も少しはあった。

 理性的にそれ程お気楽な世界では無いだろうと思ってたが、いきなり政治絡みとか、ハードルが高過ぎはしないだろうか?


 (いや、本当に酒でも飲みたくなる…)


 ジャンさんとバロンドさんの会話の中に、アネリア嬢から聞いた名前が出て来たので質問をしてみた。


 「あのジャンさん。サルモン辺境伯ってメルカス伯爵と何か(いさか)いでも有るんですか?」


 スライスされた肉を手で摘んで口に放り込んだジャンさんがニヤリと笑う。


 「ほう、坊主は知らんか。まぁ記憶が無いなら仕方ないか」


 ジャンさんはメルカス伯爵とサルモン辺境伯の関係を俺に話してくれた。


 「……つまりメルカス伯爵は十三年前の反乱に加担した疑いをかけられているわけですか…」

 「簡単に言えばそうだな。それを疑う急先鋒が、あの英雄サルモンの犬野郎って訳だ」

 「随分な言われようですね…仮にも英雄ですよね」


 隣に座っていたロゼさんが珍しく舌打ちした。


 「犬野郎でもまだ甘いわよ…あんな虫野郎戦場であったら私が真っ先に焼き殺してやるわ…」


 バロンドが苦笑する。


 「あの男は裏切り者で卑劣漢だからなー…英雄って言葉はそう言う意味なのかと大笑いしたぜ」


 ロゼさんが怒りを感じる程の事をした英雄とは……確かに英雄の意味を再確認したい所だが、正義と同じ側面が有るのなら、英雄も立場による尊名なのかもしれない。


 「…変な事を聞きますが、一応英雄と呼ばれるからにはそれなりの武勇は有るのでしょうか?」


 テーブルの三人がほぼ同時に渋い顔をする。


 「あいつは最低最悪な野郎だが確かに強い…だがな、それはあの野郎の技量がスゲーって訳じゃ無い。奴の纏う白麗の衣のおかげだからな…」

 「…そんなに凄いんですか?」


 ロゼさん曰く完全な魔法耐性を備え、自身の能力を五倍程引き上げる。衣自体も物理的な耐性があり、例え傷付いても時間によって修復すると言う化け物みたいな物だそうだ。


 (チートかよ……)


 「それは…また凄い物ですね…でも、衣なら隙間とかあるんじゃ…」

 「あー…名前は衣だがフルプレートアーマーだからな」


 (なんじゃそりゃ……)


 「しっかしグレイズの旦那が長期に町を離れるのはまずくねーか?」


 ジャンが何杯目かの酒を飲み干しバロンドに問う。


 「事態はそれ程大事なんだろうな…」


 ジャンさんが声を落とす。


 「知り合いの兵士から聞いたんだが、アリサ嬢の遺体に残っていた傷跡なんだが…心臓を一突きだったんだとよ。まぁ言い難い事だが、アリサ嬢は男に乱暴された痕跡は無かったらしいぜ」


 「………………………」

 「やはりただの賊の仕業では無いわね…嫌だわ…また戦乱が起きるのかしら…」


 どうやら十三年前の王弟反乱の傷跡は未だに燻ぶっているようだ。

 

 「さて、これ以上考えても仕方ねー。前金をタップリ貰ったから呑み明かすかバロンド」

 「話の腰を折るようで悪いが、今日は家に戻るわ俺」

 「つれねー事言うなよバロンド」


 バロンドに絡むジャンさんの頭に手を当て、呪文を唱えたロゼさんの顔をジャンさんが恨めしげに睨む。


 「…あのよロゼ…酔い醒ましの魔法かけるか普通…」

 「また酔う感覚を味わえるんだから良かったわね」

 「………酔った後の絶妙な感覚はどうするんだよ…」


 バロンドさんはその後、一時間程ジャンさんに付き合い酒場を後にした。

 バロンドさんがいなくなるとジャンさんも立ち上がり歌いながら酒場を後にした。


 「ジャンさんも帰宅ですか?」


 俺の言葉にロゼさんは苦笑する。


 「ユウジ君の…ユウジ君の年齢では少し早い場所にいったのよ。大体私もジャンも宿屋暮らしだわ」


 (何故名前を二回言う…)


 「なる程、ジャンさんは女か…ロゼさんに聞くのはなんですが、この町…この国では娼館のようなもの有るんですか?」


 ロゼさんはグッと息を呑む。


 「行く…つもり?」

 「いや、ただ情報として知りたいだけですよ」

 「…あるわ。娼館はれっきとした商売で、女性用の風俗店もあるわ…」

 「へー女性用の風俗店もあるのか…」


 ロゼさんがモジモジしているのは、自分が風俗店を利用しているといった恥ずかしさでは無く、単にこの手の話や状況に免疫が無いだろう事はあの連れ込み宿のロゼさんの反応で理解していた。


 「…あのね、ユウジ君。…ユウジ君魔法に興味が有るみたいだから出発迄に少し教えましょうか?」


 俺は椅子から立上りロゼさんの肩を掴んだ。


 「お、お願いします!」

 「…はい…」


 ロゼさんは何度も真っ赤な顔で肯く。

 (…ロゼさんチョロいかも…良く今迄無事だったなこの人…)


 俺は前世では結婚をしていなかったが、けっして女嫌いだった訳ではない。

 有り体に言えば普通に女遊びは好きであった。

 この世界では勿論、結婚を目標の一つとしているが、それ迄の過程には理想的な道筋を設定している訳ではない。

 予期せぬ出逢いでも紹介でも構わない。

 (…うん、ロゼさんは射程内だな…)

 

 

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