第十七話 常時討伐依頼
しかし、現代サラリーマンの時間に対する感覚は凄いと、今更ながら感じる。
昨日少し値は貼ったが、刻板なる物を購入したのだが、宿屋で目を覚まし、刻板を見たら朝の五時だった。
これはサラリーをしていた俺が、朝起きる時間だったのだ。
(身に付いた体内時計の精度は凄いな…刻板必要なかったかも)
多分十時、十二時、十五時、十七時は完璧にわかるだろう(サラリー習慣)
宿の朝食は五時から八時までの間なら、一階の酒場兼食堂で食べることが出来る。勿論宿泊客は鍵を見せれば、朝食セットを無料で食べられる。
せっかく宿泊料金に含まれているのだから、冒険者ギルドへ行く前に食事を済ませて行くことにした。
「あら…」
食事をしようと一階に下りると、テーブルに見覚えがある女性が席に着いていて、俺を見て驚いたような声を上げた。
見覚えがあると言うより忘れようが無い見事な金髪の女性。四人パーティーの一人、ロゼだった。
「おはよう御座います。またお会いしましたねロゼさん」
「おはよう。ユウジ…君は何故ここに?」
「この宿に泊まってるのですが…」
「え!何故?ち、ちょと意味が……取り敢えず座らない?」
「一緒で良いんですか?お仲間は?」
「ジャンはゲダの腕の治療の付き添いで神殿に行ってるわ。私はギルドに報告して待機中よ」
「そうですか……」
俺はロゼに勧められるまま席に付き宿屋の娘に鍵を見せ朝食セットを頼む。
「モーズラント家に居ると思ってました…」
普通に考えればそうだろうと俺も思う。
「実は冒険者になったのと、余り恩をきせてのうのうと居座るのが嫌だったので…」
モーズラント家に余り関わり合うと、面倒事に巻き込まれそうだとは流石に言わなかった。
「勿体ないわね…」
「いえ、謝礼は貰いましたし」
「モーズラント家はケチでは無いから、ユウジ君が望むなら、多分商会での高い役職は間違いなく提示して来ると思ってたけど…」
「そう言う話も出ましたが断りました」
「……そう…」
「それよりゲダさんの容態はどうなんでしょう?」
ロゼが言うには腕の接合はギリギリ出来るようだが、元通りの動きは出来ないようだ。
(ゲームやラノベに出てくる様な便利な回復魔法は無いのだろうか?……再生みたいな…)
「ゲダは多分、Cランクの冒険者としての依頼は受けられないと思うわ…まぁあの体力が有れば、Dランククラスの依頼なら可能でしょうけど…多分ゲダは冒険者を辞めるわね…」
「…………………そうですか」
冒険者は身体が資本の職業だ。大概の職業でも同じだが、命に直結すると言う意味では、冒険者はその最たる職業だろう。
Cランクの依頼はソロでやるには厳しい内容が多く、基本的には数名のパーティーを組んで依頼を達成する。
それだけCランク依頼は難しく、依頼料も高い。
ギルドでもCランクの依頼は、パーティーを想定して依頼料を決めているので、一人あたりの収入がDランクの依頼より低くなる様な事はないらしい。
これからどうするのかロゼさんに聞くと、依頼内容を見ながら即席パーティーをやって行くようだ。
朝食を食べ終えた俺は、ロゼと別れギルドに向う。
「今度機会があればパーティーしましょ」
別れ際に疲れた顔でロゼが言った言葉に俺は肯く。
この町で5年も一緒にパーティーを組んできた彼等は、ウルムと言う魔獣によって終わりを迎えた。冒険者が常に危険と背中合わせとはいえ、あまりにも呆気なく終焉を迎えた事に俺は……酷い言い方だが、燃えてくる。
本当の本当に命懸けなのだと。
時間は多分六時少し過ぎた頃だが、冒険者ギルドの中は人が一杯だった。
依頼書が貼り出されるのが六時半と七時、七時半と三回張り出されるわけだが、簡単で見入りの良い依頼は一瞬で無くなるようだ。
基本的に貼り出される依頼以外にも、常時依頼で食肉や薬になる獣、領主からの常時討伐依頼の魔獣や魔物討伐等があるので、依頼書が無くなっても何とかなるようだ。
ギルド職員が紙束を持って依頼板に貼り出して行くと、冒険者達が待ち構える。
全部張り出してから取り合うのがルールのようだ。
それはもう、獲物を狙う肉食動物並の熱量で圧倒されたが、今の俺は資金が潤沢で思う事も有るので、今は冷静に観察していた。
職員が張り終えた瞬間冒険者達が貼り紙に向かい、飛び掛かる様は、正しく野性の世界だった。
大雑把にランク毎に貼り出されているが、EFランクの依頼争奪戦は特に激しい。
Dランクに上がるのがかなり大変らしく、大抵はEランク迄で終わる冒険者が多いのが原因のようだ。
初めから依頼書目当てでは無かった俺は、常時受付け依頼の内容を確認しに行く。
ホーンラビット(予測可能)
ファングバード(何となく予想可能)
ダングビラー(予想不可能)
リトルメアボア(予想可能?)
