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第十三話 モーズラント家


 モーズラント家の屋敷に招かれ、使用人の案内で風呂に入った。

 浴槽はさほど大きくは無かったが、中世時代の生活なら仕方無いとは思う。

 ユウジが生きていた世界でも、中世時代に個人宅に風呂があるのは稀だったからだ。

 中世ヨーロッパの不潔さ等が話題になるが、あの時代にも大衆浴場はあり、ごく一般的に庶民に使われていたのだが、人の集まる場所は当然の如く悪事が横行し、それに加え梅毒等の性病が爆発的に広がる事態になり、次第にヨーロッパでは大衆浴場が衰退して言った経緯がある。

 アネリアが言うには、サージュの町にも大衆浴場はあり、宿泊施設にも浴場は有るようだ。


 風呂から上がり用意された服に着替える。元々着けていた服は、モーズラント家で責任を持って手入れして保管する事になった。

 ユウジに与えられた部屋のバルコニーに立ち、サージュの町を眺めながら涼んでいると、ノックの音がして女性の使用人が入ってきた。


 「お客様。シレミナ様とアネリア様が応接間でお待ちですので御案内致します」


 俺は頷き使用人の後をついて部屋を出た。


 アネリアがサージュの町に着くまでの経緯は、馬車の中で母親に話してあると屋敷に着いた時に、アネリアの口から聞いていた。

 先を歩く使用人が重厚なドアの前に立ちノックする。


 「シレミナ様、お客様をお連れいたしました」

 「どうぞ、お入りください」


 使用人がドアを開き、部屋の中へ案内された。


 (……こりゃ…凄いな…)


 海外出張が多かったおかげでアンティーク類には多少なりと知識がある。

 そのアンティーク類が、現実に使われている世界に身を置く事に緊張を隠せない。


 (…いやいや、俺の認識だとアンティークでもこの時代の人には最新の家具…だしな…)


 部屋の中央にあるテーブルには、シレミナ夫人とアネリアが腰掛けている。


 「ユウジ様。ディナー前ですが軽くお茶をしながらお話を伺いたいとお呼び立ていたしました」


 シレミナ夫人の言葉に俺は会釈をする。


 「ありがとう御座います」


 ユウジが招かれるまま椅子に腰を下ろすと、使用人がタイミング良くお茶を出して来た。

 テーブルの上にはクッキーの様な菓子と、スコーンに似た物が銀食器の上に並べられている。

 薄く切られた生ハムらしき物や、ジャムも用意されているが、三人がディナー前につまむにしては量が多い気がする。


 (他に誰か来るのか?)


 「もう一人お呼びしてる方がいますが先に始めていましょう」

 「…良いのですか?」

 「ええ、気さくな方ですから大丈夫ですわ」


 シレミナ夫人が微笑みながら言う。

 お茶を一口飲んだ所でシレミナ夫人が口を開く。


 「ユウジ様この度は娘をお救い下さりありがとう御座いました」


 シレミナ夫人が頭を下げた。


 「いえ、俺自身記憶が無く、アネリアお嬢さんには助けられて来ましたので」

 「娘から聞きましたがお記憶が無いとか…」

 「記憶が殆ど無いのは事実です。アネリア嬢に名乗った名前さえ本当に自分の名前なのか……」

 「そうですか。"ユウジ・タカシナ"と言う名前の響きは近隣の国では聞き及びが無いので、別の大陸のお生まれなのかもしれませんね」

 (…………………………)


 "コンコン"


 「シレミナ様メルカス様がお出でになりました」

 「どうぞ、お通し下さい」


 シレミナ夫人の返事でドアが開き、老齢の紳士が入ってきた。


 「シレミナ様、御招き有り難う御座います」


 老紳士は丁寧に挨拶をした。


 「いえ、此方も急なお呼び立て失礼しました」


 使用人が引いた椅子に腰を下ろす。


 「何方にせよ直ぐに伺うつもりでしたので構いません」


 シレミナがお茶を一口含む。


 「メルカス様、我が家に起きた事に関しては後でお話しさせて頂きます」


 シレミナ夫人がチラリと俺を見る。


 「こちらの方が娘を助けて下さりました、ユウジ・タカシナ様です」


 老紳士が俺を見て肯いた。


 「紹介がまだでしたな。私はロベルタ・ヨン・メルカスです。宜しくなユウジ殿」


 俺は立ち上がり、正式に名乗るとメルカスは笑いながら手を降る。


 「社交の場ではないので構わんよ」


 (………ん?……まてよ?ロベルタ・ヨン・メルカスって…確かここら一帯の領主じゃなかったか?)