ディックモール(予想…微妙)
ゴブリン(多分あいつ)
ティッキーベア(熊だろう)
デスビー(生生しくなってきたな…)
アンクアバル(なんだそれ…)
必要とする素材と人間に害を成す害獣に討伐依頼が出ている。
その他にも、常時受け付ける薬草等も何種類も有るようだが、植物は今の所見分け付かないので、採集は止めておく。
俺は受付にいたタイナ嬢に討伐対象の特徴を聞いてみると、数ページの小さいメモを渡された。
そこには簡単な絵に特徴が描かれている。
「ギルドから初心者の冒険者に用意された物です。多分ユウジ君は初めはこっちの依頼やるだろうと思いました。実力的にもソロが出来そうですからね」
どうやらタイナ嬢は見抜いていたらしい。
「実力的には問題ないと思いますが、油断はしないで下さいね」
優しいお言葉を頂き、俺はギルドを後にする。
初心者完全装備でサージュの町の門を出て、近場にある湖に向う。
獣を狩るなら水場に近い森だろうと目星をつけていた。
食肉になる獣はそれ自体が嵩張るので、あまり狩る事は出来ないだろうから、狙うはゴブリンの様な魔物系の討伐をメインに狩る予定だった。
ゴブリンなら左耳。ファングバードなら右足と言う様に、討伐証明部位があまり嵩張らないのがミソだった。
ゴブリンは一匹銅貨三枚(三千円)と余り高いとは言えないが、十匹狩れれば銀貨三枚(三万円)になるのでゴブリンの集団に出会えばかなりの稼ぎになるだろう。
街道にウルムが出た事も町中に知らされたので、自信の無い冒険者は余り森などには足を延ばさないだろう。冒険者同士かち合う可能性は低いので、この際自分の今の力がどの程度なのか、試すには絶好のタイミングだった。
町に近いタラン湖は、サージュの町の水源となる湖で、かなりの透明度がある。
対岸側には山が聳え、森が鬱蒼と茂っていた。
タイナ嬢情報では山の裾野辺りでゴブリンを見掛けた情報があったようだが、コロニーの有無等、詳しい情報などは未だ不明なのだそうだ。
水場に数十匹のゴブリンが日に何度か見かけられる事から、多分百匹程の中規模のコロニーがある可能性も考えられている。
ゴブリンがどの様な進化であの様な姿の生き物になったか不明だが、人間からすれば間違いなく敵だ。
元の世界では、ゴブリンはヨーロッパの民間伝承に出てくる妖精の一種で、人の子供を食べる醜い容姿だと伝えられている。
それに対してホブゴブリンは人間に有効的だと伝わっているが、映画や小説等ではどちらも似たような魔物に扱われていた。
この世界では小説等と同じようにゴブリンとホブゴブリンは同じ魔物のようだが、ホブゴブリンは人前には余り姿を表さないので、討伐依頼には入ってはいない。
湖の近くの木陰に見を潜ませ獲物を待つ…
水辺には様々な動物や鳥が現れた。討伐対象のホーンラビットやリトルメアボア等がチラホラと現れる。
対岸の叢が動いて、薄汚い緑色の生き物が数匹現れ、湖の水を頭程の壺に汲んている。
(……ゴブリンだ…挿絵や漫画そのままだな…)
ギルドから貰った冊子の絵で大体のゴブリンの容姿はわかっていたが、実際見ると笑える程漫画チックだったのだ。
注意深く木々に隠れながら対岸に向うルートを辿る。
慎重に動いてもユウジに気付いた動物等が逃げ出し、ゴブリンもそれを見て警戒をしているようで、辺りを見渡すが、俺に気付いた様子は無い。
水辺のゴブリン迄一気に間を詰め、ゴブリンの首を跳ね、返す刃で袈裟斬りに剣を振り抜いたつもりだったが、狙いが逸れて下顎から右脇腹に抜けるように斬りつけていた。
ほぼ即死だったから良かったが、相手に反撃のチャンスを与えるミスは少しでも減らさないと、複数の敵がいた場合ピンチになる。
(行きあたりばったりだからな…)
残ったゴブリンが腰に下げた短剣で襲いかかって来る。
避けて切る。
避けて突く。
少し離れた場所に居たゴブリンが、粗末な弓で矢を放つが、危機感を感じた割には矢のスピードが遅く剣で撃ち落とす事が出来た。
解体用のナイフを投げるとあっさりと頭部に突き刺さり倒れる。
(あと2匹…)
並んで短剣を構えた二匹のゴブリンの片方が何かを叫ぶと、一匹のゴブリンが逃げ出した。
追おうと動く俺を遮るようにもう一匹のゴブリンが攻撃してきた。
(……逃したって事か?)