 「そうですよユウジ様。…メルカス様にはこちらのユウジ様の事でお頼みしたい事が有ります」


 メルカスが肯く。


 「ふむ。兵士から大凡の事情は報告を受けています。身分証の発行ですかな?」

 「あら、お話が早くて助かりますわ」


 シレミナがニコニコしながらお茶を飲む。


 「二等身分証で宜しいのですかな?」


 メルカスの言葉にシレミナが肯く。


 「流石に一等身分証は王家の許可が必要ですから…」


 俺が首を捻ってるのを見たアネリアが説明してくれた。


 「ユウジ様、身分証にはいくつか種類が有ります。一等身分証は王城を除く、領主の城へ入場可能とする許可証です。二等身分証は貴族街への侵入が可能な許可証で、三等身分証やギルド証等は町への侵入が可能…と言う様に、身分の証と侵入出来るエリアの違いが有るのです」

 「…あの…俺は普通の身分証が取れれば…」

 「私は娘の言葉を信じております。ユウジ様が何れ名を成すのは明らかです。それにこの屋敷は貴族街にあるのです」

 (………何故貴族街……)


 ユウジの疑問に答えるようにシレミナが説明してくれた。


 「モーズラント家は貴族では有りません。ですが王家の事情でモーズラント家は貴族街に屋敷を構えなくてはならないわけです。事情は流石にお話し出来ませんが」


 (…知ってはいけない事だなこりゃ…王家絡みとなると…賊の馬車襲撃も面倒くさい事情が有るのかもな…)


 メルカスが茶を飲みひと息つく。


 「二等身分証ならば、明日にはお渡し出来ますが宜しいですかな?」

 「メルカス様ありがとう御座います…アネリア」


 隣に座るアネリアにシレミナ夫人が声をかける。


 「はい」

 「セバスの所へユウジ様をお連れして証明書に必要な書類をお作りして」

 「分かりましたお母様」

 「私はディナー迄の間にメルカス様と色々お話せねばならないので後は任せました」

 「はい、お母様」


 こうして俺はアネリアと共に応接間を後にした。


 「こちらの証明板に手を置けば証明板の横に名前、種族、年齢が写し出されます」


 セバスチャンが机の上にA四サイズの板が置かれていた。

 木の板の内側を金属なのか石なのか分からないが、表面が滑らかな板が組み込まれていた。


 「…名前がわかるってどう言う仕組みなんだ?」


 俺の質問にセバスチャンが首を振る。


 「仕組みは私共ではわかりません。しかし、名前は産まれ落ち初めての洗礼を受けた時に魂に刻まれると言いますから」

 「…では…産まれて直ぐに捨てられたら名前はどうなるのですか?」

 

 セバスチャンが肯く。


 「確かに洗礼を受けられなかった赤子等は名前が有りませんが、そのような場合でも十五歳迄ならば教会で洗練を受ける事で名を持つことが出来ます」

 「…それさえも出来なかった場合どうなります?」

 「残念ながら証明書は発行出来ません。ですが、ギルドが発行するギルド証があれば登録時に書かれた名前で登録されてるので町で生活するには問題はありません」

 「なる程…偽名でもギルド証は発行されるのか」

 セバスチャンが頷く。

 「さようで御座います。ですのでユウジ様には今後の事を見据え2等証明書を…と」

 「なる程…」


 俺は机の上の証明板に意を決して手をついた。

 証明板の左手に文字が浮かぶ。


 (…ユウジ・タカシナ…人族…十三歳…見たことが無い文字だが読めるな…言語能力レベル三のおかげか?)


 浮かび上がった文字を見たセバスチャンが、用紙に情報を書き込んでいく。


 「ユウジ様は十三でしたのね。私より一つ年上ですわ。それに名前も間違い無かったですわ」

 「そうみたいですね。そうか、俺は十三歳なのか…ところで、名前と種族と年齢だけで良いんですか?」

 「はい。二級証明証にはそれだけで十分です。後はモーズラント家がユウジ様の身元を確認した証明書を一緒に提出すれば良いだけです」

 (ふー…後は証明書が手に入れば本格的に異世界生活が出来るわけか…)


 出来ればモーズラント家の厄介事に巻き込まれないようにと、後はただただ"神たま"に願うだけだった…何となく。


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