道具を使う知能が有るのは、水を汲むのを見ていたので分かっていたが、仲間を庇って逃す行動をした事に俺は驚く。
一瞬の躊躇を狙いゴブリンが斬りつけて来たが、斬撃を躱しながら剣を走らす。
俺は倒れている5匹のゴブリンの耳を切り取り、逃げたゴブリンを追う。
元々一匹は逃してコロニーの場所を特定させるつもりだったからだ。
(今の所ゴブリン数体なら問題ないな…)
逃げたゴブリンのコロニーを見た上でどうするか判断するつもりだが、魔法を使うゴブリンがいないなら殲滅は可能だと判断していた。
前を走るゴブリンを見失わない様に、決してこちらを気取られない様に慎重に後を付けていった。
(問題は何匹いるかだよな…)
逃げ帰ったゴブリンは、山裾の岩場にある洞窟に転がり込んだ。
洞窟の外には5匹のゴブリンがコロニーを守る様に立っている。
(ゴブリンにも集団での役割があるんだろうな……まぁ昆虫にも役割はあるからな…)
昆虫に意思があるかどうかわからないが、間違いなくゴブリンには有るように見える。
(タイナさんが言ってたゴブリンの生態では、繁殖を人間の女性で行う…と言っていたが、そうなると何人の人間の女性が利用されてるのか…)
人間としか繁殖出来ないわけでは無いような気がしてならない。
(ゴブリンにも雌のゴブリンいるんじゃないのか?たまたま人間とも繁殖可能ってだけでは??)
逃げ込んだゴブリンが何らかのリアクションを起こす可能性を考え、暫く様子を見ていたが何ら動きが無い。
俺は腰の剣を抜いて息を整える。
(5匹を一瞬では無理だろうな…)
表のゴブリンさえ倒せば、後は洞窟の奥から来るであろうゴブリンに集中出来る…
(他の出口や別のゴブリンが帰って来る事もあり得るから背後も安全とはいかないか……)
ともあれ初討伐だが、自分の限界を知る為にもギリギリ迄やるつもりだった。
ゴブリンに向かって走り出してから相手を倒す事しか俺は考えていなかった。
切る切る切る 切って切って切って切りまくる。
洞窟の奥から湧き出すゴブリンの群れには秩序のような物はなく、剣を振り回すにも周りが邪魔をしていて俺にまで刃がまともに届かない。
俺としては横薙ぎに振り抜けば数匹切り裂けるので楽だった。
気を付けなくてはならないのは倒れたゴブリンが本当に絶命しているかどうかだけだ。
死んだと思って踏み越えたゴブリンに後ろから襲われる事だけはしてはならなかった。
洞窟に響くゴブリンの叫び声と血の臭いで思考も麻痺し、俺はただひたすら機械の様に目の前の敵を斬り殺す。
(…五十メートルなら多分二秒位で行けるが…)
ゴブリンの逃げ足がどの程度なのかわからなかったので深追いを少し迷っていた。
(…まぁ、多分二匹同時に殺れそうだから後のことは臨機応変にやるか…)
俺は、血の臭いが立ち込めた薄暗い洞窟をまた一歩進み始めた。




